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買収後に判明した運送会社の労働法令違反と表明保証責任―東京地方裁判所令和3年3月26日判決

公開 2021年3月26日更新 2026年10月30日

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運送会社の全株式を買い受けた買主が、買収後に長距離運送業務で乗務員の拘束時間や時間外労働が法令の基準を大幅に超えていたことを知り、その業務を他社に譲り渡さざるを得なくなった。この場合、買主は、株式譲渡契約の表明保証条項に基づき、売主に株式価値の目減り分を請求できるのでしょうか。

東京地方裁判所令和3年3月26日判決は、買主である物流持株会社が、売主である対象会社の創業者に対し、株式の再評価額と代金との差額1億5,500万円の一部である9,500万円の支払を求めた事案で、請求を棄却しました。判決は、長距離運送業務に改善基準告示や時間外労働の協定に反する労働実態があり、それが表明保証条項の「許認可事項にかかる違反及び法令違反」に当たることは認めました。しかし、トラック運送業界の長時間労働は構造的な問題で、買主もそれを前提に買収し、買収後に改善していくことが当事者の共通の認識になっていたこと、業務の譲受先は業務を続けていることなどから、条項が求める「対象会社の事業継続を困難とする客観的事由」には当たらないと判断しています。

本記事では、表明保証条項の文言がどのように読まれたのか、買主側の交渉時の発言やデュー・ディリジェンスでの売主の回答がどのように評価されたのかを、判決本文に基づいて整理します。

Contents
  1. 裁判例の基本情報
  2. 当事者の表記
  3. 事案の概要―買収後に長距離運送の労働法令違反が判明し、業務を他社に譲り渡した
    1. 近距離運送と長距離運送の2つの事業所を持つ運送会社
    2. 基本合意、デュー・ディリジェンス、株式譲渡契約
    3. 買収後の調査で、拘束時間・時間外労働の大幅な超過が判明した
    4. 買主から売主への請求
  4. 事案の経緯の時系列
  5. 株式譲渡契約の条項
    1. 第4条―調査への協力
    2. 第14条第1項柱書及び第4号―開示情報の正確性と重大な不利益の不存在
    3. 第14条第1項第10号―事業継続を困難とする客観的事由の不存在
    4. 第14条第2項―補填と損害賠償
  6. 前提となった労働時間の規制
  7. 当事者の請求と主要な主張
    1. 買主BTRの請求
    2. 判決が整理した争点
    3. 争点1についての双方の主張
    4. 争点2及び争点3についての主張
  8. 結論を左右した争点
  9. 裁判所が認定した重要な事実と判断の枠組み
    1. トラック運送業界の長時間労働は、契約当時から構造的な問題だった
    2. 買主の代表者は、最終面談で労働法令違反の改善を口にしていた
    3. 長距離運送業務の運行回数と拘束時間
    4. 業務の譲渡と、譲受会社での業務の継続
  10. 各主張を採用し又は排斥した理由
    1. 契約締結時にも同程度の法令違反があったと推認
    2. 「許認可事項にかかる違反及び法令違反」には当たる
    3. しかし「事業継続を困難とする客観的事由」には当たらない
    4. 譲受会社への譲渡は、無価値な業務の資産譲渡とはいえない
    5. デュー・ディリジェンスでの「違反はない」との回答は、保証の趣旨とはいえない
  11. 主文及び結論
  12. 判断の射程―参考となる点と一般化できない点
    1. 参考となる点
    2. 一般化できない点
    3. 契約や交渉で確認しておきたいこと
  13. よくあるご質問
    1. 買収後に対象会社の労働法令違反が見つかれば、表明保証違反として売主に請求できますか。
    2. 交渉中に、買収後は法令遵守の体制を整えていくと伝えたことは、不利に働きますか。
    3. デュー・ディリジェンスで売主が「違反はない」と答えていた場合、それは保証になりますか。
    4. 問題の事業を他社に譲渡した後でも、事業継続が困難だったと主張できますか。
  14. 関連する記事と御相談のご案内

裁判例の基本情報

裁判所 東京地方裁判所民事第1部
裁判日 令和3年3月26日
事件番号 平成30年(ワ)第39011号
裁判の形式 判決
審級 第一審
結論 原告(買主)の請求を棄却。訴訟費用は原告の負担
上訴の状況 上訴の有無及び確定は確認できていません

この表は、判決本文の冒頭及び末尾の記載に基づいて当事務所が作成したものです。

当事者の表記

判決に出てくる会社名・氏名は、本記事独自のイニシャルに置き換えています。判決が用いている符号も、そのままは使わずに次の表記へ置き換えています。

本記事の表記 立場
買主である物流持株会社BTR(以下「買主BTR」) 原告。一般貨物自動車運送事業等を営み、同事業等を営む会社の株式を保有して支配・管理する株式会社です。総合物流サービスのグループで、株式を上場していました
売主である創業者WTN氏(以下「売主WTN氏」) 被告。対象会社の創業者で、発行済株式300株の全部を保有していた人物です
対象会社である運送会社TRK(以下「対象会社TRK」) 貨物自動車運送業及び貨物運送取扱業等を目的とする株式会社です。一般貨物自動車運送事業の許可等を得て、近距離運送と長距離運送を営んでいました
買主の当時の代表取締役HYS氏(以下「HYS氏」) 株式譲渡契約の交渉当時、買主BTRの代表取締役であった人物です
買収後の対象会社の代表取締役GMS氏(以下「GMS氏」) 買収後に対象会社TRKの代表取締役となり、長距離運送業務の労働実態を調査して買主BTRの取締役会に報告した人物です
運行管理者IKD氏(以下「IKD氏」) 対象会社TRKの長距離運送業務の運行管理者で、業務の譲渡後は譲受会社で配車業務を担当した人物です
譲受会社である運送会社TRF(以下「譲受会社TRF」) 対象会社TRKから長距離運送業務を譲り受けた株式会社です
売主側のアドバイザーである金融機関FNB(以下「金融機関FNB」) 売主WTN氏と、対象会社TRKのM&Aに関するアドバイザリー業務委託契約を結んだ金融機関です
法務調査を担当した弁護士LGL弁護士(以下「LGL弁護士」) 買主BTRの顧問先の法律事務所の弁護士で、法務面のデュー・ディリジェンスを実施し、訴訟で証人として証言した人物です
社会保険労務士SRL氏 乗務日報等をもとに、長距離運送業務の拘束時間についての所見を作成した社会保険労務士です

このほか、対象会社TRKの取引先、業界団体、事業所の所在地等は、判決の理解に必要な範囲で一般的な名称により記載しています。判決本文を引用する部分では、当事者の呼称を上記の表記に置き換え、置き換えた箇所を〔 〕で示しています。判決本文の数字は全角の算用数字で記載されているため、引用部分では判決本文の表記のままとしています。

事案の概要―買収後に長距離運送の労働法令違反が判明し、業務を他社に譲り渡した

近距離運送と長距離運送の2つの事業所を持つ運送会社

対象会社TRKの事業所は2つに分かれ、一方の事業所では、食品卸売会社等に関連する地場運送(近距離運送)が行われ、もう一方の事業所では、元請からの下請けが主である長距離運送業務が行われていました(判決本文は、この長距離運送業務を「本件業務」と呼んでいます)。長距離運送業務は、関西で荷積みを行い、関東一円の事業所で荷卸しをしてから、別の荷物を積んで関西へ帰る往復の運行で、経路には高速道路を使っていました。

基本合意、デュー・ディリジェンス、株式譲渡契約

売主WTN氏は、個人的な事情から会社経営に時間を割く余裕がなくなり、対象会社TRKの株式の売却を検討することとし、平成28年7月13日、金融機関FNBとの間でアドバイザリー業務委託契約を結びました。買主BTRは、金融機関FNBを通じて対象会社TRKを知り、同年10月13日、HYS氏と売主WTN氏が面談し、HYS氏は両事業所を見学しました。

平成28年12月2日、買主BTR、売主WTN氏及び対象会社TRKは、株式の譲渡価格の算出基準やデュー・ディリジェンスの実施等を定める基本合意をしました。基本合意では、譲渡価格は、デュー・ディリジェンスによる影響を考慮のうえ、「直近純資産額+5年分の経常利益額」を基礎として協議して決めることとされていました。買主BTRは、同月5日から9日まで対象会社TRKのデュー・ディリジェンスを実施し、法務面はLGL弁護士ら弁護士が担当しました。

平成29年2月3日には、引継条件やM&A後の組織体制を話し合うため、HYS氏及びGMS氏と売主WTN氏が面談しました。そのうえで、同年3月23日、売主WTN氏が保有する対象会社TRKの全株式300株を、買主BTRに4億6,545万円で譲渡する株式譲渡契約が締結されました。

買収後の調査で、拘束時間・時間外労働の大幅な超過が判明した

GMS氏は、買主BTRの品質安全管理の部署の協力を得て、長距離運送業務の乗務員の労働時間を乗務日報や運行指示書を参考に調べ、平成29年12月21日頃、買主BTRの取締役会に報告書を提出しました。報告書によると、平成29年7月から9月までの乗務員の平均時間外労働は174時間、平均拘束時間は364時間で、1人当たりの運行回数は月13運行となっていました。報告書は、運行回数を9ないし10運行に減らせば、拘束時間を改善基準告示の基準である月293時間以内にできるとしていました。

その後、対象会社TRKでは、運行回数の削減、運賃の値上げ交渉、手当の減少幅を抑える案、売主WTN氏が提案した傭車(他社の車両と運転手を借りること)による運行回数の削減などが検討されましたが、いずれも実現しませんでした。最終的に、運行回数を減らす案では長距離運送業務が約2,000万円の赤字になるとして、対象会社TRKは長距離運送業務を手放す方向に進み、令和元年8月28日、長距離運送業務を同年9月1日に譲受会社TRFへ譲渡する事業譲渡契約を締結しました。

買主から売主への請求

買主BTRは、平成30年8月21日、売主WTN氏に対し、長距離運送業務で時間外労働の協定や改善基準告示に違反する労働実態が明らかになり、表明保証条項に違反する事実があるとして、平成30年3月期の実績経常利益と長距離運送業務を廃止した場合の想定経常利益との5年分の差額として、9,500万円の支払を求めました。その後、買主BTRは本件訴訟を提起しました。

事案の経緯の時系列

日付 出来事(判決本文の前提事実及び認定事実による)
平成28年7月13日 売主WTN氏が金融機関FNBとM&Aに関するアドバイザリー業務委託契約を締結
平成28年10月13日 金融機関FNBの担当者の立会いの下、HYS氏と売主WTN氏が面談。HYS氏が両事業所を見学
平成28年12月2日 買主BTR、売主WTN氏及び対象会社TRKが基本合意(譲渡価格は「直近純資産額+5年分の経常利益額」を基礎に協議)
平成28年12月5日から9日まで 買主BTRがデュー・ディリジェンスを実施。12月5日夕方、LGL弁護士が労務関係を聴き取り、売主WTN氏は労働基準法等の違反はないと回答
平成29年2月3日 HYS氏及びGMS氏と売主WTN氏が面談。HYS氏が、労働基準法等の法務面を上場基準に合わせていく旨を発言
平成29年3月23日 株式譲渡契約の締結(全株式300株、代金4億6,545万円)
平成29年7月から9月まで GMS氏の調査対象期間(平均時間外労働174時間、平均拘束時間364時間)
平成29年11月 GMS氏及びHYS氏がIKD氏に運行回数の削減を指示。取引先との運賃値上げ交渉は、一部を除きすべて応じてもらえず(判決本文は、これを報告書の提出の後の出来事として記載しています)
平成29年12月21日頃 GMS氏が買主BTRの取締役会に労働実態の報告書を提出
平成30年2月23日、4月9日、7月19日 GMS氏及びHYS氏が売主WTN氏と対応策を協議。売主WTN氏の傭車の案は、協力会社の協力が得られず実現せず
平成30年8月 対象会社TRKが長距離運送業務の廃止又は他社への資産譲渡の検討を開始
平成30年8月21日 買主BTRが売主WTN氏に9,500万円の支払を請求
平成30年12月頃 GMS氏がIKD氏に長距離運送業務の譲渡先の紹介を依頼
令和元年5月15日付け 対象会社TRKと譲受会社TRFが基本合意書を作成
令和元年7月30日 乗務員への説明会。事務員2名と乗務員14名の移籍が確認される
令和元年8月28日 対象会社TRKと譲受会社TRFが事業譲渡契約を締結
令和元年9月1日 事業譲渡契約で定められた長距離運送業務の譲渡日
令和3年3月26日 東京地方裁判所が買主BTRの請求を棄却する判決

判決本文では、運行回数の削減の指示が「本件報告の後」の平成29年11月と記載され、報告書の提出は平成29年12月21日頃とされています。時期の前後が一致しませんが、本記事では判決本文の記載のまま掲げています。

株式譲渡契約の条項

以下は、判決本文に記載された株式譲渡契約の条項を、判決本文の文言のまま引用したものです。当事者の呼称は本記事の表記に置き換え、置き換えた箇所を〔 〕で示しています。判決本文では、第14条を「本件保証条項」と呼んでいます。

第4条―調査への協力

第4条 〔売主WTN氏〕及び対象会社は、平成28年12月5日から実施された〔買主BTR〕による対象会社の調査において、要求された財務諸表、会計帳簿その他の書類を開示し、必要な協力をした。

第14条第1項柱書及び第4号―開示情報の正確性と重大な不利益の不存在

1 〔売主WTN氏〕は〔買主BTR〕に対し、本件譲渡契約締結日及び譲渡日において、次の各事項につき保証する

(4) 本契約第4条による調査において開示した計算書類、商業帳簿、帳票類等を含めて、真実かつ正確な事実の情報が記載及び報告されており、対象会社の資産中には何らの不良資産は存せず、また何らの簿外債務、偶発債務も負担していないこと。なお、対象会社の直近の決算期以降、対象会社に重大な不利益は生じておらず、また、対象会社に重大な不利益をもたらすと予想されるいかなる事象も発生しておらず、〔売主WTN氏〕及び対象会社の認識する限り、そのような事象が発生するおそれも存しないこと。

第14条第1項第10号―事業継続を困難とする客観的事由の不存在

(10) 対象会社の事業及び資産に重大な影響を及ぼす可能性のある、契約上の義務違反、許認可事項に係る違反及び法令違反等、対象会社の事業継続を困難とする客観的事由がないこと。

判決本文の前提事実では「許認可事項に係る違反」と記載されていますが、買主BTRの主張及び裁判所の判断の部分では「許認可事項にかかる違反」と記載されています。

第14条第2項―補填と損害賠償

2 〔売主WTN氏〕は〔買主BTR〕に対し、前項の保証事項に背反する事実が存した場合には、それによって対象会社に生じた負担を補填し、〔買主BTR〕又は対象会社に生じた直接の損害を賠償する責を負う。

第10号は、法令違反等が存在しないことを単純に保証する形ではなく、「対象会社の事業及び資産に重大な影響を及ぼす可能性のある」法令違反等であって、「対象会社の事業継続を困難とする客観的事由」がないことを保証する形になっていました。この文言の構造が、本件の結論を左右しました。

前提となった労働時間の規制

判決本文の前提事実では、当時の規制が次のように整理されています。

規制 判決本文に記載された内容
自動車運転者の労働時間等の改善のための基準(平成元年労働省告示第7号、改正平成9年労働省告示第4号。判決本文は「改善基準告示」と呼んでいます) 拘束時間は、始業時刻から終業時刻までの労働時間と休憩時間(仮眠時間を含みます)の合計です。自動車運転者の1か月の拘束時間の限度は293時間で、1日の拘束時間は13時間以内を基本とし、延長する場合でも16時間が限度です
労働基準法第36条の時間外労働・休日労働に関する協定(判決本文は「36協定」と呼んでいます) 対象会社TRKの協定では、自動車運転者について1か月90時間まで時間外労働を行わせることができるとされていました

判決は、国土交通省が運送事業者への監査で法令違反を確認した場合に、事業停止や許可取消しなどの行政処分を行っていること、改善基準告示は平成13年9月1日以降、その内容が国土交通省令に取り込まれ、行政処分の基準として機能していることも認定しています。

なお、本判決が前提とした改善基準告示の数値は、当時の告示によるものです。改善基準告示はその後改正されており、現在の基準は改正後の告示によって確認する必要があります。

当事者の請求と主要な主張

買主BTRの請求

買主BTRは、売主WTN氏に対し、9,500万円及びこれに対する平成30年8月22日から支払済みまで年6分の割合による遅延損害金の支払を求めました。9,500万円は、買主BTRが主張する株式価値の差額1億5,500万円の一部です。遅延損害金の割合は、判決本文では「商法所定の年6分の割合」とされています。これは、令和2年4月1日の改正法の施行前の商法に定められていた商事法定利率によるものです。

買主BTRは、損害額を次のように説明しました。譲渡価格は「直近資産額+経常利益額×5」で計算された企業価値によって算出され、契約時の対象会社TRKの経常利益は5,800万円とされていた。長距離運送業務を廃止せざるを得ないことで経常利益は2,700万円となるから、株式価値の差額は(5,800万円-2,700万円)×5=1億5,500万円になる、というものです。売主WTN氏はこれを争いました。

判決が整理した争点

  1. 本件保証条項に違反する事実の有無(争点1)
  2. 買主BTRの悪意又は重過失の有無(争点2)
  3. 売主WTN氏が補填すべき損失額(争点3)

争点1についての双方の主張

論点 買主BTRの主張 売主WTN氏の主張
労働実態 GMS氏の調査で、毎月のように運転手のほぼ全員について改善基準告示と協定の上限を大幅に上回る拘束時間・時間外労働があり、継続的かつ重大な法令違反が明らかになった 調査は契約後わずか3か月分にすぎず、運行回数は目安にすぎない。対象会社TRKは乗務員の労働時間を正確に把握していなかったから、主張の労働状況が正確かは不明である
業務の存続 法令を守るには1日往復9運行が限界で、そうすると長距離運送業務単独で2,000万円の赤字となるため、業務を廃止せざるを得なかった。譲受会社TRFへの譲渡は実質的にはトラック等の資産譲渡にすぎず、業務自体の価値はないとされた。譲受会社TRFはフェリーを活用するなどして法令違反を解消している 運転手の長時間労働に対する処分は主として改善を促すもので、直ちに廃業に追い込むものではない。買収後も協定の変更や荷主への協力要請はなく、運行数はかえって維持又は増加している。業務の廃止は買主の経営判断による主観的評価にすぎない
第10号への該当 労働実態は事業許可の取消しに関わり、死亡事故が起きれば行政処分や信用低下を伴うから、事業継続を困難又は不可能にする客観的事由に当たる 買収の主たる目的は、長距離運送業務ではなく、食品卸売会社関連の低温物流(コールドチェーン)の獲得であった。長距離運送業務は対象会社TRKの業務の一部にすぎず、廃止しても事業継続は困難にならない
契約の前提 デュー・ディリジェンスで、売主WTN氏は、未払残業代はなく、労働基準法を遵守しており、労働基準監督署の調査もないと述べたから、第4号に照らし、法令違反の事実がないことを保証した トラック運転手の低賃金・長時間労働は業界の実情で、買主もそれを十分認識していた。デュー・ディリジェンスでは陸運局の処分や事故歴を聞かれただけで、労働実態の資料はすべて提出した。HYS氏は最終面談で労働実態を是正する趣旨の発言をしており、買主が将来是正することが前提になっていたから、法令違反がないことを表明することはあり得ない

争点2及び争点3についての主張

売主WTN氏は、買主が表明保証違反の事実について悪意又は重過失である場合には、売主は責任を免れる余地があると主張しました。業務日報等の労働実態を調べるための資料を提出していたこと、運転手の労働時間が業界の課題であることを買主が認識していたことから、買主BTRは悪意であり、少なくとも重過失があるというものです。

これに対し買主BTRは、主要な業務を廃止せざるを得ないほどの法令違反を知りながら買収することはあり得ず、GMS氏の報告を受けるまで知らなかった、継続的な労働実態はデュー・ディリジェンスでは知ることができないからこそ表明保証条項が定められるのであり、重過失もないと主張しました。損失額(争点3)については、買主BTRが上記の計算を主張し、売主WTN氏は争いました。

お手元の資料と経緯をお聞きし、進め方の順序をお示しします。

結論を左右した争点

判決は、争点1について、本件保証条項に違反したとは認められないと判断し、「その余の点について判断するまでもなく」請求を棄却しました。したがって、買主の悪意・重過失(争点2)と損失額(争点3)については、判断が示されていません。

争点1の中で結論を分けたのは、次の2点です。

  1. 契約締結時に長距離運送業務に労働法令違反の実態があったか、それが第10号の「許認可事項にかかる違反及び法令違反」に当たるか。判決はいずれも肯定しました。
  2. その法令違反の実態が、第10号の「対象会社の事業継続を困難とする客観的事由」に当たるか。判決はこれを否定しました。

あわせて、デュー・ディリジェンスでの売主WTN氏の「労働基準法等の違反はない」との回答が、法令違反の実態がないことを保証した趣旨といえるかも判断されています。

裁判所が認定した重要な事実と判断の枠組み

トラック運送業界の長時間労働は、契約当時から構造的な問題だった

判決は、平成2年12月施行の物流二法による新規参入の急増と競争の激化、その後の規制緩和を経て、トラック運転手の年間労働時間が全産業平均より長くなっていること、荷主に対して立場が弱く適正な運賃の収受が難しいこと、荷主都合の荷待ち時間などによって運送事業者の努力だけでは長時間労働の改善が困難な状況にあることを認定しました。

また、トラック運送事業者の全国団体が平成27年8月の提言で、長距離輸送の全運行データに何らかの改善基準告示の未遵守があることなどを示し、行政処分基準の弾力的な運用等を求めていたこと、業界の機関誌でも、荷主都合による長時間労働の実態や、労働時間を短くするには賃金単価の引上げが必要であることが取り上げられていたことも認定されています。

買主の代表者は、最終面談で労働法令違反の改善を口にしていた

判決は、平成29年2月3日の面談で、HYS氏が売主WTN氏に対し、買主BTRが上位市場への上場を予定していることから、次のとおり発言したと認定しました。

「M&A後は、労基法等の法務面を上場基準に合わせていくことが必要になる。運送業界では頭が痛い分野だが、徐々に規程等を変えていくことは了承願いたい。」

HYS氏はあわせて、買主BTRのグループ会社のうち二、三社についても、まだ労働法令遵守の体制のとれていない会社があるが、対象会社TRKについて労働法令違反の点を改善していく旨を述べたと認定されています。また、買主BTRは、対象会社TRKの子会社化によって、食品卸・小売関連の顧客基盤と低温物流(コールドチェーン)のノウハウを獲得し、事業領域の拡大を目指すとして株式譲渡契約を締結したと認定されました。なお、買主BTRは、HYS氏が代表取締役に就任して以降、長距離運送業務は行っていなかったと認定されています。

長距離運送業務の運行回数と拘束時間

判決は、出勤表から算出した長距離運送業務の運行回数の割合を、次のとおり認定しました(判決本文の数値を当事務所が表にまとめたものです。「12運行以上の合計」は、判決本文の争点1の判断で示された割合です)。

期間 13運行以上 12運行以上13運行未満 10運行以上12運行未満 10運行未満 12運行以上の合計
平成27年4月から平成28年3月まで 20.8% 23.8% 30.0% 25.4% 44.6%
平成28年4月から平成29年3月まで 16.3% 27.6% 26.0% 30.1% 43.9%
平成29年4月から平成30年3月まで 20.0% 28.8% 32.0% 19.2% 48.8%
平成30年4月から平成31年3月まで 8.9% 25.9% 32.6% 32.6% (判決本文に記載なし)

また、平成28年頃からの長距離運送業務では、1か月の拘束時間が最大で400時間を超え、繁忙期には500時間に近い乗務員もおり、拘束時間の幅は300時間から400時間まで、繁忙期には400時間から500時間までに及んでいたと認定されました。

業務の譲渡と、譲受会社での業務の継続

対象会社TRKと譲受会社TRFの事業譲渡契約では、車両9台及びリース車両1台、事業所の施設及び備品等を除き、長距離運送業務に係る資産・負債は承継されないことが確認され、譲渡資産の代金は145万3,704円とされました。他方で、移籍を希望する従業員は譲受会社TRFが雇用すること、取引先との契約上の地位は取引先が同意すれば譲受会社TRFが引き継ぐことが定められ、事務員2名と乗務員14名という長距離運送業務のほぼ全従業員が移籍しました。契約には、譲受会社TRFが、時間外労働の協定及び改善基準告示への違反状態の継続等について十分な説明と資料開示を受け、了解のうえで譲り受ける旨の条項も置かれていました。

判決は、譲受会社TRFが荷主等の取引先を変えずに従前と同様の長距離運送業務を行っていること、運行回数は多いときで12運行や13運行となり労働法令を遵守できていない部分もあるものの、予備車2台の用意、パレット輸送による作業分担の効率化、荷卸しの人員配置、1万円前後の運賃値上げ、傭車を頼める協力業者の手配などによって業務を継続していることを認定しました。

各主張を採用し又は排斥した理由

契約締結時にも同程度の法令違反があったと推認

判決は、まず、長距離運送業務は荷卸し先が様々で、積み下ろしの時間が予定どおりにならず、天候不良等による通行止めもあることから、1運行当たりの労働時間や拘束時間を正確に把握するのは困難であるとしました。社会保険労務士SRL氏は、平成31年4月の乗務日報等をもとに、1運行当たりの拘束時間は29時間25分であり、月平均10運行であった長距離運送業務に改善基準告示違反は認められないとの所見を述べていましたが、判決は、10運行であれば必ず基準を守れるというわけではないとしました。

そのうえで判決は、1運行当たり29時間25分という数値は一つの目安とする余地があり、これを前提とすると月11運行を超える場合には改善基準告示違反の拘束時間が生じる可能性があること、運行管理者IKD氏が、荷卸し先によっては計算上は12運行でも遵守可能だが現実には遵守できていなかったと証言していることから、少なくとも12運行や13運行の乗務員には違反の拘束時間が生じている可能性が高いとしました。12運行以上の割合が各期間で大きく違わないこと、拘束時間の実態がGMS氏の報告とも整合することから、判決は次のとおり判断しました。

「本件譲渡契約が締結された平成29年3月23日の時点においても、同程度の法令違反があったものと推認される。」

判決は、契約締結日の長距離運送業務の実態を、1か月当たりの拘束時間が平均して300時間から400時間まで、最大では400時間を超え、繁忙期には500時間近い乗務員が存在するのが常態であったと認定しています。

「許認可事項にかかる違反及び法令違反」には当たる

判決は、監査で労働法令違反の実態が明らかになれば、改善基準告示が行政処分の基準に取り込まれている以上、事業許可の取消しや事業の停止も想定されること、現に乗務時間超過などの違反を認定されて事業許可の取消処分を受けた運送会社も存在することを指摘しました。そして、長距離運送業務の労働法令違反の実態は、本件保証条項第1項第10号の「許認可事項にかかる違反及び法令違反」に該当するものといわざるを得ないとしました。

しかし「事業継続を困難とする客観的事由」には当たらない

判決は、続けて、労働法令違反の実態は「対象会社の事業継続を困難とする客観的事由」に該当するとはいえないとし、その理由を次のように述べました。

第1に、長時間労働は業界の構造的な問題であり、買主もそれを当然認識していたこと。判決は、長距離運送事業では、契約当時までに乗務員の長時間労働が構造的な問題となっており、改善には、荷主との運賃や荷受けの方法の交渉、乗務回数の減少を嫌う乗務員がいることを踏まえた労使関係の調整、事業全体の合理化の努力が必要で、違反状態の解消を容易としない複雑な課題が存在していたとしました。そして、買主BTRは総合物流サービスを提供する上場会社で、上位市場への上場も予定していたことから、こうした事情を当然認識していたというべきであり、HYS氏の面談での発言からすれば、対象会社TRKにも同じ事情があることが当事者間で当然の前提となっていたとしました。

第2に、法令違反を前提に、買主が改善していくことが共通の認識になっていたこと。判決は次のように述べています。

「本件譲渡契約においては、〔売主WTN氏〕の本件業務に関し、乗務員の長時間労働による、改善基準告示や36協定に違反するといった法令違反の実態があることが前提になっており、〔買主BTR〕において、今後の対象会社の事業実施に当たり、前記〈1〉ないし〈3〉の課題に取り組み、法令違反を改善していくことが契約当事者間で共通の認識になっていたというべきである。」

引用中の〈1〉ないし〈3〉は、荷主との交渉、労使関係の調整、事業全体の合理化の努力の3つの課題を指します。判決はさらに、次のとおり述べました。

「そのような危険は、むしろ〔買主BTR〕で対処すべき問題となることが〔買主BTR〕において想定されていたというほかなく、対象会社が労働法令違反によって行政処分を受けるおそれがあることをもって、対象会社の事業継続を困難とする客観的事由があるということはできない。」

第3に、業務の継続が困難になったのは経営判断の結果であり、客観的に困難だったとはいえないこと。判決は、長時間労働で収入を確保したい乗務員がいる以上、法令をどこまで守りつつ利益を確保して事業を続けるかは、最終的には対象会社TRKと買主BTRの経営判断によるべき部分があるとしました。そして、GMS氏とHYS氏が講じた運賃交渉、手当の減少幅を抑える案、傭車の案はいずれも実現しなかった一方で、譲受会社TRFは、違反が完全に改善されたとはいえないものの、予備車の用意や運賃値上げ、協力業者の手配などで業務を継続していることを指摘し、次のとおり判断しました。

「その違反を改善しつつ業務を継続することは、〔買主BTR〕や対象会社の下では困難なものと判断されたにすぎず、客観的に困難であったとまでは認め難いところである。」

第4に、違反の程度で線を引くことも困難であること。HYS氏とGMS氏は、違反の程度の問題であり、本件ほどの法令違反では事業継続は困難であったと証言しましたが、判決は、譲受会社TRFがフェリーを活用することなく業務を継続していることからすれば、事業継続が困難なほどの重大な違反があったとは直ちに考え難いとしました。さらに、改善の成否は、事業環境に加えて契約後の経営努力(荷主との交渉、労使関係の調整等)と経営判断にも左右されるため、契約時点で、事業継続を困難とする客観的事由として一定の違反の程度の水準を画すること自体が困難であるとして、買主の主張を採用しませんでした。

譲受会社への譲渡は、無価値な業務の資産譲渡とはいえない

買主BTRは、譲受会社TRFへの譲渡は実質的にはトラック等の資産譲渡にすぎず、業務自体の価値はないとされ、譲受会社TRFはフェリーを活用して法令違反を解消していると主張しました。判決は、資産の承継範囲が限られ、代金が145万3,704円とされていたとしても、ほぼ全従業員が移籍し、取引先を引き継ぐことを予定した条項もあることから、次のとおり判断しました。

「〔譲受会社TRF〕が本件業務を無価値なものとして譲り受けたとまで評価することはできない。」

フェリーの点についても、判決は、IKD氏の証言から、長距離運送業務のトラックにはフェリーに固定するための金具が付いておらず、フェリーを用いた運行便とは相互に転用されていないこと、譲受会社TRFが業務を続けられているのは傭車の手配等による運行回数の減少によるものであることを認定し、フェリー便の活用で法令違反の状態を改善できているとは認められないとしました。

デュー・ディリジェンスでの「違反はない」との回答は、保証の趣旨とはいえない

売主WTN氏は、デュー・ディリジェンスでLGL弁護士から労働基準法等の違反の有無を一般的に質問されたことはないと主張していました。判決は、調査報告書に労働時間の確認方法、未払残業代の有無、労働基準監督署による調査の有無を聴き取った旨の記載があることからすれば、その締めくくりとして概括的に違反の有無を聞くことは自然であるとして、LGL弁護士の証言を信用し、売主WTN氏が労働基準法等の違反はないと回答した事実を認めました。

しかし判決は、その質問は未払残業代や労働基準監督署の調査の有無を聞く流れの中で、締めくくりの形で概括的に聞いたものにすぎず、LGL弁護士自身も調査報告書に記載する必要性を感じなかったと証言していることを指摘し、次のとおり判断しました。

「このような質問に対して、〔売主WTN氏〕が労働基準法等の違反がないと答えたからといって、そのような回答が、〔売主WTN氏〕が対象会社の本件業務について労働法令違反の実態がないことを保証した趣旨のものと直ちに解することはできないというべきである。」

こうして、売主WTN氏の回答を根拠に、法令違反の実態がないことを保証したとする買主BTRの主張も採用されませんでした。

主文及び結論

判決の主文は、「原告の請求を棄却する。」「訴訟費用は、原告の負担とする。」というものです(ここでの「原告」は買主BTRを指します)。判決は、本件保証条項に違反したとは認められないとして、次のとおり結んでいます。

「その余の点について判断するまでもなく、原告の請求は理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。」

買主BTRの9,500万円の請求は認められませんでした。買主の悪意・重過失の有無や、補填すべき損失額については判断が示されていません。

判断の射程―参考となる点と一般化できない点

以下は、判決の内容を踏まえた当事務所の評価です。裁判所が示した判断そのものとは区別してお読みください。

参考となる点

第1に、法令違反の存在が認められても、表明保証条項の文言が求める要件を満たさなければ、表明保証違反にはならないことです。本件の第10号は、法令違反等であって「対象会社の事業継続を困難とする客観的事由」に当たるものがないことを保証する形でした。判決は、法令違反の実態があり、それが「許認可事項にかかる違反及び法令違反」に当たることまで認めながら、事業継続を困難とする客観的事由には当たらないとして違反を否定しました。買主の立場からは、労働法令の遵守を確保したい場合に、どのような文言で表明保証を受けるかが結論を左右することを示す例です。

第2に、業界に広く知られた問題について、買主側の交渉時の発言が、表明保証の範囲を狭める方向で考慮されたことです。判決は、買主が総合物流サービスを営む上場会社であったこと、買主の代表者が最終面談で労働法令の面を改善していくと述べていたことから、法令違反の実態があることを前提に買主が改善していくことが当事者の共通の認識になっていたとしました。買収後の改善の方針を伝える発言であっても、問題の存在を前提に買収したと評価される材料になり得ることがうかがわれます。

第3に、「客観的」に事業継続が困難かどうかは、買主の経営判断とは区別して判断されたことです。判決は、譲受会社が業務を継続していることを重視し、買主や対象会社の下で困難と判断されたにすぎないとしました。事業を手放した後に表明保証違反を主張する場合、その事業を引き継いだ第三者の状況が、買主に不利な事情として考慮されることがあります。

第4に、デュー・ディリジェンスでの概括的な質問に対する売主の口頭の回答は、それだけで保証の趣旨とは評価されなかったことです。調査で得た回答を契約上の保証として確保したい場合には、その内容を契約書の表明保証事項として明記しておくことが重要です。

一般化できない点

本判決は、第10号の「対象会社の事業継続を困難とする客観的事由」という特定の文言について、長距離トラック運送業界の事情と、本件の交渉経過に基づいて判断したものです。労働関係法令を遵守していることを端的に保証する条項や、未払賃金等の簿外債務がないことを保証する条項が問題となる事案では、別の検討が必要です。本判決は、第4号の簿外債務・偶発債務や重大な不利益の不存在に当たるかについて、独立した検討を示していません(買主BTRは、第4号を、デュー・ディリジェンスでの売主の回答と結び付けて主張していました)。

また、判決は争点1で請求を棄却したため、買主が表明保証違反の事実について悪意又は重過失である場合に売主が責任を免れるかという点(争点2)や、「直近純資産額+5年分の経常利益額」を基礎とした株式価値の差額を損害とする買主の計算の当否(争点3)について、判断していません。これらの点について本判決から一般的な結論を導くことはできません。

さらに、本判決が前提とした改善基準告示の数値や遅延損害金の利率は当時の法令によるもので、現在の法令とは異なります。上訴の有無及び確定は確認できていないため、その点にも留意が必要です。

契約や交渉で確認しておきたいこと

買主の側では、労働関係法令の遵守について、事業継続への影響の有無を問わずに違反がないことを表明保証の対象とするのか、違反が判明した場合の補償の範囲や算定方法をどうするのかを、契約書で明確にしておくことが考えられます。業界に共通する問題を認識したうえで買収する場合には、その問題を価格に織り込むのか、特別の補償条項で手当てするのかを交渉の段階で整理し、面談等での発言もその方針と矛盾しないようにしておくことが大切です。売主の側では、デュー・ディリジェンスの質問に対する回答の範囲を明確にし、把握している労働実態を資料で開示しておくことが、後の紛争を防ぐことにつながります。これらは本判決を踏まえた当事務所の着眼点であり、本判決が特定の条項例の有効性を判断したものではありません。

M&Aの後に表明保証違反が判明し、売主に補償を請求する場合の進め方は、次のページでご案内しています。

よくあるご質問

買収後に対象会社の労働法令違反が見つかれば、表明保証違反として売主に請求できますか。

表明保証条項の文言によります。本判決では、長距離運送業務に労働法令違反の実態があり、それが条項の「許認可事項にかかる違反及び法令違反」に当たることは認められましたが、条項が求める「対象会社の事業継続を困難とする客観的事由」には当たらないとして、表明保証違反は否定されました。

交渉中に、買収後は法令遵守の体制を整えていくと伝えたことは、不利に働きますか。

本判決では、買主の代表者が最終面談で労働法令の面を上場基準に合わせていくと発言したことなどから、法令違反の実態があることを前提に買主が改善していくことが当事者の共通の認識になっていたとされ、請求を退ける理由の一つとなりました。問題の存在を把握している場合は、価格や補償条項で手当てすることを契約書に明記しておくことが重要です。

デュー・ディリジェンスで売主が「違反はない」と答えていた場合、それは保証になりますか。

本判決では、未払残業代等を聞く流れの中で概括的に違反の有無を尋ね、売主が違反はないと答えたことは認められましたが、その回答が法令違反の実態がないことを保証した趣旨とは直ちに解することはできないとされました。保証として確保したい事項は、契約書の表明保証事項に明記しておく必要があります。

問題の事業を他社に譲渡した後でも、事業継続が困難だったと主張できますか。

本判決では、事業を譲り受けた会社が運賃の値上げや傭車の手配等によって業務を続けていることが重視され、事業継続が困難と判断されたのは買主や対象会社の経営判断にすぎず、客観的に困難であったとはいえないとされました。事業の譲渡先の状況は、「客観的」な困難性の判断に影響し得ます。

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この記事の位置付け

運送会社の株式を譲り受けた買主と譲り渡した売主の双方に向けて、買収後に長距離運送の労働法令違反が判明し業務を手放した場面の判例を、表明保証条項の「事業継続を困難とする客観的事由」の解釈の観点から解説します。

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執筆者

弁護士法人M&A総合法律事務所 代表弁護士 土屋勝裕(東京弁護士会所属 登録番号26775)

長島・大野・常松法律事務所に在籍した後、慶應義塾大学ビジネス・スクール及びペンシルベニア大学ウォートン校に留学し、ファイナンス理論並びにM&A及び不動産を専攻しました。不動産投資信託(J-REIT)の上場案件に関与し、2024年(令和6年)10月には最高裁判所において株式買取請求権に関する逆転判決を得ました。現在は弁護士法人M&A総合法律事務所の代表弁護士を務めています。

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著書

非上場会社における少数株主対策の手法と実務
『非上場会社における少数株主対策の手法と実務』(日本法令)
中堅・中小企業のためのM&Aトラブル事例と実務対策
『中堅・中小企業のためのM&Aトラブル事例と実務対策』(清文社)
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