法人の事業譲渡先を取りまとめた会社への成功報酬と代表理事個人の支払約束―東京地方裁判所令和4年2月1日判決

介護等の事業を営む法人の代表理事が、法人の譲渡先を探してくれた会社に対し、「経営者移譲が成立し、代表理事を辞任した時、私の退職金の中から」2,000万円を支払うと書いた書面を渡していた。その後、法人は紹介された会社と事業譲渡の契約を結びましたが、代表理事個人は、支払うのは法人であって自分は保証したにすぎない、退職金を受け取っていないから支払の条件は満たされていない、契約は仲介の成果ではない、と主張して支払を拒みました。この場合、仲介をした会社は代表理事個人に報酬を請求できるのでしょうか。
東京地方裁判所令和4年2月1日判決は、この書面を処分証書として、報酬を支払う者は法人ではなく代表理事個人であると判断し、「経営者移譲が成立」とは法人が譲渡先と事業譲渡契約を締結することをいい、「退職金の中から」との文言は支払の条件とは解し難いとしました。さらに、事業譲渡契約は契約書の日付の日に成立しており、仲介をした会社の事務処理の結果であると認め、請求額1,500万円の全部の支払を命じました。
本記事では、判決本文から分かる事実関係と、代表理事個人の三つの反論を裁判所がどのような理由で退けたのかを整理し、この判決から読み取れることと読み取れないことを区別して解説します。
裁判例の基本情報
| 裁判所 | 東京地方裁判所民事第49部 |
|---|---|
| 裁判日 | 令和4年2月1日 |
| 事件番号 | 令和2年(ワ)第29160号 |
| 裁判の形式 | 判決 |
| 審級 | 第一審 |
| 結論 | 原告(仲介をした会社)の請求を全部認容。被告(元代表理事個人)に1,500万円及びこれに対する令和2年12月1日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を命じ、訴訟費用は被告の負担。第1項について仮執行宣言 |
| 適用された法令 | 平成29年法律第44号による改正前の民法(遅延損害金の割合は年5分) |
| 上訴の状況 | 上訴の有無及び確定は確認できていません |
この表は、判決本文の冒頭及び末尾の記載に基づいて当事務所が作成したものです。
当事者の表記
判決に出てくる会社名・氏名は、本記事独自のイニシャルに置き換えています。判決が用いている符号も、そのままは使わずに次の表記へ置き換えています。
| 本記事の表記 | 立場 |
|---|---|
| 建築工事会社KNC(以下「KNC」) | 原告。建築工事等を業とする株式会社で、法人FKSから事業譲渡先の取りまとめを依頼されました |
| KNCの代表者MRT氏(以下「MRT氏」) | KNCの代表取締役です。平成28年12月12日から平成30年9月20日まで、法人FKSの監事の地位にありました |
| 代表理事であったSGW氏(以下「SGW氏」) | 被告。平成26年12月11日から平成30年9月20日まで法人FKSの代表理事の地位にあり、KNCに報酬の支払を約束する書面を交付した個人です |
| 介護等事業を営む一般社団法人FKS(以下「法人FKS」) | 高齢者と育児及び青少年の社会福祉の増進に寄与することを目的とし、介護保険法、障害者自立支援法に基づく各種事業等を行う一般社団法人です。事業譲渡の譲渡人です |
| 譲受会社BRD(以下「BRD」) | KNCが紹介し、法人FKSとの間で事業承継基本契約を締結した株式会社です |
| BRDの代表者CTN氏(以下「CTN氏」) | BRDの代表取締役です |
| 後任の代表理事LMN氏(以下「LMN氏」) | BRDの取締役で、事業譲渡の後に法人FKSの代表理事に選任された人物です |
| 弁護士FJW氏 | KNCが法人FKSの事業譲渡について相談していた弁護士です |
このほか判決に出てくる交渉先、貸主、金融機関等は、名称を伏せて役割だけで記載しています。判決本文を引用する部分では、当事者の呼称を上記の表記に置き換え、置き換えた箇所を〔 〕で示しています。主文の引用では、「原告」はKNC、「被告」はSGW氏を指します。判決本文の数字は全角の算用数字で記載されているため、引用部分では判決本文の表記のままとしています。
事案の概要―代表理事が個人で書いた「2000万円を貴殿に支払うことを約束します」との書面
以下は、判決本文の前提事実(当事者間に争いがないか、証拠によって容易に認められる事実)と、裁判所が証拠及び弁論の全趣旨により認定した事実の要約です。
代表理事からの相談と、報酬の支払を約束する書面
SGW氏は、平成30年5月頃、法人FKSの監事でもあったMRT氏に対し、法人FKSを買い取ってくれる者がいないかと相談しました。そして、同月19日、KNCに対し、報酬の支払を約束する書面を作成して交付しました(判決本文はこの書面を「本件文書」、書面に記載された合意を「本件契約」と呼んでいます)。書面の文言は後記のとおりで、その下部には、法人FKSの「代表理事」名義の社判と代表印による印影が顕出されるとともに、SGW氏の氏名が自署されていました。
その3日後の平成30年5月22日、法人FKSは、KNCに対し、法人FKSの事業譲渡先の取りまとめを依頼しました(判決本文はこれを「本件仲介契約」と呼んでいます)。つまり、仲介の依頼者は法人FKSであり、報酬の支払を約束する書面を交付したのは代表理事のSGW氏という構図です。
KNCの活動と、譲渡先BRDとの基本合意
KNCは、本件仲介契約の締結後、法人FKSの事業譲渡に関して別の会社2社と交渉を行い、弁護士FJW氏に事業譲渡について相談していました。また、法人FKSは、KNCから紹介を受けた会社から合計6,500万円を借り入れて、信用金庫からの借入金の返済等に充てるとともに、その中から600万円をSGW氏からの借入金の支払に充てました。SGW氏は、この600万円の中から、KNCに対して500万円を支払っています。
KNCは、平成30年9月5日、BRDとの間で、同月10日を目処として法人FKSの営む事業の譲渡についての契約を締結するよう努力するとの内容が記載された「事業譲渡に関する基本合意書」を作成しました。同じ日、BRDからKNCに4,000万円が支払われました(判決本文によれば、BRDに別の会社から振り込まれた1億5,000万円が原資とされています)。
負債の処理方針をめぐるやり取り
KNCは、同月8日までに、SGW氏に対し、法人FKSがBRDとの間で締結する事業譲渡契約で取り決めるべき、法人FKSの第三者に対する債務の処理方針を記載した書面を交付しました。この書面には、SGW氏からの貸付金6,200万1,082円や、社会保険の未払金1億4,000万円などが列挙され、それぞれ「抹消して渡すもの」か「引継ぎ債務」かに分類されていました。SGW氏は、同月8日、この書面に手書きで、自らの貸付金のうち1,000万円を「抹消」して残額をBRDに引き継がせることや、理事3名の退職金合計2,000万円を加えることなどの意見を書き込み、KNCに返しました。
SGW氏は、同じ日にCTN氏と面談して事業譲渡契約書のひな型を受け取りました。ひな型には、BRDが一定の債務を免責的に引き受けること、法人FKSが一定の債務を抹消する手続を行うこと、事業譲渡の対価を0円とすることなどが記載されていました。SGW氏は、ひな型に手書きで退職金の額などを書き込み、さらに「第4条0円となっておりますが、抹消分の6000万円(?)で〔MRT〕口座に入れる様になっている様です。意味がわかりません。」と記載したうえで、同月9日、CTN氏にファクシミリで送信しました(判決本文はこれを「本件FAX文書」と呼んでいます)。
4,000万円の返金と、SGW氏の強い不信の表明
平成30年9月10日、MRT氏、SGW氏及びCTN氏は、弁護士の立会いの下で面談しました。この面談では、KNCがBRDから送金を受けた4,000万円の取扱いが議題とされ、最終的に、KNCがBRDに4,000万円を返金することとなりました。また、SGW氏は、KNC及びBRDとの間で、法人FKSの代表理事として、法人FKSが弁護士FJW氏に事業譲渡に関する交渉の弁護士費用として350万円を支払う旨の合意をしました。
MRT氏は、翌11日、BRDに4,000万円を振込送金し、そのことをSGW氏にショートメールで報告しました。SGW氏からは、「もう終わりにしてください!!」、「裏切られた!!」、「合計1000万返してください!!」などの返信がありました。他方、法人FKSは、同月12日、BRDから4,000万円の振込送金を受けています。
事業承継基本契約の締結と、役員の交代
法人FKSとBRDは、平成30年9月10日付けで、法人FKSがBRDに対して事業譲渡日の法人FKSの事業に属する資産及び負債を譲渡する旨の事業承継基本契約を締結しました(判決本文はこれを「本件事業譲渡契約」と呼んでいます)。契約書の作成日付は9月10日ですが、実際の成立日については当事者間に争いがありました。契約書が遅くとも同月19日までに作成されたことは、その限度で争いがありません。
本件事業譲渡契約書の第3条には、「本事業譲渡の対価は、0円並びに負の資産(確定債務額)とする。」(1項)との記載があり、2項では、対価の支払方法及び支払時期について、別紙1の契約ドラフト書類を鑑み、法人FKSとBRDが協議のうえ決するとされ、「別紙1」として本件FAX文書が添付されていました。
平成30年9月14日、法人FKSの臨時社員総会が開催され、監事であるMRT氏の解任決議、同日時点の理事らの同月20日付けでの辞任の報告、LMN氏ほか4名を同年10月1日付けで選任する旨の決議がされました。また、SGW氏に対して1,275万円、他の理事2名に対して合計896万3,000円の各退職金を支給する旨の決議がされました。SGW氏は、同月20日をもって法人FKSの代表理事及び理事を退任し、同年10月1日の理事会でLMN氏が新たな代表理事に選任されました。
KNCの催告と提訴
SGW氏は、退任後の平成30年10月5日の法人FKSの会議で、施設の赤字経営が続いていたことなどを説明しています。
KNCは、平成31年4月18日、SGW氏に対し、事業譲渡の成立に伴う報酬及び長期間にわたる協力金として2,000万円を支払う旨の合意が成立し、本件事業譲渡契約が成立したとして、既払金500万円を控除した残額を同月26日までに支払うよう求める催告書を送付しました。その後、KNCは、2,000万円のうち1,500万円の支払を求めて提訴しました。
事案の経緯の時系列
| 日付 | 出来事(判決本文の前提事実及び認定事実による) |
|---|---|
| 平成30年5月頃 | SGW氏がMRT氏に、法人FKSを買い取ってくれる者がいないかと相談 |
| 平成30年5月19日 | SGW氏がKNCに、2,000万円の支払を約束する書面(本件文書)を作成交付 |
| 平成30年5月22日 | 法人FKSがKNCに事業譲渡先の取りまとめを依頼(本件仲介契約) |
| (時期の記載なし) | KNCが別の会社2社と交渉。法人FKSの借入れの中からSGW氏に600万円が支払われ、SGW氏がKNCに500万円を支払う |
| 平成30年9月5日 | KNCとBRDが「事業譲渡に関する基本合意書」を作成。BRDからKNCに4,000万円が支払われる |
| 平成30年9月8日 | SGW氏が債務の処理方針の書面に手書きで意見を書き込み、KNCに返す。CTN氏から事業譲渡契約書のひな型を受け取る |
| 平成30年9月9日 | SGW氏が手書きを加えたひな型をCTN氏にファクシミリで送信(本件FAX文書) |
| 平成30年9月10日 | 弁護士立会いの面談で、KNCが4,000万円をBRDに返金することに。本件事業譲渡契約書の作成日付(裁判所はこの日に契約が成立したと認定) |
| 平成30年9月11日 | MRT氏がBRDに4,000万円を返金し、SGW氏が強い不信を表すショートメールを返信。SGW氏が本件仲介契約の解除の意思表示をしたと主張する日 |
| 平成30年9月12日 | 法人FKSがBRDから4,000万円の振込送金を受ける |
| 平成30年9月14日 | 臨時社員総会。MRT氏の監事解任、理事らの辞任の報告、新理事の選任、SGW氏への退職金1,275万円等の支給決議 |
| 平成30年9月19日 | 本件事業譲渡契約書が遅くともこの日までに作成された(SGW氏はこの日に契約が成立したと主張) |
| 平成30年9月20日 | SGW氏が法人FKSの代表理事及び理事を退任 |
| 平成31年4月18日 | KNCがSGW氏に、既払金500万円を控除した残額の支払を求める催告書を送付 |
| 令和2年12月1日 | 訴状送達の日の翌日。遅延損害金の起算日 |
| 令和4年2月1日 | 東京地方裁判所が請求を全部認容する判決 |
SGW氏が報酬の支払を約束する書面を交付したのは、法人FKSがKNCに仲介を依頼する3日前です。また、契約書の作成日付(9月10日)と、SGW氏が解除の意思表示をしたと主張する日(9月11日)は1日違いであり、この前後関係が結論に影響しました。
判断の前提となった書面と契約書の文言
以下は、判決本文に記載された文言を、判決本文のまま引用したものです。数字の表記も判決本文のとおりとし、当事者の呼称は本記事の表記に置き換えています。
平成30年5月19日付けの本件文書―報酬の支払の約束
「私は、現在の一般社団法人〔FKS〕の経営者移譲が成立し、代表理事を辞任した時、私の退職金の中から貴殿が長期に渡り、私に協力していただいたこれまでの対価として、2000万円を貴殿に支払うことを約束します。」
判決本文によれば、この文言の下部には、法人FKSの「代表理事」名義の社判と代表印による印影が顕出されるとともに、SGW氏の氏名が自署されていました。法人の印影と個人の自署が併存していることが、支払う者が誰かという争いの背景にあります。
本件事業譲渡契約書第3条―事業譲渡の対価
「本事業譲渡の対価は、0円並びに負の資産(確定債務額)とする。」(1項)
前項の対価の支払方法及び支払時期については、別紙の契約ドラフト書類(別紙1)を鑑み、法人FKSとBRDが協議のうえ決する。(2項。判決本文の記載を要約したものです)
別紙1として添付されたのは、SGW氏が手書きで書き込みをしてCTN氏に送信した本件FAX文書でした。
原告の請求と当事者の主な主張
KNCの請求
KNCは、本件契約に基づき、SGW氏に対し、報酬2,000万円のうち1,500万円と、これに対する訴状送達の日の翌日である令和2年12月1日から支払済みまで、改正前の民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めました。
KNCの主張
- 本件契約は、法人FKSの事業譲渡契約が成立してSGW氏が代表理事を辞任することを停止条件として、MRT氏がこれまで法人FKSの経営に協力してきた報酬2,000万円をSGW氏がKNCに支払うという内容である。法人FKSはKNCの事務処理の結果BRDと本件事業譲渡契約を締結し、SGW氏は平成30年9月20日に代表理事を辞任したから、停止条件は成就した。
- 本件契約は保証契約ではない。「経営者移譲が成立」との文言に、譲受人が安定的な経営を行うことができる状態になることという限定はない。SGW氏に退職金が支払われることは単なる見込みや期待にすぎず、退職金の支払を条件とするのであれば、いくらの退職金でいくら支払うかの基準を定めるのが自然であるが、そのような定めはない。
- 本件事業譲渡契約の成立日は平成30年9月10日であり、SGW氏が解除の意思表示をしたと主張する同月11日の前日である。委任契約の解除に遡及効はなく、KNCに債務不履行もない。
- 同月8日より後にKNCが交渉に関与できなかったのは、SGW氏が謂われのない嫌疑をかけてKNCを交渉から排除した結果であるから、仮に契約の成立がKNCの事務処理の結果ではないとされても、民法130条によって停止条件が成就したとみなされるべきである。
SGW氏の主張
- 支払う者は法人FKSである。本件仲介契約の契約主体が法人FKSである以上、報酬を支払うのは法人FKSであり、本件契約は、SGW氏が法人FKSの報酬支払義務を保証することを約したものにすぎない。
- 停止条件が成就していない。「経営者移譲が成立」したといえるためには、報酬額の高さに鑑み、事業譲渡契約の成立だけでは足りず、譲受人が事業譲渡契約上の義務を本旨に従って履行し、安定的な経営を行うことができる状態になることを要する。BRDは法人FKSが債権者に負っていた義務を負担したのに履行していない。また、SGW氏は報酬の原資となる退職金の支払を法人FKSから受けていないから、この意味でも停止条件は成就していない。
- 契約は仲介の成果ではない。報酬は事業譲渡契約の成立に対するものであるから、本件事業譲渡契約はKNCの事務処理の結果として成立したものである必要がある。KNCは事務処理の状況を報告せず、法人FKSに対する善管注意義務に反して相手方であるBRDから4,000万円もの報酬を受け取っていたから、SGW氏は平成30年9月11日、債務不履行に基づく解除の意思表示をした(解除の要件を満たさないとしても、民法651条1項に基づく任意解除を兼ねる)。法人FKSは解除後にBRDと独自に交渉し、同月19日に本件事業譲渡契約を成立させた。
お手元の資料と経緯をお聞きし、進め方の順序をお示しします。
結論を左右した争点
判決は、争点として当事者双方の主張を整理したうえで、次の4点を順に検討しています。
- 本件契約に基づく報酬を支払うのは、法人FKSか、SGW氏個人か(保証にすぎないか)。
- 「経営者移譲が成立」とは、事業譲渡契約の締結をいうのか、譲受人が安定的な経営を行うことができる状態になることまで必要か。
- 「退職金の中から」との文言は、SGW氏が退職金の支給を受けることを支払の停止条件とするものか。
- 本件事業譲渡契約は、KNCの事務処理の結果として成立したものか(契約の成立日は、SGW氏が主張する解除の日より前か)。
第4の点については、裁判所は、報酬が成功報酬である以上、報酬の発生には契約がKNCの事務処理の結果として成立したことが必要であるとして、SGW氏の主張の前提を一部受け入れたうえで判断しています。結論を最も大きく左右したのは、本件文書の文言の読み方と、契約の成立日の認定でした。
裁判所が認定した事実と判断の枠組み
処分証書である本件文書の記載どおりの合意と推認する
裁判所は、まず、本件文書の性質から出発しました。
「本件文書が、処分証書としての性質を有し、成立の真正についても争いがない以上、〔KNC〕と〔SGW氏〕との間に成立した本件契約の内容は、特段の事情がない限り、本件文書に記載のとおりのものであったと推認するのが相当である。」
処分証書とは、契約書のように、その書面によって意思表示などの法律行為がされたものをいいます。成立の真正に争いがない処分証書があれば、特段の事情がない限り、記載どおりの合意があったと推認するという枠組みです。以下の三つの争点は、いずれもこの枠組みの下で、本件文書の文言と、文言の外にある事情(当事者の利益状況、交渉の経過)から検討されています。
成功報酬である以上、事務処理の結果としての成立が前提となる
裁判所は、本件契約に基づく報酬が本件仲介契約における事務処理の対価の趣旨であったことには当事者間に争いはないと考えられるとしたうえで、次のとおり述べています。
「ただし、本件契約に基づく報酬が、本件仲介契約の成功報酬である以上、その報酬の発生は、本件事業譲渡契約が〔KNC〕の事務処理の結果として成立したことを前提とすると解される。」
本件文書には「長期に渡り、私に協力していただいたこれまでの対価」と書かれていましたが、裁判所は、その実質を仲介の成功報酬と捉え、文言にない「事務処理の結果として成立したこと」を報酬の発生の前提に加えています。この点は、KNCではなくSGW氏の主張に沿った解釈です。
各主張を採用し又は排斥した理由
支払う者―「私」は代表理事であり退職金を受ける者だから、SGW氏個人
裁判所は、本件文書の文言について、次のとおり判断しました。
「「対価」を支払う主体は、「私」であり、その「私」は「代表理事」であり「退職金」の支払を受ける者と理解するしかないから、〔法人FKS〕ではなく〔SGW氏〕と解するほかはない。」
退職金の支払を受けるのは法人ではなく個人であるという点が、「私」を個人と読む決め手になっています。裁判所は、この推認を妨げる事情がないことについて、次の点も挙げました。
- MRT氏は本人尋問で、SGW氏に法人FKSの報酬の支払を保証してもらったとの趣旨の供述をしているが、本件文書の記載内容と異なる合意が成立したことをいう趣旨とは解されないこと。
- 法人FKSがKNCに依頼した事務に関し、SGW氏個人が500万円の支払をしたことがあったことからすれば、SGW氏が本件契約の締結に応じたことは何ら不自然ではないこと(MRT氏は、この500万円は本件契約に基づく報酬の一部前払いであると陳述ないし供述しています)。
- SGW氏自身が陳述し、本人尋問で供述する本件契約の内容も、SGW氏が報酬の支払主体であることを前提とするものであること。
こうして、本件契約は法人FKSの債務を保証したものにすぎないというSGW氏の主張は退けられました。
「経営者移譲が成立」―事業譲渡契約の締結で足りる
裁判所は、本件仲介契約が、KNCが法人FKSの譲渡先の取りまとめという事務を処理することを目的とするものであったことから、次のとおり解しました。
「本件契約にいう「経営者移譲が成立」とは、上記とりまとめがされた時、すなわち、譲渡先との間で〔法人FKS〕が事業譲渡契約を締結することをいうものと解するのが相当である。」
譲受人が事業譲渡契約上の義務を本旨に従って履行し、安定的な経営を行うことができる状態になったことが必要であるとのSGW氏の主張は、「失当である」とされました。仲介の対象となる事務(譲渡先の取りまとめ)が何であったかから、報酬の発生の条件の意味を確定したものです。
「退職金の中から」―支払の条件ではなく、原資の確認的な記載と理解する余地が十分にある
SGW氏は、報酬が「退職金の中から」支払われるとされていることから、退職金の支給を受けることが停止条件であると主張しました。裁判所は、まず文言について次のとおり述べました。
「しかし、「退職金の中から」との文言は、「退職金が支払われた場合」などの文言と異なり、明確に条件と理解し得る記載ではない。」
そのうえで、裁判所は、当事者の利益状況を次のように検討しています。
- 平成30年9月のMRT氏とSGW氏の間の書面、本件FAX文書、本件事業譲渡契約書の内容、平成30年10月5日の会議及び平成31年4月5日の研修会でのSGW氏の説明内容に照らせば、SGW氏が法人FKSの事業譲渡を企図した理由は、法人FKSの負債の一部を抹消し(判決は、「抹消」とは弁済のことをいう趣旨と解しています)、一部を譲渡先に承継させるなどして、負債を整理する点にあったと推認できること。
- 本件FAX文書の書き込みや、本件事業譲渡契約書第3条が対価を「0円」に続けて「負の資産(確定債務額)」とし、支払方法と時期を協議で決めるとして一定額の支払を予定した記載になっていることから、SGW氏は、負債の整理を法人FKSではなく譲渡先の負担で行うことを想定していたと推認できること。
- SGW氏自身が法人FKSに対して6,200万円の貸付金債権を有する債権者とされていたことから、事業譲渡はSGW氏にとって大きな利益をもたらす可能性のあるものであったこと。
- 他方、法人FKSがSGW氏に退職金を支給するには社員総会決議が必要であり、2,000万円を超える退職金が支払われるかどうかは、本件契約の締結時、SGW氏にとって不明確な状態であったこと。
このような利益状況から、裁判所は、SGW氏が退職金の支払の有無を問題とせずに報酬の支払を約束することは不自然ではなく、逆に、KNCが仲介の事務処理を完了させたのに、法人FKSからSGW氏への退職金の支払がない限り報酬を受けられない立場になるような合意に応じることは不自然であったと言い得るとしました。そして、次のとおり結論付けています。
「そうすると、「退職金の中から」との文言が、報酬支払の停止条件を定めたものと解することには疑問があり、〔SGW氏〕が原資として予定しているところのものを確認的に記載したにすぎないものと理解する余地も十分にある。」
SGW氏は、本件契約の締結の際、MRT氏から、経営者が変わった後は自分が理事になってSGW氏に退職金を2,000万円以上出すから、その中から報酬として2,000万円を支払ってほしいと告げられたと陳述し、本人尋問でも同旨の供述をしました。しかし、裁判所は、MRT氏が平成30年9月8日までに交付した書面に、SGW氏自身が理事3名の退職金として合計2,000万円と書き加えていることからすると、そのようなことを告げられていたと考えることには大いに疑問があるとして、この陳述及び供述を採用しませんでした。SGW氏の書き込みでは理事3名の退職金の合計が2,000万円とされており、SGW氏1人に2,000万円以上の退職金が出るという説明とは整合しないという趣旨と理解されます(当事務所の理解です)。
以上を踏まえ、裁判所は、小括として、本件契約は、法人FKSの事業譲渡契約が成立し、SGW氏が代表理事を退任したことを停止条件として、本件仲介契約の成功報酬2,000万円を支払う内容のものであったと認めました(判決本文の小括の一文は、支払う者と受け取る者の記載が、前後の説示と逆の順序になっていますが、前後の説示及び結論から、SGW氏がKNCに支払う趣旨と理解されます)。そして、本件事業譲渡契約が成立し、SGW氏が代表理事を辞任したことは、前提事実及び認定事実のとおりであるとしました。
事務処理の結果としての成立―契約は9月10日に成立し、KNCの事務処理はその時点で完了していた
最後に、裁判所は、本件事業譲渡契約がKNCの事務処理の結果として成立したものであったかを検討しました。まず、契約の成立日について、次の事情から、契約書に記載された日である平成30年9月10日(SGW氏が主張する解除の日の前日)に成立したと認めました。
- 本件事業譲渡契約書の日付が平成30年9月10日であること。
- 同月14日に法人FKSの社員総会が開催され、理事らの同月20日付けでの辞任が報告されるとともに、新理事らの選任の決議がされており、事業譲渡契約が成立する前に現行の理事らの退任の報告と新理事らの選任がされることは不自然であること。
SGW氏は、契約は同月20日前後に締結されたと陳述し、本人尋問では、スマートフォンのスケジュール表に同月19日に契約を締結したことを示すデータが残っていたと供述して、そのデータ画面を証拠として提出しました。しかし、裁判所は、そのスケジュール表が事後的に入力することが不可能なものであるか不明である上、「本人尋問に至ってようやく、スマートフォンのスケジュール表のデータという容易に探索可能なはずの証拠が提出されるというのは不自然というほかない」として、この陳述や供述を採用しませんでした。
そのうえで、裁判所は、本件事業譲渡契約が、KNCが弁護士FJW氏に相談するなどして準備した文書を土台として、KNCが法人FKSに紹介した事業者であるBRDとの間で締結されたものであることから、次のとおり判断しました。
「本件事業譲渡契約の成立は〔KNC〕の事務処理の結果であり、〔KNC〕の事務処理は、〔SGW氏〕が解除の意思表示をしたと主張する同月11日の前日に完了していたと認められる。」
判決が判断を示していない点
判決本文には、次の点についての独立した説示はありません。
- 平成30年9月11日にSGW氏がしたと主張する本件仲介契約の解除の意思表示の有無及び効力(債務不履行解除の要件を満たすか、民法651条1項の任意解除に当たるか)
- KNCがBRDから4,000万円の支払を受け、その後返金したことが、法人FKSに対する善管注意義務に反するか
- KNCが予備的に主張した、民法130条による停止条件の成就の擬制
- SGW氏が実際に法人FKSから退職金の支払を受けたかどうか(判決本文には、社員総会で1,275万円の支給が決議されたことは記載されていますが、支払の有無の認定はありません)
- SGW氏がKNCに支払った500万円が本件契約に基づく報酬の一部前払いに当たるか(KNCは2,000万円のうち1,500万円を請求しており、判決は「その請求の範囲である1500万円」の支払を認めています)
判決は、契約が解除の主張の日より前に成立し、KNCの事務処理がその時点で完了していたと認めたことで、解除や民法130条の問題に立ち入らずに結論を導いています。
主文及び結論
判決の主文は、次のとおりです(ここでの「原告」はKNC、「被告」はSGW氏を指します)。
- 「被告は、原告に対し、1500万円及びこれに対する令和2年12月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。」
- 「訴訟費用は被告の負担とする。」
- 「この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。」
裁判所は、KNCが、本件契約に基づき、その請求の範囲である1,500万円と、催告の後であり訴状送達の日の翌日である令和2年12月1日から支払済みまで改正前の民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める権利を有するとして、請求を全部認容しました。訴訟費用の負担を定めた主文第2項については、仮執行宣言は相当ではないとして付されていません。
本件は、平成30年の合意に基づく請求であり、遅延損害金の割合は、平成29年法律第44号による改正前の民法の法定利率(年5分)によっています。令和2年4月1日に施行された改正後の民法の下での法定利率(年3分から始まる変動制)とは異なる点にご注意ください。
判断の射程―参考となる点と一般化できない点
以下は、判決の内容を踏まえた当事務所の評価です。裁判所が示した判断そのものとは区別してお読みください。
参考となる点
第1に、仲介の依頼者が法人であっても、その代表者が個人として報酬の支払を約束する書面を交付していれば、代表者個人が報酬の支払義務を負うと判断され得ることです。本件では、書面に法人の代表理事名義の社判と代表印の印影があったにもかかわらず、「私」が「代表理事」を辞任し「退職金」の支払を受ける者と書かれていたことから、支払う者は個人と解されました。売主側の経営者が、会社や法人の譲渡に際して、仲介者に個人として謝礼や報酬を約束する場面は少なくありません。書面の主語や、個人にしか当てはまらない事情(退職金の受領、役員の辞任等)の記載が、支払う者の判断を左右することを示す例です。
第2に、報酬の発生の条件の文言は、仲介の対象となった事務の内容から解釈されたことです。本件では、仲介の目的が譲渡先の取りまとめであったことから、「経営者移譲が成立」とは事業譲渡契約の締結をいうとされ、譲受人がその後安定的な経営を行うことができる状態になることまでは求められませんでした。他方で、裁判所は、成功報酬である以上、契約が仲介者の事務処理の結果として成立したことが前提になるとも述べています。仲介者の側では、成果との結び付きを示す資料(紹介の経過、契約書案の作成への関与等)を残しておくことの重要性が分かります。
第3に、「退職金の中から」のように原資を示す文言は、当然には支払の条件とはならないことです。裁判所は、「退職金が支払われた場合」などの文言と比較し、さらに当事者の利益状況を検討して、原資を確認的に記載したにすぎないと理解する余地が十分にあるとしました。報酬を約束する側が、一定の資金が入ることを支払の条件とするつもりであれば、条件であることが明確に分かる文言で定めておく必要があるといえます。
第4に、契約の成立日の認定では、契約書の日付に加え、その前後の機関決定(社員総会での役員の退任の報告と新役員の選任)との整合性が重視されたことです。本人尋問の段階で初めて提出されたスマートフォンのスケジュール表のデータは、事後入力が不可能か不明であることと、提出の時期の不自然さから採用されませんでした。
一般化できない点
本判決は、本件文書の具体的な文言、当事者の利益状況、交渉の経過に基づく個別の判断です。特に、「退職金の中から」との文言について、裁判所は停止条件と解することには疑問があり、原資を確認的に記載したにすぎないと「理解する余地も十分にある」と述べるにとどめており、同様の文言が常に条件とならないという一般的な基準を示したものではありません。報酬の額と退職金の額の関係が契約に明記されている場合や、当事者間に別の合意の証拠がある場合には、結論が異なり得ます。
また、判決は、契約の成立日がSGW氏の主張する解除の日より前であると認定したことで結論を導いており、仲介者が相手方から金銭を受領したことが善管注意義務違反に当たるか、仲介契約の解除が有効か、民法130条による条件成就の擬制が認められるかについては判断していません。仲介者が相手方から金銭を受け取る場面は、利益相反の観点から問題となり得るものであり、本判決をもって、そのような受領が問題とならないと理解することはできません。
さらに、本件は依頼者である法人ではなく代表者個人に対する請求であり、法人に対する報酬請求の可否については判断されていません。遅延損害金は改正前の民法の年5分によっており、改正後の民法が適用される事案とは割合が異なります。上訴の有無及び確定は確認できていないため、その点にも留意が必要です。
合意や交渉で確認しておきたいこと
仲介者の側では、報酬の支払を約束する書面を受け取る場合に、支払う者が法人か個人か、個人の場合は保証か独自の支払義務か、報酬の発生の条件(どの契約の締結か、役員の辞任等を含むか)、支払期限、原資の記載が条件の趣旨かどうかを、明確に書き分けておくことが考えられます。報酬を約束する経営者の側では、個人として支払義務を負う文言になっていないか、一定の資金が入ることを条件とする趣旨であれば、その旨が明確に記載されているかを、署名の前に確認することが重要です。これらは本判決を踏まえた当事務所の着眼点であり、本判決が特定の条項例の有効性を判断したものではありません。
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よくあるご質問
仲介を依頼したのは法人なのに、代表者個人が報酬を支払わなければならないことがありますか。
あります。本判決では、仲介を依頼したのは法人でしたが、代表理事が「私は」「代表理事を辞任した時、私の退職金の中から」2,000万円を支払うと書いた書面を交付していたことから、報酬を支払う者は法人ではなく代表理事個人であると判断されました。代表者が個人として約束した書面があるかどうか、その文言がどうなっているかが重要です。
代表者が書いた支払の約束は、法人の債務の保証にすぎないと主張できますか。
書面の文言と経緯によります。本判決では、仲介者の代表者が本人尋問で「保証してもらった」との趣旨の供述をしていましたが、裁判所は、書面の記載内容と異なる合意が成立したことをいう趣旨とは解されないとし、保証にすぎないとの主張を退けました。成立に争いのない処分証書がある場合、特段の事情がない限り、記載どおりの合意があったと推認されます。
「退職金の中から」支払うと書いた場合、退職金をもらえなければ支払わなくてよいのですか。
本判決では、「退職金の中から」との文言は、「退職金が支払われた場合」などの文言と異なり、明確に条件と理解し得る記載ではないとされました。さらに、事業譲渡が代表理事にとって大きな利益をもたらす可能性があった一方、退職金の額は不明確であったという利益状況から、支払の条件ではなく、原資を確認的に記載したにすぎないと理解する余地が十分にあるとされ、退職金の受領の有無にかかわらず支払が命じられました。
事業譲渡契約の成立後に仲介契約を解除すれば、成功報酬を免れることができますか。
本判決では、事業譲渡契約は契約書の日付である9月10日に成立し、仲介者の事務処理はその時点で完了していたと認められたため、翌日にされたと主張された解除は結論に影響しませんでした。契約の成立日が争われる場合には、契約書の日付のほか、前後の役員の交代などの事情との整合性から判断されることがあります。
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