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株式譲渡契約の代表取締役続投条項と売主である創業者の解任―東京地方裁判所令和4年3月1日判決

公開 2022年3月1日更新 2026年11月2日

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会社の全株式を譲渡した売主である創業者が、株式譲渡契約で、譲渡後最低5年間は代表取締役として業務に従事すると定めていたのに、約2年7か月後に買主の意思決定で代表取締役を解任された場面の判例です。東京地方裁判所令和4年3月1日判決は、創業者が、買主から派遣された執行役員と後任の代表取締役の2人を相手に、パワーハラスメントと共謀による解任を理由として損害賠償を求めた事案で、請求をいずれも棄却しました。

判決は、取締役の解任は株主総会の決議によるため、解任は100%株主である買主の意思決定によるものであり、被告とされた2人の個人がこれを左右したとは認められないとしました。そのうえで、続投を定めた条項について、5年間にわたり「いかなる事由があろうと」代表取締役の地位にとどめることを保証する趣旨とまでは解されないと述べています。

本記事では、株式を譲渡した売主(旧経営者)の立場から、判決本文に基づいて、続投条項がどこまで売主を守るのか、その限界がどこにあるのかを整理し、契約を結ぶ段階で定めておくべき事項を当事務所の評価として区別して解説します。

Contents
  1. 裁判例の基本情報
  2. 当事者の表記
  3. 事案の概要―全株式を譲渡した創業者が、続投期間の途中で解任された
    1. 創業者が全株式を2億円で譲渡し、代表取締役を続けることになった
    2. 買主から執行役員が派遣され、経営の監督が始まった
    3. 創業者は、買主ではなく2人の個人を訴えた
  4. 事案の経緯の時系列
  5. 株式譲渡契約の条項
    1. 第5条―創業者の処遇(代表取締役としての続投)
    2. 第14条―買主による保証債務の解除
  6. 当事者の請求と主要な主張
    1. 創業者HRK氏の請求
    2. 創業者HRK氏の主張
    3. 執行役員JNK氏とOTR氏の主張
  7. 結論を左右した争点
  8. 裁判所が認定した重要な事実
    1. 派遣の経緯と、従業員の大量退職
    2. 在庫の計上と、架空在庫の判明
    3. 資金繰りと金融機関への対応
    4. 従業員の退職勧奨と、警察への通報
    5. 解任と後任の代表取締役の就任
  9. 裁判所の判断の枠組み
    1. 取締役の解任は、株主の意思決定による
    2. 続投条項は、いかなる事由があっても地位を保証する趣旨とまではいえない
  10. 各主張を採用し又は排斥した理由
    1. 保証の強要―保証を求めた事実が認められない
    2. 決算に関する詰問―指摘の内容に誤りはなく、違法性もない
    3. 共謀による解任―2人が解任を企てたとは認められない
    4. 創業者の供述の信用性
  11. 主文及び結論
  12. 判断の射程―続投条項の効力の限界
    1. 参考となる点
    2. 一般化できない点
  13. 売主が契約時に定めておくべき事項
    1. 続投を買主の義務として定める
    2. 解任できる場合と、解任した場合の補償を定める
    3. 役員報酬、退任時の取扱いを定める
    4. 親会社と現経営者の権限の分担を定める
    5. 保証債務の解除を確実にする
    6. 譲渡前の会計処理と表明保証
  14. よくあるご質問
    1. 株式譲渡契約で、最低5年間は代表取締役を続けると定めれば、5年間は解任されませんか。
    2. 続投の約束に反して解任された場合、売主は誰に何を請求できますか。
    3. 親会社から派遣された役員の厳しい指摘は、パワーハラスメントになりますか。
    4. 続投を約束してもらう場合、契約にどのような定めを置くべきですか。
  15. 関連する記事と御相談のご案内

裁判例の基本情報

裁判所 東京地方裁判所民事第5部
裁判日 令和4年3月1日
事件番号 令和2年(ワ)第19513号
裁判の形式 判決
審級 第一審
結論 原告(売主である創業者)の請求をいずれも棄却。訴訟費用は原告の負担
上訴の状況 上訴の有無及び確定は確認できていません

この表は、判決本文の冒頭及び末尾の記載に基づいて当事務所が作成したものです。

当事者の表記

判決に出てくる会社名・氏名は、本記事独自のイニシャルに置き換えています。判決が用いている符号も、そのままは使わずに次の表記へ置き換えています。

本記事の表記 立場
売主である創業者HRK氏(以下「創業者HRK氏」) 原告。対象会社TGSを設立して代表取締役を務め、株式譲渡契約で株式を買主EWRに譲渡した後も代表取締役を続けていましたが、解任されました
対象会社である医療機器販売会社TGS(以下「対象会社TGS」) 医療用の機器、用具等の販売及び輸出入等を目的とする株式会社。株式譲渡契約の当事者でもあります
買主である電線製造メーカーEWR(以下「買主EWR」) 電線等の製造販売等を目的とする株式会社。株式譲渡契約で対象会社TGSの全株式を取得し、100%株主(親会社)となりました。本件訴訟の当事者ではありません
買主から派遣された執行役員JNK氏(以下「執行役員JNK氏」) 被告。銀行の支店長を務めた後に買主EWRに入社して執行役員となり、対象会社TGSに派遣されました。買主EWRの登記記録上は、同社の取締役に就任した旨も登記されています
後任の代表取締役OTR氏(以下「OTR氏」) 被告。かつて創業者HRK氏の部下だった人物で、その紹介で対象会社TGSに入社し、創業者HRK氏の解任と同じ日に後任の代表取締役に就任しました
外資系医療機器輸入販売会社LMV 創業者HRK氏が独立前に勤務し、OTR氏と知り合った会社
銀行PNB 執行役員JNK氏が支店長を務めていた銀行。判決本文では買主EWRのメインバンクとされています
銀行WSK 対象会社TGSの借入金の借換先となった銀行。判決本文では買主EWRのメインバンクであったとされています
従業員DMR氏 対象会社TGSで製品の輸入や総務、人事に関する業務に携わっていた従業員。退職勧奨の対象となりました
執行役員GYK氏 創業者HRK氏の姪で、対象会社TGSの執行役員だった人物
買主の取締役NBO氏、買主の常務取締役CJM氏 買主EWRの役員。CJM氏は、創業者HRK氏に解任の事実を伝えました
製品RTX 鋼製小物と呼ばれる医療機器の一種で、在庫品としての計上が問題となった製品

判決本文を引用する部分では、当事者の呼称を上記の表記に置き換え、置き換えた箇所を〔 〕で示しています。主文その他の判決本文の引用で「原告」とあるのは、創業者HRK氏を指します。判決本文の数字は全角の算用数字で記載されているため、引用部分では判決本文の表記のままとしています。

事案の概要―全株式を譲渡した創業者が、続投期間の途中で解任された

創業者が全株式を2億円で譲渡し、代表取締役を続けることになった

創業者HRK氏は、外資系医療機器輸入販売会社LMVに勤務した後、平成11年に独立し、同年7月2日に対象会社TGSを設立して、以後その代表取締役を務めていました。

創業者HRK氏は、平成28年頃から対象会社TGSの事業承継を考えるようになり、平成29年1月頃、事業の買受希望者として、当時新規事業の開拓に取り組んでいた買主EWRを紹介されました。創業者HRK氏、対象会社TGS及び買主EWRは、平成29年1月27日付けで企業提携に関する基本合意書を締結し、これに基づいて同年2月22日付けで株式譲渡契約を締結しました(判決本文はこの契約を「本件株式譲渡契約」と呼んでいます)。

株式譲渡契約の内容は、創業者HRK氏が所有していた376株を含む対象会社TGSの発行済株式400株の全部を、総額2億円(1株当たり50万円)で買主EWRが譲り受けるというものでした。この契約には、創業者HRK氏が、経営権が買主EWRに移転した後も代表取締役として最低5年間は業務に従事するとする条項(第5条)と、買主EWRが創業者HRK氏の保証債務を外す措置をとるとする条項(第14条)が置かれていました。

買主から執行役員が派遣され、経営の監督が始まった

執行役員JNK氏は、銀行PNBの支店長を務めた後、同行の紹介で、平成30年4月に買主EWRに入社しました。その職務は、執行役員として、対象会社TGSを含む関連会社3社の総務、経理、人事等の経営状況全般を監督することでした。執行役員JNK氏は、入社後間もなく対象会社TGSに派遣されました。

その後、決算での在庫の計上、資金繰りと金融機関への対応、従業員の退職勧奨をめぐって、創業者HRK氏と、執行役員JNK氏及び買主EWRとの間で対応の食い違いが重なりました。最終的に、創業者HRK氏が、退職勧奨の通知書の作成について執行役員JNK氏を有印私文書偽造罪として警察に通報したことなどを契機に、買主EWRは、令和元年10月10日、創業者HRK氏を対象会社TGSの代表取締役及び取締役から解任し、同日、OTR氏が後任の代表取締役に就任しました。

創業者は、買主ではなく2人の個人を訴えた

創業者HRK氏は、執行役員JNK氏のパワーハラスメントと、執行役員JNK氏とOTR氏の共謀による正当な理由のない解任を主張して、2人に対して不法行為に基づく損害賠償を求めました。株式譲渡契約の相手方である買主EWRや、対象会社TGSは、本件訴訟の被告とされていません。

事案の経緯の時系列

日付 出来事(判決本文の前提事実及び認定事実による)
平成4年2月頃 OTR氏が外資系医療機器輸入販売会社LMVに就職し、直属の上司であった創業者HRK氏と知り合う
平成11年7月2日 創業者HRK氏が独立して対象会社TGSを設立し、代表取締役に就任
平成28年頃 創業者HRK氏が事業承継を考えるようになる
平成29年1月頃 買受希望者として買主EWRを紹介される
平成29年1月27日付け 創業者HRK氏、対象会社TGS及び買主EWRが企業提携に関する基本合意書を締結
平成29年2月22日付け 株式譲渡契約を締結(発行済株式400株の全部、総額2億円)。当時、対象会社TGSの借入れ約3億円を創業者HRK氏が連帯保証していたが、その後、銀行WSKへの借換えと買主EWRの連帯保証により、創業者HRK氏の保証は消滅
株式譲渡契約の締結の頃から約1年の間 対象会社TGSの従業員11人から12人程度のうち10人が退職
平成30年4月 執行役員JNK氏が買主EWRに入社し、間もなく対象会社TGSに派遣される
平成30年8月 対象会社TGSの銀行WSKからの借入金について、買主EWRの保証が外される
平成30年12月 執行役員GYK氏が退職。同月末頃、執行役員JNK氏が創業者HRK氏に在庫品の精査を指示するが、創業者HRK氏は多忙を理由に応じず
平成31年1月下旬頃 商品期末棚卸高が前期比1,500万円減となり赤字決算になる旨を受け、創業者HRK氏が製品RTXを1,500万円相当の在庫品として計上。執行役員JNK氏が粉飾決算ではないかと指摘
平成31年1月26日から2月1日 創業者HRK氏が米国に出張。帰国後、2月4日から1か月程度入院
平成31年3月下旬頃 買主EWRが従業員DMR氏に退職勧奨をする方針を固める
平成31年4月26日 買主EWRの取締役会で、従業員DMR氏の退職金を給料3か月分相当額と決定
令和元年5月9日 執行役員JNK氏が、買主EWRの指示に従い、創業者HRK氏名義の同日付け退職勧奨通知書に対象会社TGSの銀行印を押して従業員DMR氏に渡す(同日頃)。同日、顧問税理士との打合せで資金繰りに関する発言
令和元年5月21日 OTR氏が創業者HRK氏の紹介で対象会社TGSに入社
令和元年5月30日 対象会社TGSが、給料3か月分相当額を解雇手当として従業員DMR氏を解雇
令和元年6月26日 従業員DMR氏が労働局にあっせんを申請
令和元年6月以降 手形借入債務の書換えに関し、創業者HRK氏がOTR氏とともに銀行WSKを訪問
令和元年8月6日 創業者HRK氏が、あっせんの期日に出頭し、独断で給料6か月分相当額の退職金を支払う旨を従業員DMR氏と合意
令和元年9月4日 執行役員JNK氏が警察署で退職勧奨通知書の作成について事情聴取を受け、創業者HRK氏の通報を知る
令和元年10月(解任の数日前頃) 買主EWRがOTR氏に解任予定を告げ、後任の代表取締役への就任を打診。OTR氏が応諾
令和元年10月10日 買主EWRが創業者HRK氏を代表取締役及び取締役から解任。OTR氏が後任の代表取締役に就任
令和元年10月23日 買主の常務取締役CJM氏が創業者HRK氏に解任の事実を伝える
令和元年10月24日 OTR氏、執行役員JNK氏及び買主EWRの代表取締役が解任後の対応を協議
令和元年11月22日付け 創業者HRK氏が執行役員JNK氏について有印私文書偽造・同行使罪の刑事告発。同年12月8日付けで起訴猶予となった旨の不起訴処分理由告知を受ける
令和元年12月以降 約2年がかりの在庫品の精査で、帳簿に4,000万円以上の架空の在庫が計上されていたことが判明
令和4年3月1日 東京地方裁判所が創業者HRK氏の請求をいずれも棄却する判決

株式譲渡契約の締結日(平成29年2月22日付け)から解任(令和元年10月10日)までは、約2年7か月です。判決本文には株式の譲渡日そのものの記載はないため、続投期間の残りの長さを正確に示すことはできませんが、第5条が定めた「最低5年間」の途中で解任されたことは明らかです。

株式譲渡契約の条項

以下は、判決本文に記載された株式譲渡契約の条項を、判決本文の文言のまま引用したものです(当事者の呼称は本記事の表記に置き換え、置き換えた箇所を〔 〕で示しています)。判決本文は第5条の後半を「(以下略)」としており、その内容は判決本文からは分かりません。

第5条―創業者の処遇(代表取締役としての続投)

第5条(〔創業者HRK氏〕の処遇)

〔創業者HRK氏〕は、〔対象会社TGS〕の経営権が〔買主EWR〕に移転後も〔対象会社TGS〕の代表取締役として、本件株式の譲渡日から最低5年間は業務に従事するものとする。(以下略)

この条項の主語は創業者HRK氏であり、文言上は、創業者HRK氏が代表取締役として業務に従事することを定める形になっています。買主EWRが創業者HRK氏を代表取締役に選任し、又はその地位を維持する義務を負うといった文言は、判決本文に引用された範囲には見当たりません。

第14条―買主による保証債務の解除

第14条(〔買主EWR〕の義務)

〔買主EWR〕は、〔創業者HRK氏〕が〔対象会社TGS〕の正当なる債務及び契約を担保するために第三者に対して負っている保証債務について、本件株式の譲渡日後直ちに〔買主EWR〕及び〔対象会社TGS〕の費用と責任において保証の解除又は保証人の変更のために必要な措置をとるものとする。

2 〔買主EWR〕は、本件株式の譲渡日以降、前項の保証解除ないし保証人の変更や抵当権抹消の手続が完了するまでに、債権者から〔創業者HRK氏〕に対して保証責任等の追及がなされた場合には、全て〔買主EWR〕及び〔対象会社TGS〕の責任と費用負担において〔創業者HRK氏〕が一切の保証責任等の負担から完全に免れるように処理するものとする。

第14条は、第5条と異なり、買主EWRを主語として、保証の解除のために必要な措置をとる義務を定めています。判決は、株式譲渡契約の締結当時、対象会社TGSの約3億円の借入れを創業者HRK氏が個人で連帯保証していたこと、買主EWRがこの条項に基づき、借入金の全額を銀行WSKに借り換えさせて自ら連帯保証することで、創業者HRK氏の連帯保証を消滅させたことを認定しています。

当事者の請求と主要な主張

創業者HRK氏の請求

創業者HRK氏の請求は、次のとおりです。遅延損害金は、いずれも解任の日の翌日である令和元年10月11日から支払済みまで、平成29年法律第44号による改正前の民法(判決本文は「改正前民法」と呼んでいます)所定の年5分の割合によるものです。

相手方 請求の内容
執行役員JNK氏 685万0998円及び遅延損害金(うち330万円はOTR氏と連帯して)。内訳は、入院費相当額122万8180円、慰謝料500万円、弁護士費用相当額62万2818円
OTR氏 330万円及び遅延損害金(執行役員JNK氏と連帯して)。内訳は、共同不法行為による慰謝料300万円、弁護士費用相当額30万円

執行役員JNK氏に対する請求は、同氏のパワーハラスメントによって精神的、肉体的に疲弊し、入通院を余儀なくされ、不整脈も発症したとして、共同不法行為を含む同氏の不法行為による損害を求めるものです。OTR氏に対する請求は、2人の共謀による解任という共同不法行為を理由とするものです。

創業者HRK氏の主張

創業者HRK氏は、執行役員JNK氏が、親会社の執行役員として、親会社の意向を無視できない創業者HRK氏よりも優位な立場にあることを利用して、次のパワーハラスメントに及んだと主張しました。

  • 保証責任の負担の強要 第14条によって保証責任を一切負わないこととされていたのに、令和元年5月9日頃、資金繰りのために創業者HRK氏が連帯保証人になって銀行から資金を調達するよう求め、融資の保証を繰り返し求めた。
  • 決算に関する理不尽な詰問 平成31年1月25日、あるはずの在庫がない、粉飾決算が行われているなどと詰問した。しかし、在庫は存在しており、粉飾決算は行われていなかった。

さらに、創業者HRK氏は、第5条で少なくとも5年間は代表取締役を務めることとされていたのに、執行役員JNK氏とOTR氏が共謀のうえ、正当な理由なく自らを解任して会社から追放することを企て、そのためのパワーハラスメントに及んだと主張しました。具体的には、執行役員JNK氏が創業者HRK氏の印鑑を無断で使用して退職勧奨書類を作成し、警察から呼び出されたため、自らが不利な状況に陥らないように解任を買主EWRに働きかけたこと、OTR氏が就任に必要な書類を自ら準備した時点までに合意に達していたこと、対象会社TGSの玄関の鍵や防犯装置を交換させて屋内に立ち入れないようにしたことなどを挙げています。OTR氏については、解任後の協議の際に「自分は守ってもらえますでしょうか。」と確認したこと、報復を懸念していたこと、自ら代表取締役に就任するという経済的利益を得ていることから、謀議に加わっていたのは明らかであると主張しました。

執行役員JNK氏とOTR氏の主張

執行役員JNK氏は、パワーハラスメントの事実を否定しました。保証については、創業者HRK氏に保証を求めたことはなく、指摘された発言は顧問税理士の事務所職員に対するもので、その趣旨は、代表取締役である創業者HRK氏が金融機関と交渉すべきであるというものだったと主張しました。決算については、棚卸しの結果在庫品が存在しないことが判明し、粉飾決算も事実であって、税務署の調査により修正申告を余儀なくされたと主張しました。

共同不法行為については、2人は次のとおり主張しました。

  • 第5条は、株主の交代に伴う経営の混乱を回避する目的で創業者HRK氏に代表取締役として従事する義務を課したものにすぎず、代表取締役の地位を保証したものではない。
  • 解任したのは2人ではなく買主EWRであり、謀議は存在しない。執行役員JNK氏は、創業者HRK氏の行動を株主である買主EWRに報告したにすぎない。
  • OTR氏が「自分は守ってもらえますでしょうか。」と確認し、報復を懸念していたことは認めるが、それは、創業者HRK氏に部下へのパワーハラスメントに及ぶ性向があり、当時、執行役員JNK氏を刑事告発していたことから、後任となった元部下のOTR氏を攻撃する可能性があると認識していたためである。

結論を左右した争点

判決は、争点を、執行役員JNK氏とOTR氏の不法行為の成否(争点1)と、創業者HRK氏の損害(争点2)の2つに整理しました。判決は、争点1について不法行為の成立を認めず、「その余の点について判断するまでもなく」請求を棄却しています。損害については判断していません。

売主の立場から見て結論を左右したのは、次の2点です。

  1. 解任を決めたのは誰か。被告とされた2人の個人が解任を企て、実現したといえるか。
  2. 続投を定めた第5条は、5年間、代表取締役の地位を保証するものか。

判決は、第1の点について、取締役の解任は株主総会の決議によるため、解任は100%株主である買主EWRの意思決定によるものであるとし、第2の点について、第5条はいかなる事由があっても地位にとどめることを保証する趣旨とまではいえないとして、共謀による解任の主張を退けました。

お手元の資料と経緯をお聞きし、進め方の順序をお示しします。

裁判所が認定した重要な事実

判決は、前提事実、証拠及び弁論の全趣旨により、解任をめぐる経緯について、次の事実を認定しました(以下は判決本文の認定事実の要約です)。

派遣の経緯と、従業員の大量退職

  • 執行役員JNK氏の職務は、買主EWRの執行役員として、株式譲渡契約で全株式を取得した対象会社TGSを含む関連会社3社の総務、経理、人事等の経営状況全般を監督することでした。
  • 執行役員JNK氏は、着任後、株式譲渡契約の締結の頃から約1年の間に、11人から12人程度の従業員のうち10人が退職したことを把握し、社内のコミュニケーションが不十分であると感じて、全従業員との個別面談などにより改善を図ろうとしました。

在庫の計上と、架空在庫の判明

  • 対象会社TGSは、年商7億円の企業としては多いといえる1億6,000万円の在庫を抱え、恒常的に3億円以上の借入れがありました。納品伝票が未開封のため支払請求を受けるまで仕入れの事実自体が把握されていない、病院への医療機器の貸出しが十分に管理されていないなど、在庫管理の問題が散見されました。
  • 従前の在庫の会計処理は、前期末の棚卸高に当期中の仕入れと支払を調整して当期末の棚卸高を算出するというものでした。執行役員JNK氏は、買主EWRの代表取締役や取締役NBO氏と協議のうえ、平成30年12月末頃、創業者HRK氏に在庫品の精査を指示しましたが、創業者HRK氏は多忙を理由に応じませんでした。
  • 平成31年1月下旬頃、顧問税理士から、商品期末棚卸高が前期比1,500万円の減額となり、このままでは赤字決算になると聞いた執行役員JNK氏がこれを伝えると、創業者HRK氏は、製品RTXを1,500万円相当の在庫品として計上しました。製品RTXは、前期まで在庫品として計上されたことがなく、当期に仕入れた実績もありませんでした。執行役員JNK氏は、在庫としてない物をあることにして計上する行為は粉飾決算ではないかと指摘しました。顧問税理士は、代表取締役である創業者HRK氏が在庫品と認定するのであれば、そのとおり計上する旨を述べました。
  • 令和元年12月以降、約2年がかりで在庫品の精査が行われた結果、帳簿に4,000万円以上の架空の在庫が計上されていたことが判明し、対象会社TGSは減耗処理を余儀なくされました。

資金繰りと金融機関への対応

  • 買主EWRは、第14条に基づき、対象会社TGSの借入金全額を銀行WSKに借り換えさせ、自らが連帯保証することで、創業者HRK氏の連帯保証を消滅させました。
  • 買主EWRは、創業者HRK氏が代表取締役でありながら資金調達を買主EWRに一任し、自身は関知しない姿勢に終始していると評価していました。そこで、創業者HRK氏を資金面も含む経営全般に関与させ、経営者として独り立ちさせるために、平成30年8月、7,000万円の手形借入債務については、原則として保証人を不要とする公的な動産・債権担保融資制度を利用して売掛債権を担保に提供し、その余の借入金債務についても、代替の担保や保証を提供することなく、買主EWRの保証を外しました。
  • 対象会社TGSは、8,000万円以上の売掛金の未回収を抱え、資金繰りが厳しい状況でした。銀行WSKは代表取締役である創業者HRK氏との面談を求め、執行役員JNK氏も面談を促しましたが、創業者HRK氏は多忙等を理由になかなか応じませんでした。
  • 令和元年5月9日、執行役員JNK氏は、顧問税理士との打合せの際に、概要「でもそうなったほうがいいんですよ、それだったら、社長が自分で銀行でも何でも行って借りてこいって」と発言しました。その場に創業者HRK氏は同席していませんでした。
  • 手形借入債務は、結果として、買主EWRが100%株主として対象会社TGSの経営を全面的にサポートしていくことを前提に書換えの手続が行われ、同年6月以降、創業者HRK氏がOTR氏とともに銀行WSKを訪ねて話をしました。

従業員の退職勧奨と、警察への通報

  • 平成30年12月に執行役員GYK氏が退職し、創業者HRK氏が平成31年2月から1か月程度入院していた間に買主EWRに全く連絡をしなかったことなどから、対象会社TGSは医療機械を輸出することができなくなり、大幅な赤字となりました。買主EWRは、最年長の従業員を社長代行に任命しました。
  • 従業員DMR氏が社長代行の指示に従わず、勤務時間中に無断外出をすることもあったため、買主EWRは退職勧奨の方針を固めました。創業者HRK氏は給料6か月分相当額の退職金を提案しましたが、買主EWRの取締役会で反対意見が出され、3か月分と決定されました。
  • 創業者HRK氏は、従業員DMR氏には既に6か月分を支払うと告げたなどとして、退職勧奨を拒否しました。買主EWRは執行役員JNK氏に、創業者HRK氏に代わり退職勧奨通知書の作成を含めて手続を行うよう指示し、執行役員JNK氏は、社会保険労務士が用意した創業者HRK氏名義の通知書に対象会社TGSの銀行印を押して、従業員DMR氏に渡しました。
  • 従業員DMR氏のあっせんの申請に対し、買主EWRは3か月分を超える退職金は支払わない方針を堅持していましたが、創業者HRK氏は、令和元年8月6日、代表取締役としてあっせんの期日に出頭し、独断で6か月分の退職金を支払う旨を合意しました。その後、創業者HRK氏は、執行役員JNK氏に対し、全て自身の判断で対応した、買主EWRの意向に背く対応をした責任として代表取締役を退任する覚悟はあるという趣旨の書簡を送りました。
  • 執行役員JNK氏は、令和元年9月4日、警察署で退職勧奨通知書の作成について事情聴取を受け、創業者HRK氏が有印私文書偽造罪として警察に通報したことを知りました。買主EWRは、執行役員JNK氏が同社の指示に従って通知書を作成した旨の文書を警察に送付しました。

解任と後任の代表取締役の就任

  • 判決は、買主EWRが、創業者HRK氏が無断で同社及び対象会社TGSの執行役員である執行役員JNK氏を刑事告発したことによって、創業者HRK氏に対する信頼を決定的に喪失するに至り、令和元年10月10日、創業者HRK氏を代表取締役及び取締役から解任したと認定しました。創業者HRK氏は、その日、検査入院をしていました。
  • OTR氏は、解任の数日前頃、買主EWRから解任予定を告げられ、後任の代表取締役への就任を打診されて応じました。OTR氏は、創業者HRK氏と直接連絡を取らないようにとの買主EWRの指示に従いましたが、常務取締役CJM氏に対し、解任前に創業者HRK氏と話合いをしてほしい旨を伝えていました。
  • OTR氏は、令和元年10月24日の協議の際、「自分は守ってもらえますでしょうか。」と発言し、解任が前から決まっていたことは従業員には言わないでほしいと要望しました。
  • 創業者HRK氏は、令和元年11月22日付けで執行役員JNK氏について刑事告発をしましたが、同年12月8日付けで起訴猶予となった旨の不起訴処分理由告知を受けました。

裁判所の判断の枠組み

取締役の解任は、株主の意思決定による

判決は、共謀による解任の主張について、まず、取締役の解任を誰が決めたのかという点から検討しました。

「株式会社の取締役の解任は株主総会決議によることを要することから(会社法339条1項)、原告の上記解任は、〔対象会社TGS〕の100%株主である〔買主EWR〕の意思決定によるものである。」

そのうえで、判決は、OTR氏は買主EWRに在籍しておらず、そもそもその意思決定に関与し得る立場にないとしました。執行役員JNK氏は当時買主EWRの取締役でしたが、ほかに代表取締役、取締役NBO氏及び常務取締役CJM氏がいたことから、「上記意思決定が〔執行役員JNK氏〕の一存によるものではないことは明らかといえる。」と述べています(引用中の「原告」は創業者HRK氏を指します)。

続投条項は、いかなる事由があっても地位を保証する趣旨とまではいえない

判決は、2人の関与についての検討に加えて、第5条について次のとおり判断しました。

「本件株式譲渡契約第5条は、〔買主EWR〕ないし〔対象会社TGS〕において、5年間にわたりいかなる事由があろうと原告を〔対象会社TGS〕の代表取締役の地位にとどめることを保証する趣旨とまでは解されない。」

判決が第5条について述べたのは、この一文だけです。判決は、2人が主張したように第5条を創業者HRK氏に義務を課したものに「すぎない」と解したわけではありません。他方で、第5条が買主EWRに何らかの義務を課すものかどうか、課すとすればどの範囲かについても、判決は述べていません。判決の判断は、「いかなる事由があろうと」地位を保証する趣旨とまではいえない、という限度にとどまります。

各主張を採用し又は排斥した理由

保証の強要―保証を求めた事実が認められない

判決は、全証拠及び弁論の全趣旨によっても、執行役員JNK氏が創業者HRK氏に融資の保証を求めた事実を認めるに足りないとしました。買主EWRは第14条で創業者HRK氏の保証債務を消滅させる義務を負い、現に株式譲渡契約の締結後、創業者HRK氏が対象会社TGSの債務を保証したことは一切ないことを理由としています。

令和元年5月9日の発言についても、創業者HRK氏はその場に同席していなかったのであるから、保証を求めたとみる余地はなく、保証を求めた事実を推認させるものともいえないとして、創業者HRK氏の陳述書と本人尋問の結果を採用しませんでした。

決算に関する詰問―指摘の内容に誤りはなく、違法性もない

判決は、執行役員JNK氏が、前期まで在庫品として計上されたことがなく、当期に仕入れた実績もない製品RTXを1,500万円相当の在庫品として計上したことについて、粉飾決算ではないかと指摘したことを認めたうえで、次のとおり判断しました。

「当時の状況に鑑みると、上記指摘内容に誤りはなく、また、その際、殊更に原告を罵倒、侮辱するなどの発言に及んだとも認めるに足りず、上記指摘自体、違法性を帯びるものとはいい難い。」

創業者HRK氏は本人尋問で製品RTXを在庫品として計上したことを否定しましたが、判決は、倉庫内の製品RTXを撮影した写真を添付したメールの内容に照らして、その供述を採用しませんでした。

共謀による解任―2人が解任を企てたとは認められない

判決は、解任が買主EWRの意思決定によるものであることを前提に、2人の関与を次のとおり検討しました。

  • 執行役員JNK氏について 経営状況全般を監督するために派遣され、その職務の過程で、創業者HRK氏の執務状況を含む状況を買主EWRに報告し、在庫品の精査や退職勧奨など必要に応じて指示を受けていた。証拠上、報告の際に殊更に虚偽の事実を伝えたことはうかがわれない。
  • OTR氏について 入社の約5か月後、解任の数日前頃に、買主EWRから解任予定を告げられ、就任を打診されて応じたもので、証拠上、解任や自身の就任のために画策したことはうかがわれない。

OTR氏の「自分は守ってもらえますでしょうか。」との発言と、解任が前から決まっていたことを従業員に言わないでほしいとの要望について、判決は、創業者HRK氏が親会社の意向で任を解かれて実質的に追放された経緯や、旧知の仲で紹介を受けて入社した自身が後任になったことに対し、創業者HRK氏の不満や反感の矛先が自身にも向けられることを懸念したもの、また、入社後日が浅く実績もない自身が後任を務めることに従業員が不安や反感を覚えることをおそれたものと考えられるとしました。そのうえで、次のとおり述べています。

「上記発言、要望は、〔OTR氏〕が原告の解任に向けて何らかの働きかけをしたことを推認させるものではない。」

判決は、これらの点に第5条についての判断を加えて、2人が共謀のうえ正当な理由なく解任して追放することを企て、そのためにパワーハラスメントに及んだとは認めるに足りないと結論付けました。

創業者の供述の信用性

創業者HRK氏は、執行役員JNK氏が度々暴言等の問題発言に及び、執行役員GYK氏もそのために退職したと述べていました。しかし、判決は、執行役員GYK氏が退職直前頃に執行役員JNK氏に送ったメールに、精神を病んだ主な理由として、社長から業務を突然止めるよう指示され、理由を求めたことで社長が立腹し、本人や家族に激しい非難の言葉の攻撃が始まったことが記載され、「最優先事項として、私は社長と距離を置きたいです。」と記載されていたことから、退職理由が専ら創業者HRK氏との関係悪化にあったことは明らかであるとしました。そして、「原告の供述の信用性には全体として疑問があるということができる。」と述べています。

主文及び結論

判決の主文は、次のとおりです(ここでの「原告」は創業者HRK氏を指します)。

  1. 「原告の請求をいずれも棄却する。」
  2. 「訴訟費用は原告の負担とする。」

執行役員JNK氏に対する685万0998円の請求も、OTR氏に対する330万円の請求も、いずれも認められませんでした。判決は、不法行為の成立を否定したため、損害(入院費相当額、慰謝料、弁護士費用相当額)については判断していません。

判断の射程―続投条項の効力の限界

以下は、判決の内容を踏まえた当事務所の評価です。裁判所が示した判断そのものとは区別してお読みください。

参考となる点

第1に、続投条項があっても、株主である買主は取締役を解任できることを前提に判断されていることです。判決は、取締役の解任は株主総会の決議によるという会社法339条1項を挙げ、解任は100%株主である買主の意思決定によるものと位置付けました。全株式を譲渡した売主は、譲渡の時点で取締役の選任・解任を決める議決権をすべて手放しています。続投条項は、その議決権の行使を制約しようとする約束ですが、本件では、その約束によっても、株主による解任そのものが妨げられるとは扱われていません。

第2に、続投条項の文言が、売主自身の義務の形で書かれていたことです。第5条は、創業者が代表取締役として本件株式の譲渡日から最低5年間は業務に従事するものとすると定めるもので、買主が売主を選任し続ける義務や、解任できる場合を限定する定め、解任した場合の補償の定めは、判決本文に引用された範囲にはありません。判決は、第5条を「いかなる事由があろうと」地位を保証する趣旨とまでは解されないとしました。売主の地位を守ることを目的とするのであれば、売主の義務としてではなく、買主の義務として、その範囲と違反の効果を書いておく必要があることを示す例といえます。

第3に、解任に至る経緯での売主自身の行動が、判断の背景として詳しく認定されていることです。判決は、在庫品の計上、金融機関への対応、親会社の方針と異なる独断のあっせん合意、無断での刑事告発の通報などを認定し、買主が信頼を決定的に喪失して解任したと認定しています。判決は、解任に正当な理由があったかどうかを直接判断したものではありませんが、続投条項があっても、売主が親会社の方針に反する行動を重ねた場合に、その条項が地位を守る根拠として働きにくいことを示す事情といえます。

第4に、誰を相手に、どのような請求をするかの選択が、結論に影響し得ることです。本件で創業者は、株式譲渡契約の相手方である買主や対象会社ではなく、派遣された執行役員と後任の代表取締役という個人に対し、不法行為を理由として請求しました。判決は、解任は買主の意思決定によるもので、2人の一存や画策によるものではないとして請求を退けています。個人の不法行為を理由とする場合、その個人が解任を企て、実現したことの立証が必要になり、そのハードルは高いといえます。

一般化できない点

本判決は、個人2人に対する不法行為に基づく損害賠償請求について判断したものです。株式譲渡契約の相手方である買主に対し、第5条違反を理由とする債務不履行責任を問う請求は、本件では審理の対象になっていません。第5条が買主に何らかの義務を課すかどうか、課すとすれば正当な理由のない解任の場合に買主が責任を負うかどうかについて、判決は判断を示していません。

また、会社法339条2項は、解任された役員は、解任について正当な理由がある場合を除き、会社に対し、解任によって生じた損害の賠償を請求できると定めています(当事務所による法令の説明です)。本件では、対象会社に対するこの請求はされておらず、判決は、解任に正当な理由があったかどうかを判断していません。続投期間の残りの役員報酬相当額などを会社に請求できるかどうかは、本判決からは分かりません。

判決が第5条について述べたのは一文であり、第5条の後半は判決本文で「(以下略)」とされています。省略された部分に、解任の場合の取扱いなどの定めがあったかどうかは分かりません。続投条項の解釈について一般的な基準を示したものではなく、条項の文言や、解任に至る経緯が異なる事案では、結論が異なり得ます。上訴の有無及び確定は確認できていないため、その点にも留意が必要です。

M&Aの後に買主から解任や退任を迫られた旧経営者の側の対応は、次のページでご案内しています。

売主が契約時に定めておくべき事項

以下は、本判決を踏まえた当事務所の着眼点です。本判決が特定の条項例の有効性を判断したものではありません。株式の全部を譲渡し、譲渡後も代表取締役を続けることを予定している売主の立場から整理します。

続投を買主の義務として定める

本件の第5条は、売主が業務に従事する形で書かれていました。売主の地位を守ることを目的とするのであれば、買主が、続投期間中、売主が取締役に選任され、代表取締役に選定されるよう、株主として議決権を行使し、必要な措置をとる義務を負うことを、買主を主語として定めることが考えられます。ただし、株主が取締役を解任すること自体は会社法上可能であり、契約で定めても解任の効力そのものを止めることは難しいと考えられます。条項の実際の効果は、次の違反の効果の定め方に左右されます。

解任できる場合と、解任した場合の補償を定める

本判決は、続投条項を「いかなる事由があろうと」地位を保証するものとまでは解しませんでした。そうであれば、どのような事由があれば解任できるのか(法令違反、重大な義務違反、心身の故障等)を契約で具体的に列挙し、それ以外の事由で解任した場合には、続投期間の残りの役員報酬相当額や一定額の補償金を買主が支払う、といった定めを置くことが考えられます。解任の効力を争うよりも、金銭による補償を明確にしておく方が、売主にとって実効性が高い場合が多いといえます。

役員報酬、退任時の取扱いを定める

続投期間中の役員報酬の額や改定の方法、任期途中で退任・解任された場合の退職慰労金の扱いも、あわせて定めておくことが考えられます。役員報酬は株主総会の決議等によって定まるため、株主である買主が報酬の決定について一定の議決権行使をする義務を負う形にしておくことが考えられます。

親会社と現経営者の権限の分担を定める

本件では、在庫の精査、金融機関への対応、従業員の退職勧奨の条件をめぐって、親会社から派遣された執行役員と売主の判断が食い違い、売主が親会社の取締役会の決定と異なる合意をしたことが、解任に至る経緯の一部として認定されています。全株式を譲渡した後は、売主は親会社の方針の下で経営する立場になります。続投を予定する場合は、売主が単独で決定できる事項と、親会社の承認を要する事項(一定額以上の支出、人事、借入れ等)を事前に定め、意見が対立した場合の協議の手順を決めておくことが、紛争の予防につながります。

保証債務の解除を確実にする

本件の第14条は、買主が売主の保証債務を解除するための措置をとる義務と、解除前に保証責任を追及された場合の処理を定めており、実際に買主はこの条項に基づいて売主の連帯保証を消滅させています。判決も、この条項と保証の消滅を理由の一つとして、保証の強要の主張を退けました。売主にとって、保証債務の解除は続投条項と並ぶ重要な事項であり、解除の期限、手段、解除までの補償を具体的に定めておくことが重要です。

譲渡前の会計処理と表明保証

本件では、解任後の在庫品の精査で、帳簿に4,000万円以上の架空の在庫が計上されていたことが判明したと認定されています。本件では買主から売主への請求は問題となっていませんが、譲渡前の在庫や決算の処理は、買主から表明保証違反等を主張される原因にもなり得ます。売主としては、M&A前に会計処理を整理し、問題がある場合は開示して価格や補償の条件に反映させておくことが、M&A後の紛争を避けるうえで大切です。

よくあるご質問

株式譲渡契約で、最低5年間は代表取締役を続けると定めれば、5年間は解任されませんか。

本判決では、そのような条項があっても、100%株主である買主の意思決定によって解任が行われました。判決は、取締役の解任は株主総会の決議によるとし、条項についても、5年間にわたり「いかなる事由があろうと」代表取締役の地位にとどめることを保証する趣旨とまでは解されないとしています。条項だけで解任を防ぐことは難しいと考えられます。

続投の約束に反して解任された場合、売主は誰に何を請求できますか。

本件では、売主は派遣された執行役員と後任の代表取締役の個人に不法行為を理由として請求し、解任は買主の意思決定によるもので2人が企てたものではないとして退けられました。買主に対する契約違反を理由とする請求や、会社法339条2項に基づく会社に対する請求は本件では審理されていないため、その成否は条項の文言や解任の理由によって別に検討する必要があります。

親会社から派遣された役員の厳しい指摘は、パワーハラスメントになりますか。

本判決では、派遣された執行役員が、計上実績のない製品を在庫に計上したことを粉飾決算ではないかと指摘したことについて、指摘の内容に誤りはなく、殊更に罵倒、侮辱するなどの発言も認められないとして、違法性を否定しました。指摘の内容が正しいか、言動が業務上の必要を超えていたかが問題になります。

続投を約束してもらう場合、契約にどのような定めを置くべきですか。

当事務所の着眼点としては、続投を買主の義務として定めること、解任できる場合を具体的に列挙すること、それ以外の解任の場合の補償(残りの期間の報酬相当額等)を定めること、役員報酬と退任時の扱い、親会社との権限の分担、保証債務の解除の方法と期限を定めることが考えられます。本判決は、これらの定めがない条項について、地位の保証の趣旨とまでは解さなかった例です。

譲渡の際に買主と交わした約束が守られない場合の売主側の対応は、次のページでご案内しています。

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執筆者

弁護士法人M&A総合法律事務所 代表弁護士 土屋勝裕(東京弁護士会所属 登録番号26775)

長島・大野・常松法律事務所に在籍した後、慶應義塾大学ビジネス・スクール及びペンシルベニア大学ウォートン校に留学し、ファイナンス理論並びにM&A及び不動産を専攻しました。不動産投資信託(J-REIT)の上場案件に関与し、2024年(令和6年)10月には最高裁判所において株式買取請求権に関する逆転判決を得ました。現在は弁護士法人M&A総合法律事務所の代表弁護士を務めています。

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非上場会社における少数株主対策の手法と実務
『非上場会社における少数株主対策の手法と実務』(日本法令)
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『中堅・中小企業のためのM&Aトラブル事例と実務対策』(清文社)
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