M&A仲介会社の企業価値評価と価格調整の義務違反及び報酬条項の暴利性が否定された事例―東京地方裁判所令和4年7月22日判決

M&A仲介会社に依頼して自社の株式を売却したオーナー経営者が、売却後になって、会社の価値はもっと高かったのに仲介会社が適正な評価資料を渡さず、価格を引き上げる交渉もしなかったと考えた場合、仲介会社に損害賠償を求めることはできるのでしょうか。仲介会社の報酬が高すぎるとして、その一部の返還を求めることはできるのでしょうか。東京地方裁判所令和4年7月22日判決は、株式代金5億5,002万円と退職慰労金2億円という構成で会社を売却した売主が、仲介会社に損害賠償約1億8,000万円と報酬の一部3,304万円の返還を求めた事案で、請求を棄却しました。
本判決は、仲介会社が株式価値算定書とほぼ同内容の資料を売主に交付していたと認定し、その算定書の評価額を前提に交渉していた以上、価格調整の義務違反は認められないと判断しました。報酬についても、負債を含む総資産を基礎とする報酬条項は公序良俗に反する暴利行為に当たらないとしています。会社の売却を仲介会社に依頼する売主の方にも、売主から責任を問われた仲介会社の方にも、評価資料と交渉の記録の残し方を考えるうえで参考になる判決です。
裁判例の基本情報
| 裁判所 | 東京地方裁判所民事第16部 |
|---|---|
| 裁判日 | 令和4年7月22日 |
| 事件番号 | 令和2年(ワ)第16695号 |
| 裁判の形式 | 判決 |
| 審級 | 第一審 |
| 結論 | 原告(売主)の請求を棄却。訴訟費用は原告の負担 |
| 上訴の状況 | 判決本文に控訴や確定に関する記載はなく、上訴の有無及び確定は確認できていません |
この表は、判決本文の冒頭及び末尾の記載に基づいて当事務所が作成したものです。
当事者の表記
判決に出てくる会社名・氏名は、本記事独自のイニシャルに置き換えています。判決が用いている符号も、そのままは使わずに次の表記へ置き換えています。
- 原告:父親が創業した対象会社の代表取締役で、株式の88.6%を名義上保有していた「売主であるオーナー経営者KWT氏」(以下「KWT氏」)。残りの11.4%はKWT氏の二男の名義でした。
- 被告:企業の買収、合併、事業譲渡等の仲介業務等を目的とする「M&A仲介会社GRV」(以下「GRV」)。その担当者を「担当者YSD氏」とします。
- 対象会社:クリアボックスの製造・加工を主要な事業とする「クリアボックス製造会社QBM」(以下「QBM」)。
- 最初の譲渡先候補で、ある企業グループのグループ会社を「譲渡先候補DVK」(以下「DVK」)とします。
- 次に紹介された譲渡先候補を「買主側企業グループの中核会社LTZ」(以下「LTZ」)、株式を譲り受けたLTZのグループ会社を「買主であるグループ会社FNR」(以下「FNR」)とします。
- LTZの依頼で財務調査を行った会計事務所を「会計事務所ACF」、GRVの依頼で不動産の価格調査を行った会社を「不動産価格調査会社PAZ」、QBMが以前に価格査定を依頼した会社を「不動産販売会社RTE」とします。
- QBMが所有していた2つの不動産は、所在地を伏せて「本社土地建物」及び「新規取得土地」(平成27年3月に購入したもの)とします。
判決本文を引用する部分では、当事者の呼称を上記の表記に置き換え、置き換えた箇所を〔 〕で示しています。
事案の概要―株式代金と退職慰労金で会社を売却した後の紛争
仲介会社のダイレクトメールをきっかけに仲介契約を締結
KWT氏は、昭和57年にQBMに入社し、平成2年に代表取締役に就任しました。判決の認定によれば、入社当時1億円程度であったQBMの売上高は、平成27年8月期には7億6,000万円近くになっていました。
GRVの担当者YSD氏は、平成27年9月頃、かつてGRV主催のセミナーに参加したことがあったKWT氏にM&Aに関するダイレクトメールを送り、同月17日にKWT氏と面談して、説明資料を示しながら手続の流れや費用、報酬等を説明しました。その説明資料には、「当社が算定した譲渡企業の“売却価額の目安”をご確認頂きます。」との記載とともに株式価値算定書のサンプルが載せられ、末尾には報酬表が計算例とともに記載されていました(判決本文の認定による)。
YSD氏は、平成27年11月頃、決算書に基づく簡易企業評価書をKWT氏に交付しました。そのドラフト版では、時価純資産6億4,846万5,000円に営業権を加えた額が、営業権3年分で7億8,921万4,000円、5年分で8億8,304万7,000円などとされていました。同月18日頃、KWT氏及びQBMとGRVとの間で、提携仲介契約(以下「本件仲介契約」)が締結されました。
不動産の評価をめぐるやり取りと、株式価値算定書の作成
GRVは、新規取得土地は購入価格1億7,267万1,000円を時価評価額とし、本社土地建物についてだけPAZに価格調査を依頼しました。PAZは、本社土地建物を合計1億3,600万円と評価しました。平成28年1月頃から、GRVはKWT氏に企業概要書や企業価値の算定に関する書面の案を示し、KWT氏の指摘を受けて改訂を重ねました。
その後、PAZが新規取得土地を8,000万円と評価したことに対し、KWT氏は低すぎると指摘し、本社土地建物は以前にRTEが査定した合計1億8,575万円で評価されるべきだと訴えました。これを受け、完成した株式価値算定書(以下「本件株式価値算定書」)では、本社土地建物はRTEの査定価格、新規取得土地は購入価格で評価され、時価純資産額4億8,527万5,000円に営業権を加えた株式価値は8億6,823万円とされました。
最初の候補との交渉の不調と、LTZグループへの売却
GRVはKWT氏に少なくとも20社程度の譲渡先候補を示し、まずDVKとの交渉が進みました。DVKは、QBMの純資産額を4億0,944万5,174円と評価し、営業権と退職慰労金を含めた実質的な株式譲渡代金として6億6,000万円を希望し、KWT氏が5年間代表取締役を続けることなども条件としましたが、交渉は平成28年8月頃までに不調に終わりました。
次にGRVが紹介したLTZとの間では、本件株式価値算定書も踏まえた交渉が行われ、平成28年9月9日の2回目の面談で、LTZは、株式譲渡対価5億5,000万円、退職慰労金2億円等の条件を提示しました。基本合意の後、ACFが作成した財務調査報告書では、本社土地建物にPAZの査定価格を採用し、2億円の役員退職慰労金を引当金として負債に計上したことなどにより、純資産額は3億1,845万1,504円とされましたが、提示された条件に影響を及ぼす事情は認められませんでした。
平成28年12月15日、KWT氏はFNRとの間で株式譲渡契約(以下「本件株式譲渡契約」)を締結しました。判決が認定した主な内容は、次のとおりです。
- 平成29年2月13日をクロージング日として、二男所有名義分も含めたQBMの発行済み全株式を5億5,002万円でFNRに譲渡すること
- KWT氏は、平成30年1月31日まで取締役社長として月額180万円(平成29年3月分以降)、その後平成31年1月31日まで会長、相談役又は顧問として月額100万円の報酬を得ること(前提事実では報酬総額3,180万円)
- KWT氏が役員を退任する際には、2億円の退職慰労金が支給されること
判決は、退職慰労金を含めた「実質譲渡価格」を7億5,002万円としています。契約の締結とともに、KWT氏は、GRV宛ての「最終契約にあたって」と題する書面に署名押印しました。判決本文は、この書面を、「契約内容について〔GRV〕から十分かつ適切な助言を受け、そのリスクを完全に理解し、自らの最終的な判断及び自己責任によりその内容を確定したなどと記載された」ものと認定しています。
報酬の支払と、約2年半後の請求
GRVは、契約締結の当日に報酬6,804万円(消費税込み)を請求し、KWT氏は平成29年2月15日に全額を支払いました。本件株式価値算定書の資産額等を前提に報酬条項を当てはめると7,100万円(消費税込み)を超えるところ、GRVはKWT氏の求めに応じて減額していました。
令和元年7月、KWT氏は代理人弁護士を通じ、不動産の評価が不当に低かったとして差額1億3,574万4,959円の損害賠償等を求める内容証明郵便を送り、GRVが責任はないと回答したため、本件訴訟を提起しました。
事案の経緯の時系列
| 日付 | 出来事(判決本文の前提事実及び認定事実による) |
|---|---|
| 平成27年9月17日 | 担当者YSD氏がKWT氏と面談し、手続、費用、報酬等を説明 |
| 平成27年11月18日頃 | 本件仲介契約の締結 |
| 平成27年12月11日時点 | PAZが本社土地建物を合計1億3,600万円と評価 |
| 平成28年1月頃から | GRVが企業概要書等の案を示して改訂。程なく、本件株式価値算定書とほぼ同内容のものがKWT氏に交付される(判決の認定) |
| 平成28年6月20日、7月5日 | KWT氏とDVKの社長との面談 |
| 平成28年7月12日付け | PAZが新規取得土地を8,000万円と評価。KWT氏が低すぎると指摘 |
| 平成28年8月頃まで | DVKとの交渉が不調に終わる。8月24日、PAZが新規取得土地の評価を1億6,600万円に修正 |
| 平成28年9月9日 | LTZが株式譲渡対価5億5,000万円、退職慰労金2億円等の条件を提示 |
| 平成28年10月12日付け | KWT氏とLTZの基本合意書 |
| 平成28年11月7日付け | ACFの財務調査報告書 |
| 平成28年12月15日 | 本件株式譲渡契約の締結。「最終契約にあたって」と題する書面の交付。GRVが報酬6,804万円を請求 |
| 平成29年2月13日 | クロージング日 |
| 平成29年2月15日 | KWT氏が報酬6,804万円を支払う |
| 令和元年7月 | KWT氏が損害賠償等を求める内容証明郵便を送付 |
| 令和2年 | 本件訴訟の提起(判決本文によれば、訴状送達の日の翌日は令和2年7月23日) |
| 令和4年7月22日 | 東京地方裁判所が請求を棄却する判決 |
判決本文の前提事実には、KWT氏が「本件仲介契約の定めよりも遅れて」QBMの取締役を退任したとの記載がありますが、退任の時期は判決本文からは分かりません。
判断の前提となった契約条項
以下は、判決本文が本件仲介契約の内容として整理した記載に基づくものです。契約書原本の条文をそのまま再現したものではありません。当事者の呼称は本記事の表記に置き換えています。
業務範囲
GRVの業務範囲は、QBMの企業価値判断の参考資料の作成、株式譲渡に必要な情報の収集・調査及び資料の作成、候補先の選定及び候補先に対する情報提供、株式譲渡の基本スキームの立案及び助言等とする。
5条―成功報酬(本件報酬条項)
成功報酬は、原則として、仲介委託企業の時価総資産価額(営業権を含む。)について、次の区分ごとの手数料率を乗じて得られた金額の累計額に消費税額を加算した金額とする。
5億円以下の部分5%、5億円超10億円以下の部分4%、10億円超50億円以下の部分3%、50億円超100億円以下の部分2%、100億円超の部分1%
報酬の基礎が、株式の譲渡対価ではなく、負債も含めた対象会社の総資産(判決本文は「移動総資産」とも表現しています)である点が、争点の一つになりました。
21条5項・6項―責任制限条項
GRVは、提携業務に関し、故意又は重過失がない限りKWT氏及びQBMに損害賠償責任を負わず、責任を負う場合でも、その額は本件報酬条項による報酬額及び所定の手続費用としてGRVが受領した額を超えない。
13条―相手方との仲介契約の承諾
GRVが候補先との間で企業提携仲介に関する契約を締結することなどをKWT氏及びQBMが承諾し、同契約に基づく履行が本件仲介契約上の義務に反しないことを確認する。
この条項により、GRVが買主側とも仲介契約を結ぶこと(双方仲介)が、契約上認められていました。
14条3項―専門家への秘密情報の開示
当事者は、いずれも、企業提携の実現に向けた検討のため合理的に必要な範囲で、弁護士、公認会計士、税理士等の専門家に秘密情報を開示することができる。
当事者の請求と主要な主張
KWT氏の請求
- 債務不履行に基づく損害賠償:1億8,001万7,728円。訴訟前に請求していた1億3,574万4,959円については令和元年8月9日から、残りの4,427万2,769円については令和2年7月23日から、年6分の割合による遅延損害金も求めました。年6分は、平成29年法律第45号による改正前の商法514条の商事法定利率です。請求額は、KWT氏が主張する企業価値9億3,001万7,728円と7億5,000万円との差額です。
- 不当利得に基づく報酬の一部返還:3,304万円及び令和2年7月23日から年3分の割合による遅延損害金。支払った報酬のうち、譲渡対価を基礎とした場合の報酬額3,500万円を超える部分が、公序良俗に反して無効であるという主張です。
主要な主張
| 論点 | 売主(KWT氏)の主張 | 仲介会社(GRV)の反論 |
|---|---|---|
| 株式価値算定書の交付 | 算定書を作成して交付する義務があったのに交付しなかった。担当者の日報にも交付の記載がない。受け取ったのは仮評価の文書や企業概要書のドラフト等だけで、かえって株式価値を5億5,514万0,022円から高くても7億4,668万2,293円とする資料を渡され、7億5,000万円以上では評価されないと誤信させられた | 平成28年1月28日又はその頃に算定書と企業概要書を交付した。ドラフトを受け取りながら完成版を受け取っていないことはあり得ない。GRVの義務は企業価値判断の参考資料の提供に尽き、具体的な譲渡価格を確定するような助言は含まれない |
| 価格調整の義務 | 適正な企業価値は少なくとも9億3,001万7,728円であり、その額で、少なくとも算定書の8億6,823万円を前提に、買主と価格調整をする義務があった | 成約する見込みのない価格を提示する義務はない。算定書は売主が求めたRTEの査定価格や購入価格を採用している |
| 情報提供と助言 | PAZの不適切な低い評価を了承なく買主側に交付し、新規取得土地の再評価も伝えなかった。双方仲介をしていたから、専門家の意見を聴くよう助言する義務があったのに、かえって秘密保持を理由に第三者に漏らさないよう求めた | 再評価の結果も伝えている。双方仲介は13条で承諾を得ており、専門家への開示も14条3項で認められていた。積極的に助言する義務の根拠はない |
| 責任制限条項 | 故意又は重過失があり条項は及ばない。本件仲介契約には消費者契約法が適用され、同法8条1項1号・2号により無効である。そうでなくても情報提供をしなかった場面には適用されない | 故意又は重過失はない。オーナーが事業承継のために締結した契約であり、消費者契約ではない |
| 報酬条項 | M&A仲介の報酬は譲渡対価を基礎とするのが圧倒的多数で、移動総資産を基礎とする方式は譲渡代金より報酬が高額になる場合さえある不当なものである。説明も受けていない | 同業者も採用する方式で、負債の多寡で報酬が変わる不公平や企業価値の過大な算定を避ける目的がある。説明もしており、報酬は譲渡価格の1割に満たず、値引きもしている |
KWT氏は、企業価値の計算として、ACFの報告書の時価純資産3億1,845万1,504円に、本社土地建物の適正な評価額2億0,600万円とPAZの評価との差額7,020万円、負債に計上された退職金2億円、営業権として算定書の修正営業利益9,573万9,000円の4年分である3億8,295万6,000円を加えると、9億7,160万7,504円になると主張しました。退職慰労金を企業価値に加算すべきだという主張は、対価が株式代金と退職慰労金に分けて構成されていたことに関わるものです。
お手元の資料と経緯をお聞きし、進め方の順序をお示しします。
結論を左右した争点
判決は、争点を、①GRVの債務不履行の有無、②GRVの損害賠償責任の有無及び範囲(責任制限条項の効力等)、③損害の額、④本件報酬条項の有効性の4つに整理しました。
判決が判断したのは①と④です。①で債務不履行が認められなかったため、②と③については判断が示されていません。①の結論を分けたのは、GRVが本件株式価値算定書をKWT氏に交付していたかという事実の認定と、その算定書の評価額が不当に低額といえるかという点でした。
裁判所が認定した重要な事実と判断の枠組み
株式価値算定書は交付されていたと認定
KWT氏の陳述書と供述には、算定書も完成版の企業概要書も受け取っていないとする部分がありました。しかし、判決は、次の理由から、GRVは平成28年1月頃から程なくして、本件企業概要書及び本件株式価値算定書とほぼ同内容のものをKWT氏に交付したと認定しました。
- 判決は、「株式譲渡代金として5億5002万円、退職慰労金を含めれば7億5002万円の授受が生ずる取引をするに当たり、〔KWT氏〕において完成版の株式価値算定書や企業概要書の交付も受けずに契約を締結するなどということは、そもそも考え難い。」と述べました。
- KWT氏は契約前にYSD氏から算定書等を作成、交付する旨の説明を受けていたと認定されました。そのような説明は受けていないとする供述は、不自然、不合理であるとして採用されませんでした。
- KWT氏は、求められた資料を交付し、作成途中と認識し得る企業概要書の案や、表題自体が「仮評価」とされている書面は受け取ったことを認めていました。判決は、それでいて完成版を受け取らないまま放置して契約に至ったとは想定し難いとしました。
他方で、判決は、「本来、〔GRV〕において、〔KWT氏〕にいつどのような書類ないし資料を交付したかを的確に記録しておくべきであるところ」、担当者がこれを怠り、記録が存在しないことを認めました。しかし、だからといって当然にKWT氏の主張を認めることができるものではないとしています。新規取得土地の再評価の書面は交付されていない可能性があるとしつつ、新規取得土地を取得価格で評価する旨はKWT氏に伝わっていたと認めています。
評価額と実際の譲渡価格の差
本件株式価値算定書の8億6,823万円と実質譲渡価格7億5,002万円との間には、1億2,000万円近い開きがあります。判決は、「非公開会社の株式の評価額は唯一絶対のものとして確定し得るものではない上、譲渡価格の決定は売り手と買い手の交渉によって決まる性質のものである」として、KWT氏がその開きを認識しつつ契約を決断したことも十分あり得ると判断しました。
KWT氏は、担当者が繰り返し7億5,000万円以上の評価は望めないと強調したので、それが正しいと思って契約したと供述しました。判決は、KWT氏が株式譲渡を特に急いでいなかったと説明していることや、新規取得土地の評価が8,000万円とされた際には低すぎると指摘していたことから、評価が不当に低いと認識していれば少なくとも不動産の評価を確認したはずであるとして、この供述を不合理で採用し難いとしました。
株式価値算定書の評価方法
判決の認定によれば、本件株式価値算定書は、本社土地建物をRTEの査定価格、新規取得土地を購入価格として時価純資産額を4億8,527万5,000円とし、営業権については、平成26年8月期の正常営業利益9,225万6,000円と平成27年8月期の正常営業利益9,660万9,000円を2対8の割合で加重平均した数値の3倍である2億8,721万6,000円に、平成28年8月期の正常営業利益分として9,573万9,000円を加算して、株式価値を8億6,823万円としていました。3期前(平成25年8月期)の営業利益は3,476万7,000円で、過去2期分と比べて大幅に少なかったとされています。
各主張を採用し又は排斥した理由
算定書を交付しなかったとの主張
判決は、GRVが本件株式価値算定書とほぼ同内容のものを交付したと認定したことから、この主張を採用しませんでした。
価格調整の義務違反―算定書の評価額は不当に低額とはいえない
判決は、GRVが契約締結に至るまで、本件株式価値算定書の8億6,823万円をQBMの企業価値としてDVK及びLTZと交渉していたと認定し、その評価額の中身を検討しました。
- 純資産額:本社土地建物はRTEの査定価格、新規取得土地は取得価格を採用しており、「純資産額の算出において不合理というべきところは認められない」としました。KWT氏が批判したPAZの評価は、算定書では採用されていませんでした。
- 営業権:1年分の営業利益は、過去2期分のうちより高額の期に8割の加重をかけて算出されていました。また、証拠によれば、一般にM&Aにおける営業権の評価では、過去3年から5年分の利益を平均することが多く、それを2倍から5倍するものとされているが、倍数に理論的根拠はないとされていることも考慮されました。判決は、1年分の営業利益をより高額になるように算出したうえで3年分として営業権価格を算出したことが、「不当に低額な評価をしたものということはできない」としました。
判決本文のこの箇所では、8割の加重をかけた期を「平成25年8月期分」と記載していますが、認定事実では平成26年8月期と平成27年8月期を2対8の割合で加重平均したとされています。本記事では認定事実の記載に従って説明しています。
以上から、判決は、「本件株式価値算定書記載の評価額を前提に交渉をしていた〔GRV〕に、〔KWT氏〕主張の価格調整義務違反があったと認めることはできない。」と判断しました。KWT氏が主張した9億3,001万7,728円を前提とする義務の有無や、仲介会社がどこまで価格調整の義務を負うかという一般論について、判決は独立には論じていません。
情報提供義務違反・助言義務違反
不動産評価に関する情報提供義務違反や、双方仲介を理由とする助言義務違反の主張について、判決は、「結局は、不当に低額とはいえない本件株式価値算定書記載の評価を前提に交渉がされていたのであり、〔GRV〕が双方仲介をすることは本件仲介契約上認められていることをも考慮すれば、上記の各義務違反はいずれも認められない。」と判断しました。双方仲介の場合に専門家への相談を助言する義務があるかについて、一般的な判断は示されていません。
報酬条項の有効性―総資産を基礎とする方式も不合理とはいえない
判決は、次の理由から、本件報酬条項が暴利行為として一部無効であるとの主張を採用しませんでした。
- 証拠によれば、同様の報酬条項は複数のM&A仲介事業者で採用されており、令和2年3月に中小企業庁がとりまとめた中小M&Aガイドラインでも紹介されていて、「必ずしも特異なものとはいえない」こと
- M&Aの態様は様々であり、純資産額が低額ないし債務超過である会社を低額で譲渡する場合を典型として、譲渡価格が必ずしも仲介事業者の業務負担量を反映しているとは限らないことから、「負債(債務)も含めた総資産をもって上記業務負担量の目安とする考え方がおよそ不合理であるということはできない。」こと
- 本件仲介契約の前に、YSD氏が報酬表を含む説明資料を示して説明していたこと
判決は、これらを考慮して、「本件報酬条項に公序良俗に反し暴利行為として無効とすべき部分があるとは認められず」と判断しました。KWT氏はガイドラインが本件の後に策定されたもので無関係であると主張していましたが、判決は、ガイドラインでの紹介を、報酬条項が特異なものではないことを示す事情の一つとして挙げています。
判断されなかった点
債務不履行が認められなかったため、責任制限条項が故意又は重過失の場合に無効となるか、本件仲介契約に消費者契約法が適用されるか、損害額はいくらかといった点は判断されていません。また、「最終契約にあたって」と題する書面は認定事実に挙げられていますが、判断の理由の中では言及されていません。
主文及び結論
判決の主文は、「原告の請求を棄却する。」「訴訟費用は原告の負担とする。」というものです(ここでの「原告」はKWT氏を指します)。判決は、「原告の請求は全て理由がない」として、損害賠償1億8,001万7,728円の請求も、報酬の一部3,304万円の返還請求も認めませんでした。
判断の射程―参考となる点と一般化できない点
以下は、判決の内容を踏まえた当事務所の評価です。裁判所が示した判断そのものとは区別してお読みください。
参考となる点
第1に、売却後に売主が評価資料を受け取っていないと主張しても、取引の規模、契約前の説明、ドラフトや仮評価の書面を受け取っていた事実などから、完成版も交付されていたと認定され得ることです。判決は仲介会社に交付の記録がないことを指摘しながら、売主の主張を採用しませんでした。もっとも、判決は記録を残しておくべきであったとも述べており、交付の記録の重要性は変わりません。
第2に、価格調整の義務違反の有無が、仲介会社が交渉の前提とした評価額が不当に低額といえるかという観点から判断されたことです。本件では、算定書が売主の指摘を受けて不動産の評価を見直し、営業権もより高額になる方法で算出されていたことが、義務違反を否定する理由になりました。売主が後から別の計算で高い企業価値を示しても、それだけで仲介会社の責任が認められるわけではないことを示す一例です。
第3に、算定書の評価額と実際の譲渡価格に1億2,000万円近い差があっても、非公開会社の株式の評価額は一つに決まるものではなく、譲渡価格は交渉で決まるという理由で、売主がその差を認識して契約したことも十分あり得るとされたことです。交渉の途中で売主が不動産の評価に異議を述べていたことは、価格の評価を誤信させられたとする売主の供述を退ける理由になっています。
第4に、負債を含めた総資産を基礎とする報酬条項について、同業者による採用、中小M&Aガイドラインでの紹介、業務負担量の目安としての合理性、契約前の説明を理由に、暴利行為に当たらないとされたことです。
一般化できない点
本判決は、算定書の交付の有無、評価の内容、売主の交渉中の言動、契約前の説明といった具体的な事実関係に基づく判断です。評価資料が交付されていなかった場合や、交渉の前提とした評価額に明らかな誤りがあった場合には、結論が異なり得ます。責任制限条項の効力、M&A仲介契約への消費者契約法の適用、損害額の算定方法、双方仲介の場合の助言義務の一般的な基準について、本判決から結論を導くことはできません。
本件の対価は株式代金と退職慰労金に分けて構成されていましたが、判決は退職慰労金を含めた7億5,002万円を実質譲渡価格として検討しており、対価をどう振り分けるべきか、その振分けについて仲介会社が助言すべきであったかについては判断していません。退職慰労金を企業価値に加算すべきとのKWT氏の主張についても、独立した判断は示されていません。
報酬条項について判決が理由として挙げたのは、方式の合理性と契約前の説明であり、本件の報酬額そのものの相当性を個別に論じたものではありません。本件では、支払われた報酬6,804万円は実質譲渡価格7億5,002万円の1割未満であり(当事務所の計算です)、仲介会社が売主の求めに応じて減額していたという事情もありました。譲渡価格に比べて報酬が著しく高額になる場合にも同様に判断されるかは、本判決からは分かりません。上訴の有無及び確定は確認できていないため、その点にも留意が必要です。
契約や交渉で確認しておきたいこと
売主の側では、仲介会社から受け取った評価資料の版や日付を管理し、算定書の評価額と提示された価格に差がある場合には理由の説明を求めて記録しておくこと、双方仲介であるかや専門家に秘密情報を開示できるかを契約書で確認すること、報酬の基礎が譲渡対価か総資産かを計算例で確認しておくことが考えられます。仲介会社の側では、どの資料をいつ交付したかの記録を残しておくことが重要です。これらは本判決を踏まえた当事務所の着眼点であり、本判決が特定の対応を求めたものではありません。
M&Aが成立しなかったのに、M&A仲介会社から手数料を請求された場合の対応は、次のページでご案内しています。
よくあるご質問
会社を売った後で、もっと高く売れたはずだと分かった場合、仲介会社に損害賠償を請求できますか。
高く売れた可能性があるというだけでは足りず、仲介会社に契約上の義務違反があったことを示す必要があります。本判決では、仲介会社が交渉の前提とした算定書の評価額が不当に低額とはいえないとされ、価格調整の義務違反は認められませんでした。
仲介会社から株式価値算定書を受け取っていないと主張すれば、責任を問えますか。
主張が認められるかは証拠によります。本判決では、仲介会社に交付の記録がなかったものの、取引の規模や契約前の説明、ドラフト等を受け取っていた事実から、算定書とほぼ同内容のものが交付されたと認定されました。
算定書の評価額より低い価格で売却した場合、仲介会社の責任になりますか。
本判決は、非公開会社の株式の評価額は唯一絶対のものとして確定できず、譲渡価格は売り手と買い手の交渉で決まるとして、評価額との差を認識しつつ契約したことも十分あり得るとしました。評価額より低いことだけで、仲介会社の責任が認められるわけではありません。
総資産を基礎に計算するM&A仲介の報酬は、高すぎるとして一部を取り戻せますか。
本判決は、同様の報酬条項が複数の仲介事業者で採用されていること、総資産を業務負担量の目安とする考え方がおよそ不合理とはいえないこと、契約前に説明があったことなどから、公序良俗違反による一部無効を認めませんでした。報酬の基礎の定め方だけを理由に返還を求めることは難しいといえます。
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