代表者を通じた株式の廉価売却と買主の不法行為責任―東京地方裁判所令和4年12月6日判決

会社の代表者が、会社の保有する株式を、価値に見合わない低い代金で第三者に売却してしまった。この場合、会社は、代表者に契約を働きかけた買主に対して、不法行為に基づく損害賠償を求めることができるのでしょうか。東京地方裁判所令和4年12月6日判決は、青果の仲卸会社を子会社とする資産保有会社の株式の過半数を、売主の会社の当時の代表者が約400万円で買主に売却した事案で、株式には1億7,000万円を超える価値があったとする売主の会社の請求を棄却しました。
本判決は、故意による不法行為であっても何らかの注意義務違反が必要であるとしたうえで、契約の締結を働きかける行為が不法行為となるのは、自由競争の範囲を逸脱する場合に限られるとの枠組みを示しました。そして、買主が代表者個人に代金を取得させるよう利益誘導したとの主張、子会社を支配する意図が不当であるとの主張、代表者の善管注意義務違反を教唆したとの主張を、いずれも退けています。本記事では、判決がどのような事実と理由からこれらの主張を退けたのかを整理します。
裁判例の基本情報
| 裁判所 | 東京地方裁判所民事第43部 |
|---|---|
| 裁判日 | 令和4年12月6日 |
| 事件番号 | 令和3年(ワ)第160号 |
| 裁判の形式 | 判決 |
| 審級 | 第一審 |
| 結論 | 売主の会社(原告)の請求を棄却。訴訟費用は原告の負担 |
| 上訴の状況 | 判決本文には控訴・確定に関する記載がなく、上訴の有無及び確定は確認できていません |
この表は、判決本文の冒頭及び末尾の記載に基づいて当事務所が作成したものです。
当事者の表記
判決に出てくる会社名・氏名は、本記事独自のイニシャルに置き換えています。判決が用いている符号(原告、被告、アルファベットの記号)も、そのままは使わずに次の表記へ置き換えています。判決本文を引用する部分では、当事者の呼称を次の表記に置き換え、置き換えた箇所を〔 〕で示しています。
| 本記事の表記 | 立場 |
|---|---|
| 売主である株式保有会社KRS | 原告。資産保有会社AHCの株式1,820株を保有し、これを売却した株式会社。判決本文の当事者表示では、訴訟の時点の代表取締役は、次のSNO氏とは別の人物です |
| 売主会社の当時の代表取締役SNO氏 | 平成25年1月7日に株式保有会社KRSの代表取締役に就任し、平成31年4月12日、同社を代表して株式売買契約を締結した人物 |
| 買主であるMRT氏 | 被告。株式を買い受けた個人で、当時、出資会社NTRの取締役 |
| 資産保有会社AHC | 売買の対象となった株式の発行会社。青果仲卸会社VGTの発行済み株式の全部を保有し、実質的には同社を子会社とする資産保有会社 |
| 青果仲卸会社VGT | 市場において青果の仲卸業を行う株式会社 |
| 出資会社NTR | 資産保有会社AHCの株式400株を保有していた株式会社 |
| 仲卸会社の代表取締役KMD氏 | 平成29年5月9日に青果仲卸会社VGTの代表取締役に就任した人物。資産保有会社AHCの設立時に同社の株式200株を引き受けました |
| 実質的な支配者OKN氏 | 平成25年頃に株式保有会社KRSの全株式を取得し、青果仲卸会社VGTの買収を主導した人物。平成31年3月25日頃から連絡が取れない状態となりました |
| 送金先の会社LMT及び会社QRS | 青果仲卸会社VGTから多額の送金を受けた2つの会社。買主MRT氏の主張では、OKN氏が支配していた法人です |
事案の概要―子会社の買収を主導した人物が姿を消した直後の株式売買
資産保有会社を設立して、青果仲卸会社を買収した
判決が認定した事実によれば、実質的な支配者OKN氏は、平成25年頃に株式保有会社KRSの全株式を取得しましたが、自らが代表取締役になることは避け、平成25年1月7日、知り合いであったSNO氏を代表取締役に就任させました。
OKN氏は、平成28年10月頃、青果仲卸会社VGTの買収を検討して財務資料を確認しました。青果仲卸会社VGTは、年間80億円程度の売上の規模に比べて収益は年間3,000万円程度と大きくなく、資金繰りにも苦労していたことが見受けられましたが、OKN氏は買収による利益が見込まれると判断し、株式を取得することを決めました。
そこで、OKN氏は、株式を取得する法人として、平成29年4月17日、株式保有会社KRSを発起人として資産保有会社AHCを設立しました。設立当初の発行株式数は400株で、株式保有会社KRSとKMD氏が200株ずつを引き受けています。資産保有会社AHCは、平成29年4月28日に青果仲卸会社VGTの全株式を取得し、同年5月9日にはKMD氏が青果仲卸会社VGTの代表取締役に就任しました。
資産保有会社AHCは、平成29年5月、6月及び12月に第三者割当増資を行い、発行済み株式総数は3,130株となりました。買主MRT氏が取締役を務める出資会社NTRは、同年6月の増資の際に200株を引き受けています。売買契約の時点で、出資会社NTRは資産保有会社AHCの株式400株を保有していました。
子会社の借入金が膨らむ一方、多額の資金が外部に送金されていた
青果仲卸会社VGTの借入金の合計額は、平成29年6月末時点で3億7,486万8,113円、平成30年6月末時点で7億6,379万8,000円、平成31年3月末時点で12億8,869万2,000円と増加していました。他方で、平成29年5月1日から平成31年2月26日までの間に、青果仲卸会社VGTから会社LMT及び会社QRS名義の口座へ、合計8億2,680万円が振り込まれていました。
支配者との連絡が途絶え、代表者が株式を約400万円で売却した
OKN氏は、平成31年3月25日頃から連絡が取れない状態となり、KMD氏からの電話にも応答しなくなりました。KMD氏は、同年4月4日、法務局に対し、株式保有会社KRSの代表者の住所及び登録印を変更する申請書を提出し、SNO氏は、同月12日、法務局で新たな印鑑カードを受領しました。
同じ平成31年4月12日、SNO氏は、株式保有会社KRSを売主、買主MRT氏を買主として、資産保有会社AHCの株式1,820株を400万4,000円(1株あたり2,200円)で売却する株式売買契約を締結しました。売買の対象となった株式は、資産保有会社AHCの発行済み株式3,130株の約58.147%に当たります。
買主MRT氏は、同日、株式保有会社KRS名義の口座に400万4,000円を振り込みました。SNO氏は、同日、その口座から引き出す方法又は自己名義の口座に振り替える方法により、400万円を領得しました。
その後、株式保有会社KRSは、売買代金が不当に廉価であり、このような売買契約を成立させた買主MRT氏には不法行為が成立するとして、株式の価値に相当する額の損害賠償を求めて提訴しました。
事案の経緯の時系列
| 時期 | 出来事(判決本文の前提事実及び認定事実による) |
|---|---|
| 平成25年頃 | OKN氏が株式保有会社KRSの全株式を取得。同年1月7日、SNO氏が代表取締役に就任 |
| 平成28年10月頃 | OKN氏が青果仲卸会社VGTの買収を検討し、財務資料を確認 |
| 平成29年4月17日 | 株式保有会社KRSを発起人として資産保有会社AHCを設立(400株。株式保有会社KRSとKMD氏が200株ずつ引受け) |
| 平成29年4月28日 | 資産保有会社AHCが青果仲卸会社VGTの全株式を取得 |
| 平成29年5月1日から平成31年2月26日まで | 青果仲卸会社VGTから会社LMT及び会社QRS名義の口座に合計8億2,680万円が振り込まれる |
| 平成29年5月9日 | KMD氏が青果仲卸会社VGTの代表取締役に就任 |
| 平成29年5月、6月及び12月 | 資産保有会社AHCの第三者割当増資(発行済み株式総数3,130株)。6月の増資で出資会社NTRが200株を引受け |
| 平成30年6月末 | 青果仲卸会社VGTの借入金合計7億6,379万8,000円。利益剰余金がマイナス1,395万円余りとなり資本欠損 |
| 平成31年3月25日頃 | OKN氏と連絡が取れない状態となる |
| 平成31年3月末 | 青果仲卸会社VGTの借入金合計12億8,869万2,000円 |
| 平成31年4月4日 | KMD氏が法務局に株式保有会社KRSの代表者の住所及び登録印の変更の申請書を提出 |
| 平成31年4月12日 | SNO氏が新たな印鑑カードを受領。株式売買契約を締結(1,820株、代金400万4,000円)。買主MRT氏が株式保有会社KRS名義の口座に代金を振り込み、SNO氏が同日400万円を領得 |
| 令和3年 | 株式保有会社KRSが東京地方裁判所に損害賠償を求めて提訴(事件番号の年による。提訴の月日は判決本文に記載がありません) |
| 令和4年12月6日 | 東京地方裁判所が請求を棄却する判決 |
株式売買契約の内容
判決本文は、株式売買契約の内容を次のとおり整理しています。契約書の条文をそのまま再現したものではなく、判決本文が掲げた契約の要素です。当事者の呼称は本記事の表記に置き換えています。
売主 株式保有会社KRS(契約を締結したのは当時の代表取締役SNO氏)
買主 MRT氏
対象株式 資産保有会社AHCの株式
株式数 1,820株
代金 400万4,000円(1株あたり2,200円)
判決本文に記載された契約の内容は、上記の対象株式、株式数及び代金にとどまり、表明保証や価格調整などの条項についての記載はありません。本件は、契約条項の解釈ではなく、契約の締結に至る買主の働きかけが不法行為となるかどうかが争われた事件です。
当事者の請求と主要な主張
売主の会社の請求
株式保有会社KRSは、買主MRT氏に対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき、1億7,000万円及びこれに対する売買契約の日の翌日である平成31年4月13日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求めました。遅延損害金の利率は、平成29年法律第44号による改正前の民法所定の年5分とされています。
争点ごとの主張
| 論点 | 売主の会社(株式保有会社KRS)の主張 | 買主(MRT氏)の主張 |
|---|---|---|
| 義務違反の要否 | 売買契約の当時、売却した株式は実質的に売主の会社の唯一の資産であり、1億7,000万円を超える経済的価値があった。買主は代金が極端に廉価で、売主の会社に損害が生じることを認識していたのだから、故意の不法行為が成立する。故意の不法行為では、過失の不法行為と異なり、義務違反を観念する必要はない | 故意の不法行為でも、その成立の前提として義務違反が必要であり、売主の会社の主張は失当である |
| 自由競争の範囲の逸脱 | 仮に義務違反が必要であるとしても、買主には「自由競争の範囲を逸脱する態様で取引の相手方に働きかけることを回避する義務」があった。働きかけの悪質性(代金を代表者個人が取得するよう利益誘導した)、意図(青果仲卸会社VGTを支配下に置き、売主の会社の支配的な地位を失わせる)、買主の利益と売主の会社の損害の大きさ(1億7,000万円の価値のある株式を約400万円で取得)を総合考慮すれば、この義務に違反した | 自由競争の範囲を逸脱する働きかけはしていない。OKN氏の指示で青果仲卸会社VGTから会社LMT及び会社QRSへ送金が行われ、平成31年2月時点で約8億3,000万円の貸付金が未回収となっていた。同年3月下旬にOKN氏が失踪し、債権者からの問い合わせが殺到して、青果仲卸会社VGTは倒産の危機に瀕していた。KMD氏から相談を受け、決裁権限のある株主として資金繰りや債権者への対応を行い、青果仲卸会社VGTを再建させるため、株式の購入を決意した |
| 損害額 | 青果仲卸会社VGTの会社価値を収益還元法により算出すると2億9,367万1,715円であり、売却した株式の価格は、これに58.14%を乗じた1億7,074万735円となる。控えめにみても1億7,000万円を下らない | 争う |
お手元の資料と経緯をお聞きし、進め方の順序をお示しします。
結論を左右した争点
判決は、争点を、買主MRT氏がSNO氏に働きかけて株式売買契約を締結させたことが売主の会社に対する不法行為となるか(争点1)と、売主の会社に生じた損害(争点2)の2つに整理しました。
結論を左右したのは争点1です。判決は、争点1について不法行為の成立を否定し、争点2の損害額については判断するまでもないとして請求を棄却しました。争点1の中では、次の3点が順に検討されています。
- 故意の不法行為が成立するために、注意義務違反が必要か。
- 買主の代表者に対する働きかけが、自由競争の範囲を逸脱したといえるか(利益誘導の有無、支配の意図、利益と損害の大きさ)。
- 代表者の善管注意義務違反を教唆したことを理由として、不法行為が成立するか。
裁判所が認定した重要な事実と判断の枠組み
重要な事実
判決は、前提事実に加え、証拠及び弁論の全趣旨により、事案の概要で述べた事実を認定しました。判断の中で特に重視されたのは、次の事実です(判決本文の認定事実の要約です)。
- 青果仲卸会社VGTの借入金が約3億7,487万円から約12億8,869万円まで増加する一方、合計8億2,680万円が会社LMT及び会社QRS名義の口座に振り込まれていたこと
- 買収を主導したOKN氏が、売買契約の直前から連絡の取れない状態となっていたこと
- 代金400万4,000円が株式保有会社KRS名義の口座に振り込まれ、その後にSNO氏が400万円を領得したこと
故意の不法行為でも注意義務違反が必要
判決は、まず、売買契約における代金額はさまざまな事情により決定されるものであり、例えば仕入値を下回る価格が売買代金として合意されることもあり得るが、そのような売買契約を締結した買主が売主に対して故意の不法行為責任を負わないことは明らかであり、それは買主に何らの義務違反がないからにほかならないと述べました。そのうえで、次のように判断しています。
「過失不法行為のみならず故意不法行為においても、不法行為責任を問うためには何らかの注意義務に反することが必要というべきである」
契約自由の原則と、自由競争の範囲を逸脱する働きかけ
次に、判決は、契約の相手方の責任について、契約自由の原則から出発しました。
「私人間の契約においては契約自由の原則が妥当し、契約を締結するか否か、締結するとしてどのような内容にするかを契約当事者が自由に決めることができるのであるから、結果的に自己に不利な契約を締結することになったからといって、そのことから直ちに相手方に対して不法行為責任を追及できるものではないことはいうまでもない」
そのうえで、判決は、法人と代表者の間の利益相反に着目し、例外的に不法行為が成立し得る場面を示しました。
「法人とその代表者との間には利益相反関係が生じ得ることを考慮すると、例えば代表者に対して法人への背任行為に当たるような契約締結を教唆するなど、契約の締結を働きかける行為が自由競争の範囲を逸脱するようなものである場合には、当該働きかけが当該法人に対する不法行為を構成することはあり得るというべきである」
つまり、会社に不利な契約であることだけでは足りず、代表者への働きかけが、背任行為の教唆に当たるような、自由競争の範囲を逸脱するものであるかどうかが判断の基準とされました。
各主張を採用し又は排斥した理由
故意があれば義務違反は不要との主張―採用せず
売主の会社は、損害の発生を認識していれば故意の不法行為が成立し、注意義務違反は不要であると主張しました。判決は、上記のとおり、仕入値を下回る価格での売買の例を挙げて、故意の不法行為でも何らかの注意義務違反が必要であるとし、この主張を採用しませんでした。
代表者個人への利益誘導―認めるに足りる証拠はない
売主の会社は、買主が株式の譲渡代金をSNO氏個人が取得するよう利益誘導したと主張し、これに沿うSNO氏名義の陳述書を提出していました。判決も、SNO氏が実際に代金を領得しており、その事実は陳述書の信用性を補強するようにも見えることは認めています。しかし、判決は次の理由から、利益誘導を認めませんでした。
- 代金の支払方法。判決は、仮に買主が一種の裏金ともいえる金員を代表者個人に取得させる意図であったならば、売主の会社に発覚しないよう、契約書記載の代金は会社名義の口座に振り込み、それとは別に代表者に金銭を交付するといった方法が取られてしかるべきであると述べました。実際には、契約書記載の代金以外に買主が支出したものはなく、代金は株式保有会社KRS名義の口座に振り込まれていたことから、判決は、むしろ利益誘導の不存在を推認させるとしました。
- 陳述書の変遷。後に提出されたSNO氏名義の陳述書(成立の真正に争いがあるもの)には、SNO氏が自己名義の口座への送金を求めたところ、買主がこれを拒絶したとの記載がありました。判決は、利益誘導をしながら代表者からの要求を拒絶するのは不自然であること、当初の陳述書では、SNO氏が動かせる口座に入れる旨を買主から言われたと記載していたことから、後の陳述書の記載は信用できず、利益誘導があったとする当初の陳述書も信用できないとしました。
- 登録印の変更等の手続。売主の会社は、契約に先立つ登録印の変更等の手続は買主の要請に基づくもので、買主に不当な目的があったことが強く推認されると主張しました。判決は、登録印の変更手続等を社外の第三者が行うことは通常でないとしながらも、KMD氏が行った手続に買主が関与していたことを認めるに足りる証拠はなく、仮に関与していたとしても「契約書の体裁を整えるため」であったと考えることも可能であるとして、不当な目的や利益誘導を推認させるものではないとしました。SNO氏が新たな印鑑カードを受領して手続に一定程度協力したことについても、同様に、契約書の体裁を整えるためと理解することが可能であるとされました。
こうして、判決は、利益誘導がされたことを認めるに足りる証拠はないと結論付けました。
子会社を支配する意図―株式の取得による支配は当然であり、再建目的の主張も排斥できない
売主の会社は、買主が株式を取得することで実質的に青果仲卸会社VGTを支配下に置き、売主の会社の支配的な地位を失わせることを意図していたと主張しました。判決は、2つの理由からこれを退けました。
第1に、青果仲卸会社VGTの財務状況です。判決は、借入金が著しく増加し、他方で8億円余りが会社LMT及び会社QRS名義の口座に振り込まれ、これを両社から回収する目途が立っていたとは認められない状況の中で、買収を主導していたOKN氏が連絡できない状態になっていたことを指摘しました。そのうえで、当惑したKMD氏から相談を受け、決裁権限のある株主として資金繰りや債権者への対応を行い、青果仲卸会社VGTを再建させることを目的として株式の購入を決意したとする買主の主張は、あながち不合理なものとはいえず、排斥することはできないとしました。
売主の会社は、青果仲卸会社VGTの経常利益は平成29年6月決算期以降黒字で、売上高は毎年90億円程度あり、収益力は高く、経営再建を必要とする状態ではなかったと反論しました。しかし判決は、次の事情を挙げて、平成31年4月の時点でも、約13億円に上る借入金の元本及び利息を返済することは容易ではなかったと考えられるとしました。
- 平成28年10月頃の売上高利益率は0.3%程度(3,000万円/80億円)であったこと
- 平成30年6月期の売上高利益率も0.5%程度(4,153万2,217円/78億2,298万7,641円)にすぎないこと
- OKN氏の陳述書によっても、平成30年6月頃は、その決算期を乗り切れなければ倒産のおそれがあるような状態であったこと
- 平成30年6月末時点で利益剰余金がマイナス1,395万円余りとなり、資本欠損が生じていたこと
第2に、判決は、株式の性質から、支配の意図それ自体は不当ではないとしました。
「株式は株式会社の持分権であるから、これを取得する者が当該会社やその子会社を支配することができるのは当然であり、仮に〔買主MRT氏〕が〔資産保有会社AHC〕を通じて〔青果仲卸会社VGT〕を支配する意図を持っていたとしても、そのことをもって〔買主MRT氏〕の働きかけが不当であるということにはならない」
買主の利益と売主の損害の大きさ―代金額は合意で決まるもの
売主の会社は、約1億7,000万円の価値のある株式を約400万円で取得したことによる買主の利益と売主の会社の損害の大きさを、逸脱を基礎付ける事情として主張していました。判決は、「売買代金額の決定はまさに契約自由の原則により当事者間の合意で定められるべきものであるから」、仮に売買契約によって売主の会社に損失が発生し、買主が利益を得たとしても、そのことから働きかけが自由競争の範囲を逸脱するということにはならないとしました。
以上から、判決は、利益誘導や買主の意図を理由として働きかけが自由競争の範囲を逸脱するとの売主の会社の主張を採用しませんでした。
代表者の善管注意義務違反の教唆―買主に明確な認識があったとはいえない
判決は、売主の会社の主張が、SNO氏の契約締結が売主の会社に対する善管注意義務違反に当たることを前提に、その違反を教唆するような働きかけは自由競争の範囲を逸脱する違法なものであるとの趣旨にも見受けられるとして、この点も検討しました。
判決は、まず、一般論として次のように述べました。
「株式会社の代表者のある行為が当該会社に対する善管注意義務違反を構成することを明確に認識した第三者が、当該行為を当該代表者に教唆した場合、当該教唆が当該会社に対する不法行為を構成することはあり得るようにも思われる」
ただし、判決は、括弧書きで、次のとおり、その場面が極めて限定されることを付け加えています。
「当該第三者が当該会社と取引行為を行う場合、自己の利益を最大化しようとすることは何ら責められるべきものではないから、当該取引行為やその勧誘行為が当該会社に対する不法行為を構成する場面は極めて限定されるというべきである」
そのうえで、判決は、青果仲卸会社VGTが平成30年6月末時点で資本欠損の状態にあり、平成31年3月末時点で約13億円の借入金を抱えていたことから、実質的に青果仲卸会社VGTを子会社とする資産保有会社AHCの企業価値も相応に低下していたものと考えられるとしました。そして、SNO氏が売買契約を締結したことが売主の会社に対する善管注意義務違反を構成するかどうかは疑わしいとし、次のように判断しました。
「少なくとも、〔買主MRT氏〕において、〔SNO氏〕が本件売買契約を締結することが〔株式保有会社KRS〕に対する善管注意義務違反を構成することを明確に認識していたとはいえない」
判決は、この点からも買主に不法行為は成立しないとしました。
主文及び結論
判決の主文は、「原告の請求を棄却する。」「訴訟費用は原告の負担とする。」というものです(ここでの「原告」は株式保有会社KRSを指します)。判決は、買主の働きかけが不法行為となるとは認められないとして、「争点(2)(損害額)について判断するまでもなく」、売主の会社の請求を棄却しました。
したがって、本判決は、売却された株式の価値がいくらであったか、代金400万4,000円が廉価であったかどうかについて、損害額の算定としての判断は示していません。
判断の射程―参考となる点と一般化できない点
以下は、判決の内容を踏まえた当事務所の評価です。裁判所が示した判断そのものとは区別してお読みください。
参考となる点
- 安く買ったことだけでは、買主は不法行為責任を負わないこと。本判決は、故意の不法行為でも注意義務違反が必要であるとし、契約自由の原則から、代金額は当事者間の合意で定められるべきものであるとしました。株式の価値と代金の差が大きいことや、買主がそれを認識していたことだけを理由に、売主の会社が買主に損害賠償を求めることは難しいことを示す一例です。
- 例外として問題となるのは、代表者への働きかけの態様であること。判決は、法人と代表者の利益相反に着目し、背任行為に当たるような契約締結の教唆など、自由競争の範囲を逸脱する働きかけであれば、法人に対する不法行為となり得るとの枠組みを示しました。売主の会社の側からみると、立証の対象は、代金の安さではなく、代表者に対する利益の提供の約束など、働きかけの具体的な内容になります。
- 資金の流れと陳述書の整合性が、利益誘導の有無を左右したこと。本判決では、代金が会社名義の口座に振り込まれ、契約書記載の代金以外に買主が支出したものはなかったことが、利益誘導の不存在を推認させる事情とされ、代金の振込先をめぐる当時の代表者の陳述書の記載の変遷も信用性を否定する理由とされました。代表者が後に代金を領得した事実があっても、そのことから直ちに買主の利益誘導が認められるわけではないことが示されています。
- 対象会社の財務状況が、善管注意義務違反の教唆の判断にも影響したこと。判決は、子会社の資本欠損や多額の借入金から、資産保有会社の企業価値も相応に低下していたと考えられるとし、買主が代表者の善管注意義務違反を明確に認識していたとはいえないとしました。株式の価値が争われる場面では、収益還元法などによる評価額だけでなく、債務の状況や資金の流出といった事情も考慮されることを示しています。
一般化できない点
- 本判決は、売主の会社が買主に対して不法行為に基づく損害賠償を求めた請求についての判断です。株式売買契約そのものの効力(代表者の権限の濫用などを理由に契約の効力を争うこと)や、代金を領得した当時の代表者SNO氏に対する責任追及については、本件の請求の対象ではなく、判決は判断していません。
- 判決は、損害額(争点2)について判断していません。売主の会社が主張した収益還元法による評価額が相当であるか、代金が廉価であったかどうかについて、本判決から結論を導くことはできません。
- 善管注意義務違反の教唆についての判断は、本件で子会社の財務状況が悪化しており、代表者の行為が善管注意義務違反に当たるか疑わしかったという事情を前提としています。対象会社の財務状況が良好で、代金と価値の差が明白な事案や、買主から代表者個人への金銭の交付が証拠上認められる事案では、結論が異なり得ます。
- 買主が青果仲卸会社VGTの再建を目的としていたとの主張について、判決は、あながち不合理とはいえず排斥できないとしたにとどまり、その目的を積極的に認定したわけではありません。
- 上訴の有無及び確定は確認できていません。
取引の場面で確認しておきたいこと
売主となる会社の側では、会社が保有する株式などの重要な資産を代表者が単独で処分できる状態にしておかないこと、代表者が交代した場合や実質的な支配者と連絡が取れなくなった場合に、登録印や印鑑カードの管理を見直すことが重要です。買主の側では、代金を会社名義の口座に支払うこと、価格を決めた根拠となる財務資料や経緯を記録しておくことが、後に働きかけの態様を争われた場合の判断材料になります。これらは本判決を踏まえた当事務所の着眼点であり、本判決が特定の対応の要否を判断したものではありません。
株式譲渡契約の解除や、詐欺・錯誤による取消しを検討する場合の進め方は、次のページでご案内しています。
よくあるご質問
会社の代表者が会社の保有株式を安く売ってしまった場合、会社は買主に損害賠償を請求できますか。
代金が安かったというだけでは難しいといえます。本判決は、契約自由の原則から、代金額は当事者間の合意で定められるべきものであり、売主に損失が生じて買主が利益を得たとしても、そのことから直ちに不法行為にはならないとしました。買主の働きかけが、代表者に背任行為に当たるような契約の締結を教唆するなど、自由競争の範囲を逸脱するものであったことが必要とされています。
買主が、代金が極端に安いと知っていて買った場合でも、不法行為にならないのですか。
本判決は、故意の不法行為であっても、何らかの注意義務に反することが必要であるとし、損害の発生を認識していれば足りるとの主張を採用しませんでした。仕入値を下回る価格での売買の例を挙げて、代金が安いことを知って契約した買主が当然に責任を負うものではないことを説明しています。
代表者が代金を自分のものにしていた場合、買主の利益誘導が認められますか。
本判決では、当時の代表者が代金のうち400万円を領得した事実がありましたが、代金が会社名義の口座に振り込まれ、契約書記載の代金以外に買主が支出したものはなかったことなどから、買主の利益誘導は認められませんでした。代表者による代金の領得と、買主による利益誘導とは区別して立証する必要があります。
子会社の経営状況は、判決の判断にどのように影響しましたか。
判決は、子会社である青果仲卸会社VGTの借入金が約13億円に増加し、資本欠損が生じていたことなどから、再建のために株式を購入したとの買主の主張を排斥できないとしました。また、資産保有会社の企業価値も相応に低下していたと考えられるとして、買主が代表者の善管注意義務違反を明確に認識していたとはいえないと判断しています。
M&Aトラブルで請求する損害額の算定の考え方は、次のページでご案内しています。
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会社の保有する株式が代表者によって不本意な条件で売却された場合や、反対に、株式を買い受けた後に売主の会社から責任を追及された場合は、契約締結に至る経緯、代金の支払先と資金の流れ、価格を決めた根拠となる財務資料を整理し、買主の働きかけの態様と、契約そのものの効力とを分けて検討します。株式譲渡契約の効力を争い、又は契約を解消する場合の考え方は株式譲渡契約を解消する場合の要件と効果で解説しています。株式譲渡後の売主・買主間の紛争のうち、表明保証違反に関する当事務所の対応は表明保証違反の御相談のページで御案内しています。
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この記事の位置付け
保有する子会社株式を代表者が廉価で売却してしまった会社と、その株式を買い受けた買主の双方に向けて、買主に対する不法行為に基づく損害賠償請求が退けられた判例を、契約自由の原則と自由競争の範囲の観点から解説します。
株式譲渡契約の効力や解消を検討する場合の考え方は、株式譲渡契約を解消する場合の要件と効果で解説しています。
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株式譲渡の後に、売主と買主の間で契約の内容や締結の経緯をめぐる紛争が生じた場合のうち、表明保証違反に関する当事務所の取扱内容及び対応の進め方は、次のご案内をご覧ください。

