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報酬合意が認められなかったM&A仲介会社に商法512条の相当報酬110万円を認めた事例―東京地方裁判所令和5年5月30日判決

公開 2023年5月30日更新 2026年10月30日

▶ M&A仲介会社の善管注意義務が問題となる場面

M&A仲介会社が買主候補の会社に買収案件を持ち込み、面談の調整や意向表明書の提出まで進めたものの、報酬の取決めを契約書にしないうちに依頼を打ち切られ、その8日後に買主と対象会社のオーナーとの間で株式譲渡による買収が成立した。この場合、仲介会社は約束の報酬を請求できるのでしょうか。また、報酬の合意が認められないときは、報酬をまったく受け取れないのでしょうか。

東京地方裁判所令和5年5月30日判決は、仲介会社が主張した1,100万円(消費税込み)の報酬合意を認めず、他方で、商人がその営業の範囲内で他人のために行為をしたときは相当な報酬を請求できるとする商法512条に基づき、相当な報酬として110万円の支払を命じました。報酬を求めるメールに買主側の代表者が「宜しくお願いします。」と返信していた事情があっても合意は認められず、相当報酬の額は、仲介会社が現に行った業務と買収の成立への寄与の程度から定められ、仲介会社の過去の手数料の実績とは直接関係がないとされました。M&A仲介会社の立場の方にも、仲介会社から報酬を請求された買主の立場の方にも、報酬の取決めの方法と取引途中の記録の残し方の両面で参考になる判決です。

Contents
  1. 裁判例の基本情報
  2. 当事者の表記
  3. 事案の概要―紹介案件の仲介が打ち切られ、8日後に株式譲渡で買収が成立した
    1. 売主側アドバイザーからの紹介案件を、買主候補に持ち込んだ
    2. 委任契約の締結―契約書は買収の成立と同時に作成する予定だった
    3. 事業譲渡の方法による意向表明と、価格交渉
    4. 面談、決算書の報告、税金負担や役員構成の助言
    5. KSNは他の買主候補も打診していた
    6. 依頼の打切りと、その8日後の株式譲渡
  4. 事案の経緯の時系列
  5. 報酬をめぐる記載とメールの文言
    1. 企業概要書の記載
    2. 令和2年12月22日のメール(KSNからTRHへ)の結びの部分
    3. 令和3年1月21日のメール(KSNからTRHへ)
  6. 原告の請求と当事者の主な主張
    1. KSNの請求
    2. 報酬合意の有無についての主張
    3. 条件の成就と、条件成就の妨害についての主張
    4. 相当報酬額についての主張
  7. 結論を左右した争点
  8. 裁判所が認定した重要な事実と判断の枠組み
    1. 重視された事実
    2. 判断の枠組み
  9. 各主張を採用し又は排斥した理由
    1. 報酬合意―メールの文言からは、減額を条件とする合意も、確定額の合意も認められない
    2. KSN自身の行動―報酬合意が確定的に成立したとは考えていなかったことがうかがわれる
    3. ART氏の供述―不自然であり採用できない
    4. 商法512条―紹介や情報提供、面談の調整、意向表明書の仲介、助言は「被告のためにした行為」
    5. 契約書の作成への着手と1,500万円の減額―買収の成立に寄与したとはいい難い
    6. 株式譲渡額の検討―検討結果が伝えられていなければ「被告のためにした行為」ではない
    7. 相当報酬額―紹介と情報提供は相応に寄与したが、紹介案件であることを考慮して110万円
    8. 過去の手数料の実績―相当報酬額とは直接関係がない
  10. 主文及び結論
  11. 判断の射程―参考となる点と一般化できない点
    1. 参考となる点
    2. 一般化できない点
    3. 契約や交渉で確認しておきたいこと
  12. よくあるご質問
    1. 報酬の契約書がなくても、M&A仲介会社は報酬を請求できますか。
    2. 仲介会社の報酬の提示に「宜しくお願いします。」と返信したら、報酬に同意したことになりますか。
    3. 仲介会社への依頼を打ち切った後に、紹介された会社を別の方法で買収した場合、報酬を支払う必要はありますか。
    4. 相当報酬の額を決める際に、仲介会社の過去の手数料の実績は考慮されますか。
    5. 依頼者が報酬の支払を避けるために仲介会社を外した場合、条件が成就したものとみなされますか。
  13. 関連する記事と相談のご案内

裁判例の基本情報

裁判所 東京地方裁判所民事第25部
裁判日 令和5年5月30日
事件番号 令和3年(ワ)第10036号
裁判の形式 判決
審級 第一審
結論 原告(M&A仲介会社)の請求1,100万円のうち、商法512条に基づく相当報酬110万円及び遅延損害金の限度で一部認容。その余の請求は棄却
上訴の状況 上訴の有無及び確定は確認できていません

この表は、判決本文の冒頭及び末尾の記載に基づいて当事務所が作成したものです。

当事者の表記

判決に出てくる会社名・氏名は、本記事独自のイニシャルに置き換えています。判決が用いている符号も、そのままは使わずに次の表記へ置き換えています。

本記事の表記 立場
M&A仲介会社KSN(以下「KSN」) 原告。M&Aの仲介等を業とする株式会社で、買主側から依頼を受けて業務を行いました
KSNの代表者ART氏 KSNの代表取締役。買主側との連絡や交渉を担当しました
健康器具の賃貸・販売会社TRH(以下「TRH」) 被告。健康器具の賃貸及び販売等を業とする株式会社で、対象会社を買収した買主です
TRHの代表者GMS氏 TRHの代表取締役。当時、自らが経営する薬局の売却についてもART氏と連絡を取り合っていました
対象会社WPC 商品の販売事業を営む株式会社で、買収の対象となった会社です
売主であるオーナー経営者ELN氏 対象会社WPCの代表取締役であり、株主でもありました。最終的にTRHに対象会社WPCの発行済み株式全部を譲渡しました
対象会社の担当者FJT氏 対象会社WPC側でTRHとの面談に臨んだ担当者です
売主側アドバイザーDRS氏(M&A仲介会社VPG所属) M&Aの仲介等を業とする別の会社に所属し、対象会社WPCのファイナンシャルアドバイザー及び交渉担当者を務めました。KSNに買主候補の紹介を依頼した人物です
薬局QPH、企業グループLMB KSNがDRS氏に対し、TRH以外の買主候補として打診し、又は情報提供をした先です

判決本文を引用する部分では、当事者の呼称を上記の表記に置き換え、置き換えた箇所を〔 〕で示しています。判決本文の数字は全角の算用数字で記載されているため、引用部分では判決本文の表記のままとしています。

事案の概要―紹介案件の仲介が打ち切られ、8日後に株式譲渡で買収が成立した

売主側アドバイザーからの紹介案件を、買主候補に持ち込んだ

KSNの代表者ART氏は、平成29年頃、会社や事業の売却希望者を発掘する活動の中で、売主側アドバイザーDRS氏と知り合いました。DRS氏は、令和2年10月21日頃、ART氏に対し、対象会社WPCの買手候補の紹介を依頼しました。

ART氏は、当時、TRHの代表者GMS氏が経営していた薬局の売却を進めるために同氏と密に連絡を取り合っていたことから、令和2年12月8日、GMS氏に対し、TRHで対象会社WPCを買収するよう提案しました。その際、ART氏は、自ら事前に作成した「企業概要書」と、以前に対象会社WPCから提供を受けていた「事業説明書」をメールで送付しました。企業概要書には、対象会社WPCの基本情報、過去3年分の会計資料の抜粋、取引先30社とその売上額、代表取締役の略歴等が記載され、基本情報の箇所には「仲介手数料 1000万円」との記載がありました。

委任契約の締結―契約書は買収の成立と同時に作成する予定だった

買収に興味を示したGMS氏は、令和2年12月9日、TRHの社屋でART氏と面談し、TRHによる対象会社WPCの買収に向けて、ELN氏からの事業譲渡の意向確認、対象会社WPCの企業情報に関する資料の作成とこれに基づく報告、対象会社WPCとの譲渡代金の価額交渉等の業務をKSNに委任しました(以下、この委任契約を「本件委任契約」といいます)。ART氏は、委任を受ける際に、改めて企業概要書をGMS氏に示しました。KSNとTRHは、買収の成立と同時に、委任の内容に関する契約書を作成することを予定していました。委任契約の締結自体は争いがなく、争われたのはその際に報酬の合意があったかどうかでした。

事業譲渡の方法による意向表明と、価格交渉

GMS氏は、令和2年12月10日、ART氏とDRS氏の仲介により、対象会社の担当者FJT氏と面談しました。ART氏は、12月11日、意向表明書を作成した旨と、営業権6,000万円(消費税別)、在庫は棚卸実施後の仕入価格、翌年1月中旬に譲渡契約を締結するという日程をメールでGMS氏に伝え、TRHは、12月15日、ART氏を介して意向表明書を対象会社WPCに交付しました。意向表明書の内容は、事業譲渡の方法により、営業権相当額6,000万円に在庫の仕入価格相当額を加えた金額で対象会社WPCを買収したいというものでした。

ART氏は、12月22日、ELN氏と価格の交渉をしている旨と、営業権6,000万円、在庫約2,100万円、売掛金約630万円、買掛金約700万円、前渡金その他譲渡資産約300万円から8,330万円を算出し、消費税を加えた9,163万円の100万円以下を切り捨てて税込み9,000万円とすれば、ELN氏の了解が得られそうである旨をメールで報告しました。このメールの中に、成功報酬に関する一文がありました(後記の囲みのとおり)。GMS氏は、同日、「宜しくお願いします。」とだけ返信しました。

面談、決算書の報告、税金負担や役員構成の助言

ART氏とGMS氏は、12月23日から28日にかけて、メールでFJT氏との日程を調整し、ART氏はDRS氏とともに、令和3年1月7日のGMS氏とFJT氏との面談を設定しました。ART氏は、1月6日に対象会社WPCの決算書を送って営業利益額を報告し、1月9日には、新設会社で事業を引き継いでも新設会社の税金負担はのれんの償却により抑えられ、グループ全体の税金負担の軽減は同じであるがどうか、という趣旨のメールを送りました。1月12日には、GMS氏の意向を踏まえ、新設会社で事業を受け、取締役を3名とし、取締役会長をGMS氏、もう1名の取締役をTRHから出し、代表取締役をFJT氏とし、赤字になるようであれば代表取締役を解任するなどの案を示し、GMS氏は「了解しました。」と返信しました。

KSNは他の買主候補も打診していた

他方で、ART氏は、令和2年12月11日頃、DRS氏に対し、対象会社WPCの買収の相手方として薬局QPHを打診し、12月15日には、買収の相手方候補として紹介していた企業グループLMBについて、先方は興味を示しているが勧められない旨の情報を提供していました。

依頼の打切りと、その8日後の株式譲渡

ART氏は、令和3年1月20日(水曜日)、GMS氏に対し、売主の当初の希望額7,500万円を6,000万円まで下げさせたことを踏まえて判断してほしい旨のメールと、売主側から、他が決まらなければ金曜日まで待つが、他に決まってしまったら申し訳ないとの補足があった旨のメールを送りました。

翌1月21日、ART氏は、FJT氏を説得して事業譲渡を受け入れてもらった、金額と事業譲渡のスキームについてTRH側の意向がすべて通ったという報告と、事業譲渡の条件をまとめたメールを送りました(後記の囲みのとおり)。これに対し、GMS氏は「昨日、あなたのメールでこの件は終わりました。」とだけ返信し、ART氏は「かしこまりました。先方にお断りをしておきます。よろしくお願い致します。」と返信しました。こうして、TRHのKSNに対する委任は終了しました。

その8日後の令和3年1月29日、ELN氏はTRHに対し、対象会社WPCの発行済み株式全部を譲渡し、TRHによる対象会社WPCの買収が成立しました。KSNが進めていた事業譲渡ではなく、株式譲渡の方法による買収でした。

事案の経緯の時系列

日付 出来事(判決本文の前提事実及び認定事実による)
令和2年10月21日頃 DRS氏がART氏に、対象会社WPCの買手候補の紹介を依頼
令和2年12月8日 ART氏がGMS氏に買収を提案し、企業概要書(「仲介手数料 1000万円」の記載あり)と事業説明書をメールで送付
令和2年12月9日 TRHの社屋で面談し、本件委任契約を締結。ART氏が企業概要書を改めて示す。契約書は買収の成立時に作成する予定
令和2年12月10日 GMS氏とFJT氏の面談(ART氏及びDRS氏の仲介)
令和2年12月11日 ART氏がGMS氏に意向表明書の内容(営業権6,000万円等)をメール。同日頃、ART氏がDRS氏に薬局QPHを買主候補として打診
令和2年12月15日 TRHがART氏を介して意向表明書(事業譲渡の方法)を対象会社WPCに交付。同日、ART氏がDRS氏に企業グループLMBについて情報提供
令和2年12月22日 ART氏が価格交渉の状況と成功報酬に関する一文を含むメールを送信。GMS氏が「宜しくお願いします。」と返信
令和3年1月6日 ART氏が対象会社WPCの決算書を送り、営業利益額を報告
令和3年1月7日 GMS氏とFJT氏の面談(ART氏及びDRS氏の仲介)
令和3年1月9日 ART氏が事業の引継ぎ先と税金負担についてメールで助言
令和3年1月12日 ART氏が新設会社の役員構成の案をメール。GMS氏が「了解しました。」と返信
令和3年1月20日 ART氏が、売主の希望額7,500万円を6,000万円まで下げさせた旨と、売主側は金曜日まで待つ旨のメールを送信
令和3年1月21日 ART氏が事業譲渡の条件をまとめたメールを送信。GMS氏が「昨日、あなたのメールでこの件は終わりました。」と返信し、ART氏が了承。委任が終了
令和3年1月29日 ELN氏がTRHに対象会社WPCの発行済み株式全部を譲渡し、買収が成立
令和3年5月27日 訴状送達の日の翌日(遅延損害金の起算日)
令和5年5月30日 東京地方裁判所が110万円の限度で請求を認容する判決

報酬をめぐる記載とメールの文言

本件では、報酬の取決めを記載した契約書は作成されていません。KSNが報酬合意の根拠としたのは、企業概要書の記載とメールのやり取りでした。以下は、判決本文が認定した記載とメールの文言を、判決本文のとおりに引用したものです(当事者の呼称は本記事の表記に置き換えています)。

企業概要書の記載

仲介手数料 1000万円

判決の認定では、この記載は企業概要書のうち、対象会社WPCの基本情報が記載されている箇所にありました。なお、KSNは、仲介手数料が1,100万円である旨が明記された企業概要書を交付したと主張していましたが、判決が認定した記載は上記のとおりです。

令和2年12月22日のメール(KSNからTRHへ)の結びの部分

これで〔ELN〕様の了解は得られそうです。
成功報酬は別途1,000万円+消費税をお願いしたいと思います。
いかがでしょう。
ご検討よろしくお願い致します。

引用中の〔ELN〕は、売主であるオーナー経営者ELN氏を指します。これに対するGMS氏の返信は、「宜しくお願いします。」の一文だけでした。

令和3年1月21日のメール(KSNからTRHへ)

事業譲渡につき、時間をかけ〔FJT〕様を説得致しました。
結果、〔FJT〕様に事業譲渡を受け入れて頂きましたので、ご報告させていただきます。
今後は〔TRH〕様の一事業部となります。
以上、御社側の意向は、金額、事業譲渡スキーム全て通りました。
事業譲渡の条件をまとめました。
・営業権 6000万円(消費税込みで6600万円)
・在庫 仕入価格(消費税別)
・弊社成功報酬 1000万円(消費税別)
よろしくお願い致します。

これに対し、GMS氏は「昨日、あなたのメールでこの件は終わりました。」と返信し、ART氏は「かしこまりました。先方にお断りをしておきます。よろしくお願い致します。」と返信しました。

原告の請求と当事者の主な主張

KSNの請求

KSNは、TRHに対し、次の請求をしました。

  • 主位的請求:報酬合意に基づく報酬1,100万円(消費税込み)及びこれに対する訴状送達の日の翌日である令和3年5月27日から支払済みまで民法所定の年3%の割合による遅延損害金
  • 予備的請求:商法512条に基づく相当報酬額として同額及び同じ遅延損害金

報酬合意の有無についての主張

KSNは、本件委任契約の締結に際し、GMS氏が、譲渡代金を1,000万円減額させたら1,100万円を支払う旨を述べて減額交渉を要請し、ART氏が承諾したと主張しました。そのうえで、次の2つの合意のいずれかが成立したと主張しました。

  • 主位的報酬合意:KSNが譲渡代金を1,000万円減額させることに成功し、かつ、KSNの働きにより買収が成立することを停止条件として、1,100万円を支払う合意
  • 予備的報酬合意:KSNが譲渡代金を1,000万円減額させることに成功し、かつ、買収が成立することを停止条件として、KSNの働きに応じた相当額を支払う合意

その根拠として、KSNは、12月22日のメールに「宜しくお願いします。」との返信があったこと、仲介手数料を記載した企業概要書を12月8日と9日の少なくとも2度交付したのに異議が述べられていないこと、令和3年1月7日の面談で仲介手数料を1,100万円とすることを確認したことを挙げました。

TRHは、いずれの合意も存在しないと主張しました。GMS氏は1,100万円を支払うと述べたことはなく、12月22日の返信は、報告された条件で買収に向けて交渉を進めてほしいという趣旨にすぎず、企業概要書の記載から直ちに報酬の合意が推認されるものでもない、というものです。

条件の成就と、条件成就の妨害についての主張

KSNは、DRS氏と交渉して譲渡代金を7,500万円から6,000万円に減額させることに成功し、委任の終了から8日後に買収が成立した以上、KSNの働きによって買収が成立したといえると主張しました。さらに、TRHは、報酬の支払を避けるため、KSNに交渉や減額交渉を行わせた後で、形式的に条件が満たされない状態を作り出そうと買収の中止を連絡し、KSNが関与する形での買収の成立を故意に妨げたのであるから、民法130条1項により条件が成就したものとみなされると主張しました。

TRHは、買収はKSNが進めていた事業譲渡とは全く異なる株式譲渡のスキームによるもので、委任の終了後に対象会社WPC側からの新たな申入れを発端として成立したものであると主張しました。また、委任は合意で終了したもので条件成就の妨害には当たらず、ART氏から2日以内に買収するよう迫られたために買収を断念したのであって、報酬の支払を回避するために終了を申し入れたのではないと主張しました。

相当報酬額についての主張

KSNは、買収の推進方法に関する助言(節税のためのスキームのシミュレーション、株式譲渡に変更された場合の譲渡額の検討)、交渉の仲介・調整と進捗管理、契約書の作成への着手、企業概要書と事業説明書の作成のための情報収集、譲渡代金の1,500万円の減額といった業務を行ったと主張し、過去のM&A案件で受領した手数料の額に照らしても、1,100万円が相当であると主張しました。

TRHは、2回の面談の場の調整と意向表明書の提出の仲介は認めましたが、それ以外の業務は行われていない、事業説明書は対象会社WPCの担当者が作成したもので、KSNの成果物は企業概要書だけであり、それも開示された情報を数ページにまとめたものにすぎない、これらの業務は買収の成立に全く影響していないと反論しました。

お手元の資料と経緯をお聞きし、進め方の順序をお示しします。

結論を左右した争点

判決は争点を4つに整理しました。

  1. 報酬合意の有無及び内容
  2. 報酬支払条件が成就したか
  3. TRHが報酬支払条件の成就を妨害したか
  4. KSNがTRHのためにした行為の内容及び相当報酬額

結論を左右したのは、第1の争点(報酬合意の有無)と第4の争点(商法512条の相当報酬額)です。裁判所は、報酬合意そのものを認めなかったため、条件の成就(第2の争点)と条件成就の妨害(第3の争点)については判断を示していません。

裁判所が認定した重要な事実と判断の枠組み

重視された事実

判決は、前提事実に加えて、事案の概要で述べた経緯(企業概要書の記載、メールのやり取り、他の買主候補への打診、委任の終了と株式譲渡による買収の成立)を認定しました。報酬額の判断との関係では、特に次の事実が重視されています(判決本文の認定事実の要約です)。

  • M&A仲介の業務は、売却希望者の発掘、売却希望者との個別面談、購入候補者への売り込み、交渉の仲介と買収方法の立案・調整の4局面に分けられ、KSNは、電話や飛込訪問によって売主側の経営者に直接働きかける売却希望者の発掘の局面に、経営資源の大半を投じていること。
  • 本件は、売主側アドバイザーDRS氏から買手候補の紹介を依頼された案件であったこと。

判断の枠組み

裁判所は、まず、KSNが主張する報酬合意(主位的報酬合意又は予備的報酬合意)が認められるかを、企業概要書の記載、メールの文言、KSN自身の行動、ART氏の供述の内容の自然さから検討しました。報酬合意が認められなかったため、次に、商法512条に基づく相当報酬の請求を検討しています。

商法512条の検討では、裁判所は、KSNの行為のうち、TRHのためにした行為と評価できるものを選び出し、そのうえで、それらの行為が買収の成立にどの程度寄与したかを勘案して報酬額を定めるという順序で判断しています。相当な報酬の額の決め方について、判決は次のとおり述べています。

「〔KSN〕が〔TRH〕のためにした行為に係る相当な報酬の額は、〔KSN〕が本件において現に行った業務内容及び本件の具体的な成果である本件買収の成立への寄与の有無・程度等を勘案して定められるべきものであって、過去のM&A案件における手数料の金額と本件における相当な報酬の額とは直接関係がないものといわざるを得ない。」

各主張を採用し又は排斥した理由

報酬合意―メールの文言からは、減額を条件とする合意も、確定額の合意も認められない

裁判所は、企業概要書に仲介手数料の記載があり、12月22日のメールに成功報酬を求める一文があり、GMS氏が「宜しくお願いします。」と返信したことを認めました。しかし、KSNが主張する、譲渡代金の減額を条件とする報酬の合意については、次のとおり、記載の内容がむしろ異なることを指摘しました。

「これらのやり取りの記載の中に、1000万円の減額を条件として1100万円を支払う旨の記載はなく、かえって、これらのやり取りによれば、譲渡金額の増減とは関連させずに一貫して確定額の報酬の支払を〔ART氏〕が〔GMS氏〕に対して求めていたことがうかがわれる。」

また、GMS氏の「宜しくお願いします。」との返信についても、裁判所は、簡潔な文言だけからその意味内容を正確に理解することは困難であるとしたうえで、次のように判断しました。

「〔ELN氏〕との価格交渉を進めてもらいたい旨の意向の表明であるとは解されるものの、それ以上に〔ART氏〕が提示する金額での報酬の支払に同意するとの確定的な意思を表示したとまで解することはできない。」

KSN自身の行動―報酬合意が確定的に成立したとは考えていなかったことがうかがわれる

裁判所は、KSNが少なくとも12月15日頃までは、DRS氏に対し、TRH以外の企業も買主候補として打診等していたこと、令和3年1月21日に委任の終了を伝えられた際にART氏が何らの異議も述べず、報酬の請求もしていないことを挙げ、次のように述べました。

「〔ART氏〕自身未だ〔GMS氏〕との間で報酬合意が確定的に成立していたとまでは考えていなかったことがうかがわれる。」

ART氏の供述―不自然であり採用できない

ART氏は、GMS氏が、譲渡代金を1,000万円減額させたら1,100万円を支払う旨を令和2年12月8日頃に、本件委任契約のフィーとして1,000万円を支払う旨を令和3年1月7日に、それぞれ述べたと供述していました。裁判所は、KSNの主張と供述を前提とすると、12月9日までに報酬合意が確定的に成立していたにもかかわらず、1月7日にGMS氏が改めて1,000万円を支払うと述べたことになり、「不自然の感を否めない」としました。

これらを総合して、裁判所はART氏の供述を採用せず、他に主位的報酬合意又は予備的報酬合意を認めるに足りる証拠はないとしました。そして、条件の成就と条件成就の妨害については、次のとおり判断を示しませんでした。

「争点2及び3について判断するまでもなく、〔KSN〕による報酬合意に基づく報酬支払請求は理由がない。」

商法512条―紹介や情報提供、面談の調整、意向表明書の仲介、助言は「被告のためにした行為」

次に、裁判所は、ART氏が行った次の行為を認定しました。

  • DRS氏から買手候補の紹介を依頼されたことを受け、TRHに対象会社WPCの買収を提案したこと
  • 自ら作成した企業概要書と、対象会社WPCから入手した事業説明書を交付したこと
  • 対象会社WPCの決算書を送り、営業利益額を報告したこと
  • 2回にわたってTRHと対象会社WPCとの面談の場を調整したこと
  • 意向表明書の提出を仲介したこと
  • 事業の引継ぎ後の税金負担や新しい役員の構成について助言したこと

そのうえで、裁判所は次のとおり判断しました。

「これらの〔ART氏〕の行為は、M&Aの仲介等を業とする〔KSN〕が、その営業の範囲内において〔TRH〕のためにした行為と評価することができるから、〔KSN〕は、これらの行為について、商法512条に基づき、〔TRH〕に対して、相当額の報酬を請求することができるというべきである。」

契約書の作成への着手と1,500万円の減額―買収の成立に寄与したとはいい難い

KSNは、買収に関する契約書の作成に着手していたこと、譲渡代金を1,500万円減額させることに成功したことも、TRHのためにした行為として主張しました。しかし、裁判所は、本件委任契約が買収の成立前に終了していたこと、本件委任契約で想定されていた事業譲渡とは異なる株式譲渡のスキームで買収が成立したことから、次のように判断しました。

「〔KSN〕の主張する上記各行為が本件買収の成立に寄与したとはいい難く、〔KSN〕が〔TRH〕のためにした行為であるとは評価し難い。」

株式譲渡額の検討―検討結果が伝えられていなければ「被告のためにした行為」ではない

KSNは、株式譲渡へのスキーム変更に備えて株式譲渡額を検討していたとも主張しました。これについて、裁判所は、「その検討結果が〔TRH〕に伝えられていたことの主張・立証はされていないから、これについても〔KSN〕が〔TRH〕のためにした行為であるとは評価し難い。」と判断しました。

相当報酬額―紹介と情報提供は相応に寄与したが、紹介案件であることを考慮して110万円

裁判所は、KSNによる対象会社WPCそのものの紹介や、対象会社WPCとその事業に関する情報提供等が、TRHが買収対象として対象会社WPCを認識し、買収を成立させることができたことに対して「相応に寄与したであろうことは否定し難い」としました。

もっとも、KSNは売却希望者の発掘に経営資源の大半を投じているのに対し、本件については、次のとおり指摘しました。

「本件は〔DRS氏〕の紹介案件であって、〔KSN〕が本件対象会社の発掘に独自に時間や労力を割いたものとはうかがわれない。」

裁判所は、これらの事情を主な事情として考慮し、その他買収の成立に関する一切の事情を斟酌して、相当な報酬の額を110万円と認めました。KSNが主張した1,100万円の10分の1に当たる金額です。

過去の手数料の実績―相当報酬額とは直接関係がない

KSNは、過去に手掛けた案件の仲介契約書の写しを証拠として提出し、ART氏は、優良な売手を発掘するために多くのコストを要すること、KSNが過去の案件で設定した仲介手数料は大手仲介会社の半分程度の額であることなどを根拠として、1,100万円が相当であると陳述しました。しかし、裁判所は、前記の判断の枠組みで引用したとおり、過去の案件の手数料の金額と本件の相当な報酬の額とは直接関係がないとして、この主張を採用しませんでした。

主文及び結論

判決の主文は、次のとおりです(ここでの「原告」はKSN、「被告」はTRHを指します)。

  1. 「被告は、原告に対し、110万円及びこれに対する令和3年5月27日から支払済みまで年3%の割合による金員を支払え。」
  2. 「原告のその余の請求を棄却する。」
  3. 「訴訟費用は、これを10分し、その1を被告の、その余を原告の各負担とする。」
  4. 「この判決は、第1項に限り仮に執行することができる。」

報酬合意に基づく1,100万円の請求は認められず、商法512条に基づく相当報酬として110万円とその遅延損害金の限度で、KSNの請求が認められました。

判断の射程―参考となる点と一般化できない点

以下は、判決の内容を踏まえた当事務所の評価です。裁判所が示した判断そのものとは区別してお読みください。

参考となる点

第1に、報酬の金額を記載した資料を交付し、報酬を求めるメールに相手方が「宜しくお願いします。」と返信していても、それだけでは報酬合意が認められない場合があることです。本判決は、返信の文言が簡潔であることから、価格交渉を進めてほしいという意向の表明にとどまると解しました。報酬の取決めを契約書にしないまま業務を始め、買収の成立と同時に契約書を作成する予定として先送りしていたことが、仲介会社に不利に働いたといえます。

第2に、報酬合意の成否の判断で、仲介会社自身の行動が重視されたことです。本判決は、仲介会社が並行して他の買主候補に打診していたことや、依頼を打ち切られた際に異議も報酬の請求もしなかったことから、仲介会社自身が報酬合意が成立したとは考えていなかったことがうかがわれるとしました。また、主張する合意の内容(譲渡代金の減額を条件とする報酬)と、メールに表れた内容(譲渡金額と関係のない確定額の報酬)が食い違っていたことも、合意を否定する理由になっています。

第3に、報酬合意が認められなくても、M&A仲介を業とする会社が依頼者のために行った行為については、商法512条に基づく相当な報酬を請求できるとされたことです。依頼者の側からみると、仲介会社との委任を打ち切った後に、仲介会社の紹介した相手と別のスキームで取引を成立させた場合でも、仲介会社が行った紹介や情報提供等について、報酬の支払義務を負う可能性があることになります。

第4に、相当報酬の額は、仲介会社の過去の手数料の実績や相場ではなく、その案件で現に行った業務と、取引の成立への寄与の有無・程度から定められたことです。本判決は、契約書の作成への着手や譲渡代金の減額のように、委任の終了や取引のスキームの変更によって取引の成立に結び付かなかった業務を、依頼者のためにした行為と評価しませんでした。依頼者に伝えられていない検討作業も同様です。さらに、他の仲介会社等からの紹介案件で、売却希望者の発掘に独自の労力を割いていないことが、報酬額を低くする主な事情として考慮されました。

一般化できない点

本判決は、報酬合意そのものが認められないとして、条件の成就(第2の争点)と、依頼者が条件の成就を妨げたかどうか(第3の争点、民法130条1項)について判断していません。依頼者が報酬の支払を免れるために仲介会社を外して取引を成立させた場合の扱いについて、本判決から一般的な結論を導くことはできません。

本件では、紹介案件であったことが報酬額を定める主な事情として考慮されたほか、委任が買収の成立前に終了し、取引のスキームも変わっていました。相当報酬の額110万円は、こうした本件の具体的な事情を前提に、裁判所が一切の事情を斟酌して定めたものです。請求額に対する割合や金額を、他の事案にそのまま当てはめることはできません。

また、本件は報酬を定めた契約書がない事案です。報酬の金額、発生の条件、委任の終了後に取引が成立した場合の報酬の扱いなどを契約書で定めていた場合には、まずその条項の解釈が問題となり、本判決とは判断の筋道が異なります。上訴の有無及び確定は確認できていないため、その点にも留意が必要です。

契約や交渉で確認しておきたいこと

仲介会社の側では、業務に着手する時点で、報酬の金額、発生の条件(どの契約の締結を基準とするか)、取引のスキームが変わった場合や、委任の終了後一定期間内に紹介先と取引が成立した場合の報酬の扱いを、書面で取り決めておくことが考えられます。依頼者の側では、仲介会社から資料や報酬の提示を受けた際に、返信の文言が報酬の承諾と受け取られないよう、報酬の条件を確認しているのか、交渉の継続を依頼しているのかを明確にしておくことが重要です。依頼を打ち切る場合も、打切りの時点までに仲介会社が行った業務の内容を記録で整理しておくと、その後に相当報酬を請求された場合の検討の材料になります。これらは本判決を踏まえた当事務所の着眼点であり、本判決が特定の条項例の有効性を判断したものではありません。

M&Aが成立しなかったのに、M&A仲介会社から手数料を請求された場合の対応は、次のページでご案内しています。

よくあるご質問

報酬の契約書がなくても、M&A仲介会社は報酬を請求できますか。

本判決では、報酬合意は認められませんでしたが、M&Aの仲介等を業とする会社が依頼者のために行った紹介や情報提供、面談の調整、意向表明書の仲介、助言について、商法512条に基づく相当な報酬が認められました。ただし、その額は、主張された報酬額の10分の1にとどまりました。

仲介会社の報酬の提示に「宜しくお願いします。」と返信したら、報酬に同意したことになりますか。

本判決では、簡潔な返信の文言だけから意味内容を正確に理解することは困難であるとして、価格交渉を進めてもらいたい旨の意向の表明とは解されるものの、提示された金額での報酬の支払に同意する確定的な意思表示とまではいえないとされました。もっとも、やり取りの前後の事情によって評価は変わり得るため、報酬の条件は明確に書面で確認しておくべきです。

仲介会社への依頼を打ち切った後に、紹介された会社を別の方法で買収した場合、報酬を支払う必要はありますか。

本判決では、依頼の打切りの8日後に、仲介会社が進めていた事業譲渡ではなく株式譲渡で買収が成立した事案で、仲介会社による紹介や情報提供等が買収の成立に相応に寄与したとして、商法512条に基づく相当報酬110万円の支払が命じられました。打切りの後に別のスキームで取引をしたことによって、報酬の支払義務を当然に免れるわけではありません。

相当報酬の額を決める際に、仲介会社の過去の手数料の実績は考慮されますか。

本判決は、相当な報酬の額は、その案件で現に行った業務の内容と、取引の成立への寄与の有無・程度等を勘案して定めるべきもので、過去の案件の手数料の金額とは直接関係がないとしました。また、他から紹介を受けた案件で、売却希望者の発掘に独自の労力を割いていないことが、報酬額を定める主な事情として考慮されました。

依頼者が報酬の支払を避けるために仲介会社を外した場合、条件が成就したものとみなされますか。

仲介会社は、民法130条1項により条件が成就したものとみなされると主張しましたが、本判決は、その前提となる報酬合意が認められないとして、この点を判断していません。報酬の発生条件を定めた合意がある事案では、別に検討が必要です。

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この記事の位置付け

M&A仲介会社と、仲介会社から買収案件の紹介を受けた買主側の双方に向けて、報酬の取決めを書面にしないまま依頼が打ち切られ、その直後に買収が成立した場面の判例を、報酬合意の成否と商法512条の相当報酬の観点から解説します。

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執筆者

弁護士法人M&A総合法律事務所 代表弁護士 土屋勝裕(東京弁護士会所属 登録番号26775)

長島・大野・常松法律事務所に在籍した後、慶應義塾大学ビジネス・スクール及びペンシルベニア大学ウォートン校に留学し、ファイナンス理論並びにM&A及び不動産を専攻しました。不動産投資信託(J-REIT)の上場案件に関与し、2024年(令和6年)10月には最高裁判所において株式買取請求権に関する逆転判決を得ました。現在は弁護士法人M&A総合法律事務所の代表弁護士を務めています。

主として取り扱う分野 M&A、株式買取請求権、非上場株式の価格の決定、企業価値評価、事業承継及び企業法務

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本記事の記載は一般的な法律情報であり、個別の事案に関する法律上の助言ではありません。記載した経歴は事実の記述であり、個別の事件の結果を保証するものではありません。

著書

非上場会社における少数株主対策の手法と実務
『非上場会社における少数株主対策の手法と実務』(日本法令)
中堅・中小企業のためのM&Aトラブル事例と実務対策
『中堅・中小企業のためのM&Aトラブル事例と実務対策』(清文社)
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