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M&Aアドバイザーの中間報酬とデューデリジェンス開始日・意向表明書の応諾日―東京地方裁判所令和5年7月18日判決

公開 2023年7月18日更新 2026年10月30日

▶ M&A仲介会社の善管注意義務が問題となる場面

買手側の依頼を受けたM&Aのアドバイザーが、基本合意にも至っていない段階で、契約書に定めた「中間報酬」を依頼者に請求した場面の判例です。東京地方裁判所令和5年7月18日判決は、中間報酬の支払時期を「基本合意締結日、本件取引に係る意向表明書の対象会社の応諾日又はデューデリジェンス開始日のいずれか早い日から5営業日以内」と定めた業務委託契約について、アドバイザーが対象会社の決算報告書と自ら作成した5か年計画を依頼者に送った時点でデューデリジェンスが開始したと評価し、対象会社の返信をもって意向表明書への応諾があったと評価して、中間報酬110万円(消費税込み)の請求を全部認めました。

判決本文は短く、争点も限られていますが、中間報酬の発生事由として契約書によく置かれる「デューデリジェンス開始」や意向表明書の「応諾」という言葉が、具体的な事実にどう当てはめられたかが分かる判決です。アドバイザーとして中間報酬を請求する立場の方にも、請求を受けた依頼者の立場の方にも参考になります。

Contents
  1. 裁判例の基本情報
  2. 当事者の表記
  3. 事案の概要―基本合意の前に、中間報酬の発生事由が満たされたか
    1. 買手側アドバイザーとしての業務委託契約
    2. 資料の提供と5か年計画の作成
    3. 意向表明書の作成・提出と、NGMの返信
  4. 事案の経緯の時系列
  5. 判断の前提となった契約条項
    1. 業務の範囲
    2. 中間報酬の額と支払時期
  6. 原告の請求と当事者の主な主張
    1. HSKの請求
    2. HSKの主な主張
    3. TRVの主な主張
  7. 結論を左右した争点
  8. 裁判所が認定した重要な事実と判断の枠組み
    1. デューデリジェンスは遅くとも12月14日に開始した
    2. NGMの返信は意向表明書への応諾に当たる
  9. 各主張を採用し又は排斥した理由
    1. 専門家による調査でなければデューデリジェンスではない、との主張―契約の業務範囲から排斥
    2. NGM側に取引の意思がなかった、との主張―事実に反するとして排斥
    3. 支払時期と金額
  10. 主文及び結論
  11. 判断の射程―参考となる点と一般化できない点
    1. 参考となる点
    2. 一般化できない点
    3. 契約や交渉で確認しておきたいこと
  12. よくあるご質問
    1. M&Aのアドバイザーとの契約で、取引が成立しなくても中間報酬を支払う必要がありますか。
    2. 「デューデリジェンス開始日」とは、弁護士や公認会計士の調査が始まった日のことですか。
    3. 対象会社が意向表明書を受け取ったと返信しただけで、「応諾」に当たりますか。
    4. 対象会社に元々売却の意思がなかった場合でも、中間報酬は発生しますか。
  13. 関連する記事と相談のご案内

裁判例の基本情報

裁判所 東京地方裁判所民事第6部
裁判日 令和5年7月18日
事件番号 令和5年(ワ)第6972号
裁判の形式 判決
審級 第一審
結論 原告(アドバイザー)の請求を全部認容(中間報酬110万円及び遅延損害金。仮執行宣言付き)
上訴の状況 上訴の有無及び確定は確認できていません

当事者の表記

判決に出てくる会社名・氏名は、本記事独自のイニシャルに置き換えています。判決が用いている符号も、そのままは使わずに次の表記へ置き換えています。

  • 原告:買手側の依頼を受けて、M&Aの取引に関する助言業務を受託した「M&Aアドバイザリー会社HSK」(以下「HSK」)。その代表者を「HSKの代表者RKO氏」とします。なお、依頼者側は訴訟の中でHSKを「仲介会社」と呼んでいます。
  • 被告:HSKに業務を委託した「買手候補の会社TRV」(以下「TRV」)。TRVの業種は判決本文からは明らかではありません。その代表者を「TRVの代表者FJM氏」とします。
  • 取引の対象:水耕栽培を手掛ける農業法人を「農業法人NGM」(以下「NGM」)とします。判決本文は、取引を、TRVがNGMの「理事権限を譲り受ける」取引と表現しています。NGMの代表者は「NGMの代表者」と表記します。

判決本文を引用する部分では、当事者の呼称を上記の表記に置き換え、置き換えた箇所を〔 〕で示しています。また、引用中の数字は算用数字の半角に改めています。

事案の概要―基本合意の前に、中間報酬の発生事由が満たされたか

買手側アドバイザーとしての業務委託契約

HSKとTRVは、業務委託契約を締結しました。判決本文は、契約の締結日を令和4年1月6日とし、この点に争いはないとしています。他方で、HSKの主張では、契約書は令和4年12月22日付けのものとされています。後に述べる相談の開始(令和4年12月9日)との前後関係は判決本文からははっきりしませんが、本記事では判決本文の記載をそのまま示します。

契約書では、HSKの業務は、TRVがNGMの理事権限を譲り受ける取引(判決は「本件取引」と呼んでいます)についての助言とされていました。取引の仕組みや買収価格の検討、デューデリジェンス対応、基本合意書・最終合意書の交渉、最終合意書等の作成、クロージングの手続などに関する助言が並べられる一方、法律助言は依頼者が別に依頼する弁護士が行うこととされ、金融商品取引法、税理士法、弁護士法その他の業法が必要な業務は含まれないとされていました。

報酬のうち中間報酬は100万円(消費税別)とされ、支払時期は、基本合意締結日、意向表明書の対象会社の応諾日、デューデリジェンス開始日のいずれか早い日から5営業日以内と定められていました。

資料の提供と5か年計画の作成

判決が認定した事実によれば、HSKは、令和4年12月9日にTRVから本件取引の相談を受けた後、TRVに対し、本件取引には競合が多いが、NGMの代表者はTRVへの譲渡を第一に希望していること、追加で希望する資料があれば伝えてほしいことを電子メールで連絡しました。TRVの代表者FJM氏は、12月13日、NGMの決算書の原本を追加資料として希望する旨を電子メールで伝えました。

これを受けて、HSKの代表者RKO氏は、12月14日、NGMの決算報告書と5か年計画を送付しました。あわせて、簿価ベースでは1.5億円の株式価値には届かないものの、農業は初期投資がかかって数年後から徐々に回収されるものであり、既に営業利益が出ている状態であること、1.5億円の根拠はNGMの代表者の投資分に水耕栽培のノウハウの価格を加えたものと共有を受けていることを、電子メールで伝えています。FJM氏は、12月15日、資料の送付を受けた旨を返信しました。

判決は、送付された決算報告書はNGM側のアドバイザーからHSKが送付を受けたものであり、5か年計画はNGMの資料を調査検討してHSKが作成したものであったと認定しています。

意向表明書の作成・提出と、NGMの返信

RKO氏は、12月20日、FJM氏の意向を聴取したうえで意向表明書の案を作成して送付し、FJM氏は、12月21日、修文した案を送り返しました。RKO氏は、これを確認し、FJM氏の了解を得て、意向表明書をNGMの代表者に送付しました。この意向表明書は、現時点でのTRVの意向を表明するもので、希望する協議のスケジュールや希望価格などを示したうえで、本件取引の協議に入ることを求める内容でした。

NGMの代表者は、12月22日、意向表明書を送付した旨のHSKからの電子メールへの返信として、意向表明書を受領したこと、記載されたスケジュールに沿ってお願いすることを連絡しました。

HSKは、TRVに対し、中間報酬の支払を求めて訴えを提起しました。基本合意や最終合意が結ばれたことは、判決本文には出てきません。

事案の経緯の時系列

日付 出来事
令和4年1月6日 HSKとTRVが業務委託契約を締結(判決本文の記載。争いなし)
令和4年12月9日 HSKがTRVから本件取引の相談を受け、競合が多いがNGMの代表者はTRVへの譲渡を第一に希望している旨等を連絡
令和4年12月13日 FJM氏が、NGMの決算書の原本を追加資料として希望する旨を連絡
令和4年12月14日 RKO氏が、NGMの決算報告書とHSK作成の5か年計画を送付し、株式価値の見通し等を説明(裁判所はこの時点までにデューデリジェンスが開始したと評価)
令和4年12月15日 FJM氏が資料の受領を返信
令和4年12月20日 RKO氏がFJM氏の意向を聴取し、意向表明書の案を作成・送付
令和4年12月21日 FJM氏が修文した案を送付。RKO氏が確認し、FJM氏の了解を得てNGMの代表者に意向表明書を送付
令和4年12月22日 NGMの代表者が、意向表明書を受領した旨及び記載されたスケジュールに沿ってお願いする旨を返信(裁判所は同日に応諾があったと評価)。業務委託契約書の日付もこの日(HSKの主張)
令和4年12月29日 HSKが中間報酬の請求ができるとした日(12月22日から5営業日目。判決もこの日以降の請求を認容)
令和5年7月18日 東京地方裁判所が請求を全部認容する判決

判断の前提となった契約条項

以下は、判決本文が業務委託契約書の内容として認定した記載に基づくものです。判決本文には条項の番号が示されておらず、契約書原本の条文をそのまま再現したものでもありません。当事者の呼称は本記事の表記に置き換えています。

業務の範囲

HSKが行う業務は、TRVがNGMの理事権限を譲り受ける取引(本件取引)について、次の助言等とする。

  • 本件取引スキームの検討に関する助言
  • 本件取引に係る買収価格検討に関する助言
  • TRVにおけるNGMのデューデリジェンス対応に関する助言
  • 本件取引に係る基本合意書及び最終合意書等に関する交渉の助言
  • 本件取引に係る最終合意書等の作成に関する助言(ただし、法律助言についてはTRVが別途依頼する弁護士が行う。)
  • 本件取引のクロージングに係る各種手続に関する助言
  • 本件取引に係る各業務に付随する補足的な助言及び補助

ただし、金融商品取引法、税理士法又は弁護士法その他業法が必要な業務は含まれない。

中間報酬の額と支払時期

中間報酬は100万円(消費税別)とし、次のいずれか早い日から5営業日以内に支払う。

  • 基本合意締結日
  • 本件取引に係る意向表明書の対象会社の応諾日
  • デューデリジェンス開始日

判決本文からは、「デューデリジェンス開始日」や「応諾日」について、契約書に定義があったかどうかは分かりません。また、中間報酬以外の報酬(成功報酬など)の定めや、取引が成立しなかった場合の中間報酬の扱いについても、判決本文には記載がありません。

原告の請求と当事者の主な主張

HSKの請求

HSKは、TRVに対し、業務委託契約に基づく中間報酬として110万円と、これに対する令和5年12月30日から支払済みまで年3%の割合による遅延損害金の支払を求めました。

HSKの主な主張

HSKは、次の2つの発生事由が満たされたと主張しました。

  • デューデリジェンスの開始:FJM氏が令和4年12月13日にNGMの決算書の原本の写しの交付を依頼し、遅くとも同日にNGMのデューデリジェンスを依頼した。HSKは翌14日に決算書を送信するなど様々な資料を提供し、その後も資料を提供し続けた。これらを踏まえると、契約書の日付である12月22日には、HSKがデューデリジェンスを開始したといえる。
  • 意向表明書の応諾:FJM氏の了解を得てNGMに意向表明書を送信し、NGMの理事が12月22日にこれを承諾した。HSKはその承諾をTRVに取り次ぎ、業務を完遂した。

そのうえで、中間報酬の請求権は、12月22日から5営業日目である12月29日には発生していると主張しました。

TRVの主な主張

TRVは、業務委託契約の締結は認めたうえで、HSKが12月22日にデューデリジェンスを開始したことを否認しました。TRVの求めに応じて資料を送信したからといってデューデリジェンスを開始したとはいえず、実際に開始したのであれば専門的な知識のある弁護士や公認会計士等に依頼することになるはずだが、「年末年始にそのようなことを受ける事務所があるわけがない」という主張です。

また、TRVは、答弁書や反論の書面で、NGM側は他とも話をしていると聞いている、NGMの希望金額とTRV側の金額に差があり話自体が難しい案件である、意向表明の段階では1億円から1億5000万円の話であり、3億2500万円でなければ売らないという話であれば金額が違う、「請求できる商品になっていない」などと述べました。判決は、これらの主張について「主張の趣旨が判然としない」としつつ、次のような主張と解しています。

「要するに、〔NGM〕側に元々本件取引の意思がなかった(少なくとも、〔TRV〕側と交渉し得る内容での取引の意思はなかった)のであるから、本件業務委託契約に基づく請求権が発生しない旨主張しているものと解される」

お手元の資料と経緯をお聞きし、進め方の順序をお示しします。

結論を左右した争点

判決が判断したのは、次の3点です。

  1. HSKによる資料の送付等が、中間報酬の発生事由である「デューデリジェンス開始」に当たるか。
  2. NGMの返信が、中間報酬の発生事由である意向表明書の「応諾」に当たるか。
  3. NGM側に元々取引の意思がなかったという事情があれば、中間報酬の請求権は発生しないといえるか。

裁判所が認定した重要な事実と判断の枠組み

裁判所は、契約書の記載と電子メールのやり取りから前記の事実を認定し、中間報酬の発生事由のうち、デューデリジェンス開始日と意向表明書の対象会社の応諾日の2つについて、それぞれ認定事実を当てはめました。基本合意締結日は問題とされていません。

デューデリジェンスは遅くとも12月14日に開始した

裁判所は、HSKがNGMから取得した決算報告書と、HSKが作成した5か年計画をTRVに送付した時点に着目し、次のように判断しました。

「〔HSK〕が、遅くとも、〔TRV〕に対して〔NGM〕から取得した決算報告書及び〔HSK〕で作成した5か年計画を送付した令和4年12月14日の時点で、本件取引に関するデューデリジェンスを開始したと評価でき」

HSKは12月22日にデューデリジェンスが開始したと主張していましたが、裁判所は、それより前の12月14日の時点で開始したと評価しています。

NGMの返信は意向表明書への応諾に当たる

意向表明書については、NGMが受領と、記載されたスケジュールで協議に入ることを伝えたことから、次のように判断しました。

「〔NGM〕が、同月22日に、当該意向表明書を受領し、記載されたスケジュールで協議に入ることに応じる旨連絡しているのであるから、同日、〔TRV〕の意向表明書に対して応諾したと評価できる」

前記のとおり、この意向表明書は、希望する協議のスケジュールや希望価格などを示したうえで、本件取引の協議に入ることを求めるものと認定されています。裁判所は、NGMが価格に同意したかどうかではなく、協議に入ることに応じたかどうかを見て、応諾があったと評価しています。

各主張を採用し又は排斥した理由

専門家による調査でなければデューデリジェンスではない、との主張―契約の業務範囲から排斥

TRVは、デューデリジェンスが開始されたのであれば公認会計士や弁護士などの専門家に依頼するはずだと主張しました。裁判所は、これをHSKがデューデリジェンスを行ったことを否認する趣旨と解したうえで、契約書の業務範囲に着目して、次のように判断しました。

「本件業務委託契約は、本件業務委託契約書の記載内容から明らかなように、公認会計士や弁護士などが必要となる業務は対象外とされているのであるから、上記〔TRV〕の主張には理由がないというべきである」

つまり、この契約でいうデューデリジェンスの開始は、弁護士や公認会計士による調査の開始を意味するものではなく、アドバイザーの業務の範囲で行われる資料の取得・分析と提供によって判断されたことになります。

NGM側に取引の意思がなかった、との主張―事実に反するとして排斥

裁判所は、HSKが、本件取引を前提としてNGM側から決算報告書などの資料の交付を受け、分析のうえでNGMの5か年計画を作成してTRVに交付して見通しを伝え、TRVの意向を踏まえて意向表明書を作成してNGMに提示し、NGMがこれに応諾する旨の返答をしていることを指摘しました。そのうえで、TRVの主張について、「〔TRV〕の上記主張が事実に反していることは明らかであり、採用できない」と判断しています。

判決は、NGMが他の相手方と並行して話を進めていたか、価格の差がどの程度あったかを個別に認定したうえで判断したのではありません。中間報酬の発生事由に当たる事実が認められる以上、取引の見通しについてのTRVの主張は、請求権の発生を妨げるものとはされませんでした。

支払時期と金額

以上から、裁判所は、HSKが主張する令和4年12月29日以降、TRVに対し、中間報酬として110万円(消費税込み)を請求できると判断しました。デューデリジェンスの開始は12月14日と評価されていますが、判決は、HSKが主張する12月29日以降の請求を認める形で判断しています。

主文及び結論

判決の主文は、次のとおりです(当事者の呼称は本記事の表記に置き換えています)。

「〔TRV〕は、〔HSK〕に対し、110万円及びこれに対する令和5年12月30日から支払済みまで年3分の割合による金員を支払え。」「訴訟費用は〔TRV〕の負担とする。」「この判決は、仮に執行することができる。」

アドバイザーであるHSKの請求は、全部認められました。なお、遅延損害金の起算日は、HSKが請求の趣旨で求めた令和5年12月30日とされています。判決本文の記載上、この日は判決の日より後の日付であり、中間報酬を請求できるとされた令和4年12月29日の翌日とも一致しません。判決はHSKが求めた日からの遅延損害金を認めたもので、この日付についての説明は判決本文にはありません。

判断の射程―参考となる点と一般化できない点

以下は、判決の内容を踏まえた当事務所の評価です。裁判所が示した判断そのものとは区別してお読みください。

参考となる点

第1に、「デューデリジェンス開始日」という発生事由が、契約で定められたアドバイザーの業務の範囲に照らして解釈されたことです。本件の契約は、弁護士や公認会計士を必要とする業務を対象外としていました。そのため、専門家による調査が始まっていないことは、デューデリジェンスが開始していないことの理由にならないとされ、アドバイザーが対象会社の決算報告書を取得し、資料を調査検討して5か年計画を作成し、依頼者に送付した時点で開始したと評価されました。依頼者の側から見ると、まだ本格的な調査をしていないという感覚の段階でも、契約上はデューデリジェンスが開始したと評価され得ることになります。

第2に、意向表明書の「応諾」が、取引条件への同意ではなく、意向表明書を受領し、記載されたスケジュールで協議に入ることに応じる旨の連絡によって認められたことです。本件の意向表明書は、協議に入ることを求める内容でした。対象会社の返信が短いものであっても、協議入りに応じる趣旨が読み取れれば、応諾と評価される可能性があることを示しています。

第3に、中間報酬の発生事由に当たる事実が認められる場合には、その後に取引の見通しが悪くなったことや、対象会社の希望価格との差が大きかったことを理由に、支払を拒むのは難しいということです。本件では、TRVの主張は事実に反するとして退けられました。本判決は、取引の見通しを問題とせず、契約で定めた段階に達したかどうかによって中間報酬の請求を判断しており、取引の成立を条件とする成功報酬とは異なる扱いをしているといえます。

第4に、「いずれか早い日」という定め方の効果です。複数の発生事由のうち最も早いものが基準となるため、本件では、基本合意に至る前のデューデリジェンス開始と意向表明書への応諾によって、中間報酬の支払時期が到来したと判断されました。

一般化できない点

本判決は短い判決で、依頼者の主張について判決自身が「主張の趣旨が判然としない」と述べており、発生事由の解釈について双方が詳しく論じ合った事案ではありません。デューデリジェンスの開始の評価についても、業務の範囲から専門家の業務が除かれていたという契約の内容と、対象会社側から決算報告書を取得し、アドバイザーが5か年計画を作成したという具体的な事実に基づいています。契約書に「デューデリジェンス開始日」の定義があり、例えば依頼者が委託した専門家の調査の開始などと定めていた場合や、アドバイザーが資料を単に転送しただけの場合には、結論が異なり得ます。

また、応諾の評価も、本件の意向表明書が協議入りを求める内容であったことと、対象会社の返信の内容に基づくものです。意向表明書の内容や返信の文言が異なれば、別の判断になる可能性があります。中間報酬が取引不成立の場合に返還されるかどうかや、アドバイザーの業務の質が報酬に影響するかどうかについて、判決は判断を示していません。上訴の有無及び確定は確認できていないため、その点にも留意が必要です。

契約や交渉で確認しておきたいこと

依頼者の側では、アドバイザーとの契約を結ぶ際に、中間報酬の発生事由と、それぞれの事由が何を指すのか(デューデリジェンス開始とは誰が何をした時点か、応諾とは何に同意した時点か)を確認し、必要であれば定義を置くことが考えられます。対象会社の資料を求めたり、意向表明書の提出を了解したりする前に、それによって中間報酬が発生するかどうかを確かめておくことも大切です。アドバイザーの側では、資料の取得・分析・送付の経過や、意向表明書に対する対象会社の返答を、電子メール等の記録で残しておくことが、発生事由の立証に役立ちます。これらは本判決を踏まえた当事務所の着眼点であり、本判決が特定の条項例の有効性を判断したものではありません。

M&Aが成立しなかったのに、M&A仲介会社から手数料を請求された場合の対応は、次のページでご案内しています。

よくあるご質問

M&Aのアドバイザーとの契約で、取引が成立しなくても中間報酬を支払う必要がありますか。

契約の定め方によります。本件の契約は、基本合意締結日、意向表明書の対象会社の応諾日、デューデリジェンス開始日のいずれか早い日から5営業日以内に中間報酬を支払うと定めており、裁判所は、基本合意の前の段階で発生事由が満たされたとして、中間報酬110万円の請求を認めました。取引の成否とは別に、契約で定めた段階に達したかどうかが問題になります。

「デューデリジェンス開始日」とは、弁護士や公認会計士の調査が始まった日のことですか。

本判決では、そうは解されませんでした。契約上、弁護士や公認会計士を必要とする業務がアドバイザーの業務から除かれていたことから、アドバイザーが対象会社の決算報告書と自ら作成した5か年計画を依頼者に送付した時点で、デューデリジェンスが開始したと評価されています。契約書に別の定義がある場合は、その定義によって判断されることになります。

対象会社が意向表明書を受け取ったと返信しただけで、「応諾」に当たりますか。

本件では、対象会社が、意向表明書を受領したことに加えて、記載されたスケジュールに沿ってお願いする旨を返信しており、裁判所は、協議に入ることに応じたものとして応諾を認めました。単に受け取ったことを知らせるだけの返信で同じ評価になるかは、返信の内容と意向表明書の内容によります。

対象会社に元々売却の意思がなかった場合でも、中間報酬は発生しますか。

本件で依頼者はそのように主張しましたが、裁判所は、対象会社側から資料が提供され、意向表明書に応諾する旨の返答があったことから、主張は事実に反するとして採用しませんでした。対象会社に取引の意思がなかったことを示す具体的な事実がある場合にどう判断されるかは、本判決からは明らかではありません。

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この記事の位置付け

M&Aのアドバイザーと、その依頼者である買手側の双方に向けて、基本合意の前の段階で中間報酬の発生が争われた場面の判例を、デューデリジェンス開始日と意向表明書の応諾日の解釈の観点から解説します。

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執筆者

弁護士法人M&A総合法律事務所 代表弁護士 土屋勝裕(東京弁護士会所属 登録番号26775)

長島・大野・常松法律事務所に在籍した後、慶應義塾大学ビジネス・スクール及びペンシルベニア大学ウォートン校に留学し、ファイナンス理論並びにM&A及び不動産を専攻しました。不動産投資信託(J-REIT)の上場案件に関与し、2024年(令和6年)10月には最高裁判所において株式買取請求権に関する逆転判決を得ました。現在は弁護士法人M&A総合法律事務所の代表弁護士を務めています。

主として取り扱う分野 M&A、株式買取請求権、非上場株式の価格の決定、企業価値評価、事業承継及び企業法務

所在地 〒105-6017 東京都港区虎ノ門4丁目3番1号 森トラスト城山トラストタワー17階/電話番号 03-6435-8418/受付時間 8:00-21:00(土日祝含む)

本記事の記載は一般的な法律情報であり、個別の事案に関する法律上の助言ではありません。記載した経歴は事実の記述であり、個別の事件の結果を保証するものではありません。

著書

非上場会社における少数株主対策の手法と実務
『非上場会社における少数株主対策の手法と実務』(日本法令)
中堅・中小企業のためのM&Aトラブル事例と実務対策
『中堅・中小企業のためのM&Aトラブル事例と実務対策』(清文社)
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