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事業譲渡における収益見込みの説明不足と詐欺・信義則上の説明義務・公序良俗違反の成否―東京地方裁判所令和5年9月11日判決

公開 2023年9月11日更新 2026年10月30日

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会社の株式譲渡を持ち掛けられ、高い売上高と経常利益の見込みを聞かされて交渉を進めたのに、途中で事業譲渡に切り替わり、実際に引き渡されたのは立ち上げたばかりのポータルサイトだけだった。この場合、買主は、売主側の説明が詐欺や説明義務違反に当たるとして、支払った対価の賠償を求めることができるのでしょうか。東京地方裁判所令和5年9月11日判決は、医学部予備校に関する事業を譲り受けた薬局M&A支援会社が、売主側の会社2社とその代表者に1,958万3,500円の支払を求めた事案で、請求を棄却しました。

本判決は、売主側の代表者の説明について、事業譲渡後の事業から収益を上げられる可能性とその根拠に関する説明が不十分であったことは否めないと認めました。しかし、譲渡対象が実績のない新規事業であることについては事実に即した説明がされ、積極的な虚偽はないとして欺罔行為を否定し、買主側の事業者性や交渉の経緯から、情報の格差を解消する信義則上の説明義務も否定しています。事業の買収で、売主側の収益見込みの説明を信じて取引を決めた買主の方にも、事業を売り渡す側の方にも、説明の在り方と確認の在り方の両面で参考になる判決です。

Contents
  1. 裁判例の基本情報
  2. 当事者の表記
  3. 事案の概要―株式譲渡の提案から事業譲渡へ切り替わり、引き渡されたのはポータルサイトだった
    1. M&Aの仲介を行うウェブサイトでの応募が交渉の端緒
    2. 高い売上高と経常利益の見込みを示した株式譲渡の提案
    3. 株式譲渡から事業譲渡への切替えと契約の締結
    4. 引渡し後まもなく白紙撤回を求め、代金の返還を求めた
  4. 事案の経緯の時系列
  5. 判断の前提となった契約書の記載と提示された条件
    1. 事業譲渡契約書―譲渡対象事業
    2. 令和2年5月15日のメールで提示された事業譲渡の条件
    3. 事業譲渡後の作業についてのFKD氏の連絡
  6. 当事者の請求と主要な主張
    1. KJTの請求
    2. KJTの主な主張
    3. 売主側の3者の主な主張
  7. 結論を左右した争点
  8. 裁判所が認定した重要な事実と判断の枠組み
    1. 重視された事実
    2. 欺罔行為の判断―説明の不十分さと積極的な虚偽を区別する
    3. 説明義務の判断―情報の格差を解消する信義則上の説明義務を負うか
  9. 各主張を採用し又は排斥した理由
    1. 欺罔行為の主張―新規事業であることは事実に即して説明されていた
    2. 情報提供義務違反の主張―買主の事業者性と交渉の経緯から説明義務を否定
    3. 予備的請求―解除の前提となる詐欺・債務不履行が認められない
    4. 公序良俗違反の主張―属人性の高い事業でも、譲り受けたのは買主の経営判断
  10. 主文及び結論
  11. 判断の射程―参考となる点と一般化できない点
    1. 参考となる点
    2. 一般化できない点
  12. よくあるご質問
    1. 売主側から聞いた売上高や利益の見込みが外れた場合、詐欺として代金の賠償を求められますか。
    2. 売主側の方が業界の経験が豊富だった場合、売主側に説明義務が認められますか。
    3. 交渉の途中で株式譲渡から事業譲渡に切り替わった場合、何に注意すべきですか。
    4. 譲り受けた事業が売主個人の人脈や経験に頼るものだった場合、事業譲渡は無効になりますか。
  13. 関連する記事と御相談のご案内

裁判例の基本情報

裁判所 東京地方裁判所民事第4部
裁判日 令和5年9月11日
事件番号 令和4年(ワ)第7618号
裁判の形式 判決
審級 第一審
結論 買主(原告)の請求を棄却。訴訟費用は買主の負担
上訴の状況 判決本文に控訴・確定の記載はなく、上訴の有無及び確定は確認できていません

この表は、判決本文の冒頭及び末尾の記載に基づいて当事務所が作成したものです。

当事者の表記

判決に出てくる会社名・氏名は、本記事独自のイニシャルに置き換えています。判決が用いている符号も、そのままは使わずに次の表記へ置き換えています。判決本文を引用する部分では、当事者の呼称を次の表記に置き換え、置き換えた箇所を〔 〕で示しています。

本記事の表記 立場
買主である薬局M&A支援会社KJT(以下「KJT」) 原告。薬局の開業支援や薬局のM&A等を業とする株式会社で、事業を譲り受けた側です
KJTの代表者HSM氏(以下「HSM氏」) 原告の代表者。薬局に勤務する傍ら、KJTを設立して薬局の売買等をしていました
医学部予備校運営会社NVK(以下「NVK」) 被告の1社。医学部専門の予備校を経営する株式会社で、当初は株式譲渡の対象とされた会社です。HSM氏との間でライセンス譲渡契約書を取り交わし、ウェブサイト制作費等の支払先とされました。その後、商号を変更し、解散しています
教育サイト運営会社WLP(以下「WLP」) 被告の1社。教育、受験サイトの運営等を行う会社で、KJTとの間で事業譲渡契約書を取り交わし、事業譲渡の対価の支払先とされました。その後、商号を変更し、合同会社から株式会社に組織変更しています
売主側の経営者FKD氏(以下「FKD氏」) 被告の1名。NVKの代表取締役(令和3年12月1日に辞任)であり、WLPの代表者でもあります。医学部受験指導30年の経験を標榜していました
事業ブランドLQM(以下「LQM」) 譲渡対象として挙げられた事業の名称
名称RVN(以下「RVN」) 事業譲渡契約書の譲渡対象に、LQMへのフランチャイズ契約の主体として記載された名称。判決本文にはその性質の説明がありません

以下では、NVK、WLP及びFKD氏の3者をまとめて「売主側の3者」と呼ぶことがあります。判決本文では、この3者は「被告ら」と表記されています。

事案の概要―株式譲渡の提案から事業譲渡へ切り替わり、引き渡されたのはポータルサイトだった

M&Aの仲介を行うウェブサイトでの応募が交渉の端緒

HSM氏は、令和元年11月頃にKJTを設立し、薬局に勤務する傍ら、薬局の売買等をしていました。令和2年3月頃、HSM氏は、事業承継及びM&Aの仲介を行うウェブサイト上でFKD氏が募集していた医学部予備校の事業等の譲渡に応募し、FKD氏と面談等をして交渉しましたが、このときは合意に至りませんでした。

高い売上高と経常利益の見込みを示した株式譲渡の提案

令和2年5月1日、FKD氏はHSM氏に対し、メールで、医学部予備校を柱にした別事業・別会社の株式譲渡の案件があり、こちらの方がシンプルで異業種参入が容易ではないかとして、事務所訪問を提案しました。HSM氏はこれに応じ、譲渡対価として約3,000万円を提案するとともに、初年度のKJTの収支は気にしていない旨を返信しました。FKD氏は同日、譲渡する会社は医学部予備校や教材を斡旋する会社で、今期の経常利益は4,000万円から5,000万円の見込みであり、HSM氏でも扱いやすい会社であると思うなどと返信しています。

5月7日、HSM氏はNVKの事務所を訪問し、FKD氏から、今期の売上高は7,000万円、経常利益は4,000万円の予想であること、全国の医学部予備校・塾に生徒を斡旋する事業と予備校のリモート化を提案するコンサル事業を新規事業として進めていること、現状であれば全株式の譲渡対価は1,500万円及び預金残高とすること、新規事業開始後の希望対価は4,500万円から7,500万円を検討していること、新規事業開始後の来期の売上高は8,000万円、経常利益は6,000万円を想定していることなどの説明を受けました。

5月15日、HSM氏が令和2年6月から9月までの売上高等を尋ねたのに対し、FKD氏は、斡旋先の受講料の10%から15%の売上げが入るため、例えば5名の斡旋があれば300万円、リモート授業のコンサル単価10万円で予備校20校であれば200万円の、合計500万円の売上げの可能性が考えられると思う旨を返信しました。

株式譲渡から事業譲渡への切替えと契約の締結

同じ5月15日、FKD氏は、HSM氏から株式譲渡後に顧問税理士を直ちに変更し、従業員を解雇する意向であると聞き、メールで「今回、株式譲渡ではなく事業譲渡の方が絶対的に有利だと思います。」と記載して、事業譲渡の条件を提示しました。HSM氏はこれを了承し、KJTは、NVKの株式ではなく事業の譲渡を受けることになりました。

5月16日、FKD氏は、事業譲渡の対価の支払先をWLP、ウェブサイト制作費等の支払先をNVKとする旨を連絡しました。HSM氏はNVKの1期分の決算書の開示を求め、FKD氏は翌17日、令和元年9月期の決算書の一部を送付しています。

KJTは、5月20日付けで、WLPとの間で事業譲渡契約書を、NVKとの間でライセンス譲渡契約書をそれぞれ取り交わし、同月27日までに、WLPに1,650万円を、NVKに86万3,500円を支払いました。

引渡し後まもなく白紙撤回を求め、代金の返還を求めた

6月3日、HSM氏はNVKの本店所在地の事務所でFKD氏と面会し、NVKのポータルサイトの引渡しを受けました。その際、FKD氏からは、まずはウェブサイトを充実させ、その後に医学部予備校に営業活動をしていくとの説明を受けています。

しかし、HSM氏は6月17日、毎月約100万円を回収できる見込みのある別件(グループホーム)がある一方で、NVKの事業では売上げがすぐに立たないなどとして、NVKの株式譲渡について問い合わせました。FKD氏は「失礼ながら少々早過ぎる気がします」としたうえで、再譲渡したいのであれば検討する旨を返信しました。翌18日、HSM氏は、売上げの立たないウェブサイトの譲渡の対価が1,500万円では見合わないなどとして事業譲渡等の白紙撤回を求めましたが、FKD氏は、ウェブサイト以外にもLQMのブランド、FKD氏の信用の一部、ノウハウを譲渡したものであって高額だとは思わないとし、再譲渡には協力する旨を返信しました。売主側の3者は白紙撤回に応じていません。

6月21日、FKD氏は、HSM氏の求めに応じて、NVKの令和元年3月時点での生徒の入会状況に関する資料と事業計画書案を送付し、HSM氏は、最初から当該構想を伝えられていれば何ら問題がなかった旨を返信しました。その後、HSM氏は8月27日、支払済みの代金総額の返還を求め、同意が得られないのであれば民事・刑事で行動に移す旨のメールを送信しました。

KJTは、FKD氏が譲渡する事業の収益事情について不適切な説明をするなどして欺罔し、事業譲渡を受けることを決意させたとして、売主側の3者を訴えました。

事案の経緯の時系列

日付 出来事(判決本文の前提事実及び認定事実による)
令和元年11月頃 HSM氏がKJTを設立。薬局に勤務する傍ら、薬局の売買等を行う
令和2年3月頃 HSM氏が、M&Aの仲介を行うウェブサイト上でFKD氏が募集していた医学部予備校の事業等の譲渡に応募。面談等をしたが合意に至らず
令和2年5月1日 FKD氏が、医学部予備校を柱にした別事業・別会社(NVK)の株式譲渡を提案。HSM氏は約3,000万円の対価を提案し、初年度の収支は気にしていないと返信。FKD氏は今期の経常利益4,000万円から5,000万円の見込みと返信
令和2年5月7日 HSM氏がNVKの事務所を訪問。今期の売上高7,000万円・経常利益4,000万円の予想、新規事業、全株式の譲渡対価1,500万円及び預金残高などの説明を受ける
令和2年5月15日 FKD氏が、6月から9月までの売上げの可能性を合計500万円と返信。同日、株式譲渡ではなく事業譲渡を提案し、HSM氏が条件を了承
令和2年5月16日 対価の支払先をWLP、ウェブサイト制作費等の支払先をNVKとする旨の連絡。HSM氏が1期分の決算書の開示を求める
令和2年5月17日 FKD氏が令和元年9月期の決算書の一部を送付
令和2年5月20日付け KJTとWLPが事業譲渡契約書を、KJTとNVKがライセンス譲渡契約書を取り交わす(事業譲渡の日は6月1日)
令和2年5月27日まで KJTがWLPに1,650万円、NVKに86万3,500円を支払う
令和2年5月20日、29日、6月1日 FKD氏が、事業譲渡後の作業内容をメールで連絡
令和2年6月3日 HSM氏がポータルサイトの引渡しを受ける
令和2年6月17日 HSM氏がNVKの株式譲渡について問い合わせ。FKD氏は少々早過ぎるとしつつ再譲渡の検討に言及
令和2年6月18日 HSM氏が事業譲渡等の白紙撤回を求めるが、売主側の3者は応じず
令和2年6月21日 FKD氏が生徒の入会状況に関する資料と事業計画書案を送付
令和2年8月27日 HSM氏が支払済みの代金総額の返還を求めるメールを送信
令和5年9月11日 東京地方裁判所が請求を棄却する判決

判断の前提となった契約書の記載と提示された条件

判決本文には、事業譲渡契約書の条文の全体は記載されていません。以下は、判決本文に記載された範囲で、契約書の記載と、FKD氏がメールで提示した条件を示したものです。引用中の名称は本記事の表記に置き換えています。

事業譲渡契約書―譲渡対象事業

〈1〉〔LQM〕の行う医学部予備校・塾の斡旋の事業

〈2〉〔RVN〕の〔LQM〕へのフランチャイズ契約

判決本文によれば、KJTとWLPとの間の事業譲渡契約書には、譲渡対象事業として上記の2つが記載され、事業譲渡の日は令和2年6月1日とされていました。上記の文言は、判決本文が契約書の記載として「 」で示した部分によるものです。

令和2年5月15日のメールで提示された事業譲渡の条件

(ア)事業譲渡の対価は、譲渡金300万円及び事業企画料(ロイヤリティー)1,200万円の合計1,500万円

(イ)譲渡対象は、〔LQM〕事業、専用ウェブサイト、〔NVK〕の医学部系コンサル事業

(ウ)事務所は一定期間現状のオフィスで〔FKD氏〕が対応する

(エ)ウェブサイト制作費の残代金30万円前後と初期記事入力代金50万円を〔HSM氏〕が負担する

(オ)〔FKD氏〕の顧問料は月額20万円とする

これは、判決が「概略、以下のとおりの条件」として整理したものであり、契約書の条文ではありません。HSM氏はこの条件を了承しました。なお、合意された対価1,500万円と、KJTがWLPに支払った1,650万円との関係について、判決本文は説明していません。

事業譲渡後の作業についてのFKD氏の連絡

FKD氏は、契約書を取り交わした5月20日、HSM氏に対し、事業譲渡後の作業として、予備校の斡旋に関しては、医学部予備校・塾の各校へのオンライン営業、ウェブサイトへの週1回以上のブログ記事のアップロード、予備校紹介サイトへの広告掲載があり、医学部関連のコンサル事業としては、HSM氏でも対応できる事項のウェブサイトへの掲載と検索結果の上位表示のための対策があって、適宜FKD氏が相談に乗るなどと連絡しました。5月29日と6月1日にも同じ趣旨のメールを送信しています。

当事者の請求と主要な主張

KJTの請求

KJTは、売主側の3者に対し、1,958万3,500円及びこれに対する令和2年10月1日から支払済みまで年3分の割合による遅延損害金の支払を求めました。主位的には不法行為による損害賠償請求権に基づき、予備的には、事業譲渡に関する契約が詐欺、錯誤ないし債務不履行により解除されたことによる原状回復請求権に基づく請求です。KJTが主張した金額の内訳は次のとおりです。

項目 金額(KJTの主張)
WLPに支払った金員 1,694万円(事業譲渡代金1,650万円及び業務委託料44万円の合計額)
NVKに支払った金員 86万3,500円(ウェブ制作費55万円及び外注費31万3,500円の合計額)
弁護士費用 178万円
合計 1,958万3,500円

KJTの主な主張

KJTは、FKD氏に欺罔行為ないし著しい情報提供義務違反があると主張しました。その内容は次のとおりです。

  • FKD氏は、既に事業譲渡済みの既存事業を、あたかもまだ売主側が所有する事業であるかのように偽り、令和2年9月期の売上高は7,000万円、経常利益は4,000万円を見込んでいる実績のある事業で、年間20名程度の生徒を確保でき、年間売上高は5,000万円で、新規事業開始後は第三者への事業譲渡の対価は4,500万円から7,500万円が相当であるなどの不適切な説明をした。
  • 実際に引き渡された事業は、医学部予備校に関する新規作成のポータルサイトにすぎず、競合サイトが複数ある中で同種のポータルサイトを立ち上げても利益が出るはずはなく、事業の実態がなかった。
  • このような実態を知っていれば、1,650万円もの高額な対価を支払うことはなかった。
  • FKD氏は、当初は価値の大きい既存事業と価値の未定の新規事業を株式譲渡すると説明していたのに、株式譲渡から事業譲渡に方式を変更することを奇貨として、譲渡対象を価値の未定の新規事業だけにした。

KJTは、あわせて、譲渡対象の事業はFKD氏の人脈や知識経験を背景とする特殊な個人的技能による属人性の高いもので、およそ事業譲渡の方法で他社に移転できるものではなく、事業譲渡を行うこと自体が著しく公序良俗に反し、不法行為に当たるとも主張しました。

売主側の3者の主な主張

売主側の3者は、KJTの主張を否認ないし争い、次のとおり主張しました。

  • NVKで既に譲渡済みの事業は予備校の運営であり、予備校経営が事業内容に含まれないことはHSM氏も知っていた。株式譲渡の提案時のNVKの事業は、医学部系のコンサル事業、すなわち医学部受験生の親から志望校や受験勉強に関する相談に応じて助言する事業であった。
  • KJTに譲渡した事業は立ち上げ準備中の新規事業であったから、実績がないのは当然であり、NVKの令和2年9月期の売上高は予想に反していなかった。
  • 「事業譲渡においては、譲受人はデューデリジェンスや表明保証といった手段を講じることができるから、譲渡人が信義則上の情報提供義務を負うことはない」。

損害額についても、売主側の3者は、不知、否認ないし争うとしました。

お手元の資料と経緯をお聞きし、進め方の順序をお示しします。

結論を左右した争点

判決は、争点を、(1)欺罔行為ないし著しい情報提供義務違反の有無、(2)KJTの損害額の2つに整理しました。結論を左右したのは(1)であり、裁判所は、次の2つの段階に分けて検討しています。

  1. FKD氏の説明に、KJTを欺く欺罔行為があったといえるか。
  2. 欺罔行為に当たらないとしても、説明の不十分さについて、売主側の3者に著しい情報提供義務違反、すなわち情報収集能力及び情報分析能力等の格差を解消する信義則上の説明義務の違反が認められるか。

裁判所は、いずれも否定したうえで、予備的請求の解除も認められないとし、損害額の争点は判断しませんでした。また、事業譲渡そのものが公序良俗に反するとのKJTの主張についても、末尾で判断を示しています。

裁判所が認定した重要な事実と判断の枠組み

重視された事実

判決は、前提事実に加え、証拠及び弁論の全趣旨により、事案の概要で述べた交渉の経緯を認定しました。そのうち、判断の理由の中で裁判所が引用した事実は、次のとおりです(判決本文の認定事実の要約です)。

  • FKD氏は、譲渡の対象となるNVKについて、「医学部予備校を柱にした別事業・別会社」ないし「医学部予備校や教材を斡旋する会社」と説明していたこと。
  • FKD氏は、NVKが「全国の医学部予備校・塾に生徒を斡旋する事業とそれらの予備校のリモート化を提案するコンサル事業を新規事業として進めて」いると説明していたこと。
  • FKD氏が事業譲渡の条件として示した譲渡対象は、LQM事業、専用ウェブサイト、NVKの医学部系コンサル事業であり、事業譲渡契約書にも、譲渡対象として、LQMの行う医学部予備校・塾の斡旋の事業と、RVNのLQMへのフランチャイズ契約が記載されていたこと。
  • KJTは薬局の売買を行う株式会社であり、交渉は、HSM氏がFKD氏の募集する別件の医学部予備校の事業等の譲渡に応募したことを端緒として始まったこと。
  • HSM氏は、譲渡対価として約3,000万円を提案したり、初年度の収支は気にしていないとしたりして、NVKの事業に多大な関心を寄せ、FKD氏に頻繁に問合せや面談をしていたこと。
  • HSM氏は、事業譲渡後の作業の内容等についても、ある程度の説明を受けていたこと。
  • FKD氏は医学部受験指導30年の経験を標榜しており、他方、KJTには医学部予備校に関する分野の経験が乏しかったと考えられること。

欺罔行為の判断―説明の不十分さと積極的な虚偽を区別する

裁判所は、まず、FKD氏の説明に不十分な点があったことを認めました。FKD氏は、NVKの今期の売上高は7,000万円、経常利益は4,000万円と予想され、新規事業開始後の来期の業績もこれを上回るなどと説明しながら、NVKの現在の高収益を生み出す根拠となっている事業が何であるかについて具体的な説明をしていませんでした。判決は、FKD氏が「異業種参入が容易」、「原告代表者でも扱いやすい」(「原告代表者」はHSM氏を指します)と述べ、事業譲渡後3か月間でも売上げの可能性はあると発言していたことにも照らし、次のように述べています。

「事業譲渡後の〔NVK〕の事業から収益が上げられる可能性及びその根拠に関する説明が不十分であったことは否めない」

しかし、裁判所は、上記の重視された事実のとおり、FKD氏が譲渡対象を新規事業として説明し、契約書にもそのように記載されていたことから、次のとおり判断しました。

「〔FKD氏〕は、一応、〔KJT〕に譲渡する事業が、未だ実績のない新規事業であることについて、事実に即した説明をしているというべきであり、その説明内容に積極的な虚偽は見受けられない」

そして、説明に不十分な点があることを踏まえても、「〔FKD氏〕に〔KJT〕に対する欺罔行為があったとまでは認めることはできない」と結論付けました。

説明義務の判断―情報の格差を解消する信義則上の説明義務を負うか

次に、裁判所は、説明の不十分さについて、売主側の3者に著しい情報提供義務違反が認められるかを検討しました。判決は、重視された事実のうち、KJTの事業者としての立場、交渉の端緒、HSM氏の関心の大きさと問合せ・面談の頻度、事業譲渡後の作業についての説明を挙げ、FKD氏が医学部受験指導30年の経験を標榜する一方でKJTに医学部予備校の分野の経験が乏しかったと考えられることを考慮しても、次のように述べました。

「〔売主側の3者〕が、〔KJT〕に対し、情報収集能力及び情報分析能力等の格差を解消する信義則上の説明義務を負うとまでは認めることはできない」

つまり、本判決は、売主側に専門性や経験の優位があることを認めつつ、買主が事業者であることや、買主が自ら強い関心を示して交渉を進めた経緯を重く見て、情報の格差を解消するための説明義務までは課されないと判断したものです。

各主張を採用し又は排斥した理由

欺罔行為の主張―新規事業であることは事実に即して説明されていた

KJTは、FKD氏の説明では既存の事業の収益状況が極めて良好で将来も有望であったのに、実際に受け取ったのは新規に立ち上げたポータルサイトだけで、およそ利益を上げられるものではなかったと主張しました。裁判所は、収益の可能性とその根拠についての説明が不十分であったことは認めましたが、譲渡対象が実績のない新規事業であることは、メールでの説明、事務所訪問時の説明、提示された条件及び事業譲渡契約書の記載によって示されていたとして、積極的な虚偽はなく、欺罔行為には当たらないとしました。

KJTは、株式譲渡から事業譲渡への方式の変更を奇貨として譲渡対象を新規事業だけにしたとも主張していましたが、判決は、事業譲渡の条件として示された譲渡対象と契約書の記載に照らして、新規事業であることについて事実に即した説明があったと評価しており、この主張も欺罔行為の認定にはつながりませんでした。

情報提供義務違反の主張―買主の事業者性と交渉の経緯から説明義務を否定

裁判所は、説明義務の判断の結論として、次のように述べました。

「〔FKD氏〕による説明に不十分な点があり、そのために〔KJT〕が事業譲渡後に想定していたような収益を上げることができなかったとしても、〔売主側の3者〕について、著しい情報提供義務違反は認められない」

なお、売主側の3者は、事業譲渡では譲受人がデュー・ディリジェンスや表明保証といった手段を講じることができるから、譲渡人は信義則上の情報提供義務を負わないと主張していました。判決は、この一般論を採用するとは述べておらず、本件の当事者の属性と交渉の経緯という個別の事情に基づいて説明義務を否定しています。

予備的請求―解除の前提となる詐欺・債務不履行が認められない

裁判所は、売主側の3者に欺罔行為ないし著しい情報提供義務違反といった不法行為は認められず、そうであれば、予備的請求である詐欺ないし債務不履行による解除も認められないとして、その余の争点について検討するまでもなく、KJTの主張には理由がないとしました。損害額の争点については判断していません。

公序良俗違反の主張―属人性の高い事業でも、譲り受けたのは買主の経営判断

KJTの、事業が属人性の高いもので事業譲渡自体が公序良俗に反するとの主張について、裁判所は、次のとおり退けました。

「仮に〔KJT〕が譲渡を受けた事業が属人性の高いものであったとしても、これを譲り受けるという経営判断をしたのは〔KJT〕であり」

判決は、これに続けて、売主側の3者に情報収集能力及び情報分析能力等の格差を解消する信義則上の説明義務が認められないことにも照らすと、「その結果は〔KJT〕において甘受せざるを得ず、事業譲渡自体が公序良俗に反して違法ということはできない」と述べています。

主文及び結論

判決の主文は、「原告の請求を棄却する。」「訴訟費用は原告の負担とする。」というものです(ここでの「原告」はKJTを指します)。KJTの主位的請求(不法行為に基づく損害賠償)も、予備的請求(解除に基づく原状回復)も認められず、1,958万3,500円の請求は全部棄却されました。

判断の射程―参考となる点と一般化できない点

以下は、判決の内容を踏まえた当事務所の評価です。裁判所が示した判断そのものとは区別してお読みください。

参考となる点

  • 説明が不十分であることと、欺罔行為があることは別に判断されること。本判決は、収益の可能性とその根拠についての説明が不十分であったことを認めながら、譲渡対象が実績のない新規事業であることは事実に即して説明されていたとして、積極的な虚偽はないと判断しました。売上高や経常利益の見込みを示された買主が詐欺を主張する場合、見込みが外れたことだけでは足りず、譲渡対象について事実と異なる説明がされたことを具体的に示す必要があることを示す一例です。
  • 譲渡対象の説明と契約書の記載が重視されたこと。本件では、交渉の当初には会社の株式譲渡として、高い売上高と経常利益の見込みが示されていましたが、その後事業譲渡に切り替わり、事業譲渡の条件と契約書には新規事業が譲渡対象として記載されていました。裁判所は、この記載を、新規事業であることについて事実に即した説明があったと評価する根拠の一つとしています。取引の方式が途中で変わる場合、買主にとっては、何が譲渡の対象から外れ、何が残るのかを契約書の段階で確認することが重要になります。
  • 信義則上の説明義務は、当事者の属性と交渉の経緯から判断されたこと。本判決は、売主側に医学部受験指導の経験があり、買主にその分野の経験が乏しかったと考えられることを考慮しても、買主が事業者であり、自ら応募して交渉を始め、高い関心を示して頻繁に問合せや面談をしていたことなどから、情報の格差を解消する説明義務を否定しました。異業種の事業を買い受ける事業者は、売主側に経験の優位があることだけでは、説明義務違反を理由とする救済を受けにくい場合があるといえます。
  • 買主側の発言が不利に考慮され得ること。判決は、HSM氏が譲渡対価として約3,000万円を提案し、初年度の収支は気にしていないと述べたことを、説明義務を否定する事情の一つとして挙げました。交渉中の買主の発言は、後に紛争になった場合に、買主の関心の大きさや判断の主体性を示す事情として扱われ得ます。
  • 収益の根拠となる資料の確認。本件では、HSM氏が求めた1期分の決算書について、その一部が送付されたにとどまり、生徒の入会状況の資料や事業計画書案は、事業譲渡等の白紙撤回を求めた後に送付されています。判決はこの点を独立の理由としてはいませんが、当事務所としては、収益の見込みを前提に対価を決める場合、売上高や利益の根拠となっている事業が何か、その事業が譲渡対象に含まれるかを、決算書の全体や事業計画等の資料で確認してから契約を締結することが重要と考えます。

一般化できない点

  • 本判決は、買主が薬局の売買等を行う事業者であり、自ら譲渡の募集に応募して交渉を始めたという事情を前提にした個別の判断です。買主が事業の経験のない個人である場合や、売主側が買主の判断を誤らせる具体的な資料を示した場合には、説明義務の判断が異なり得ます。
  • 判決は、事業譲渡では譲受人がデュー・ディリジェンスや表明保証の手段を講じることができるから譲渡人は情報提供義務を負わないという売主側の主張を、一般論として採用したものではありません。事業譲渡の売主は説明義務を一切負わないという結論を本判決から導くことはできません。
  • KJTは予備的請求で錯誤による解除も主張していましたが、判決の結論部分は詐欺ないし債務不履行による解除が認められないと述べるにとどまり、錯誤について独立の説示はありません。また、損害額の争点は判断されていません。
  • 事業譲渡契約書の条文の全体や表明保証条項の有無は判決本文に記載されておらず、契約上の表明保証違反の責任が問題となる事案に本判決をそのまま当てはめることはできません。
  • 判決本文には控訴・確定の記載がなく、上訴の有無及び確定は確認できていません。

株式譲渡契約の解除や、詐欺・錯誤による取消しを検討する場合の進め方は、次のページでご案内しています。

よくあるご質問

売主側から聞いた売上高や利益の見込みが外れた場合、詐欺として代金の賠償を求められますか。

見込みが外れたことだけでは足りません。本判決は、収益の可能性とその根拠についての説明が不十分であったことを認めながら、譲渡対象が実績のない新規事業であることは事実に即して説明されており、積極的な虚偽はないとして、欺罔行為を否定しました。譲渡対象そのものについて事実と異なる説明があったかどうかが問われます。

売主側の方が業界の経験が豊富だった場合、売主側に説明義務が認められますか。

経験の差があることだけで当然に認められるものではありません。本判決は、売主側に経験の優位があり、買主にその分野の経験が乏しかったと考えられることを考慮しても、買主が事業者であり、自ら応募して交渉を始め、高い関心を示して頻繁に問合せや面談をしていたことなどから、情報の格差を解消する信義則上の説明義務を否定しました。

交渉の途中で株式譲渡から事業譲渡に切り替わった場合、何に注意すべきですか。

譲渡の対象が会社全体から特定の事業に変わるため、どの事業や資産が対象に含まれ、どれが含まれないかを契約書で確認することが重要です。本件では、当初の株式譲渡の提案で示された売上高や利益の見込みに対し、事業譲渡の契約書には新規事業が譲渡対象として記載されており、裁判所はその記載も踏まえて、新規事業であることについて事実に即した説明があったと評価しました。

譲り受けた事業が売主個人の人脈や経験に頼るものだった場合、事業譲渡は無効になりますか。

本判決は、仮に事業が属人性の高いものであったとしても、それを譲り受けるという経営判断をしたのは買主であり、その結果は買主が甘受せざるを得ないとして、事業譲渡が公序良俗に反するとの主張を退けました。属人性の高い事業を買い受ける場合は、売主の関与の期間や引継ぎの内容を契約で定めておくことが考えられます。

M&Aをめぐる紛争で、期限の確認、証拠の保全、仮処分・仮差押えといった初動を誤らないための進め方は、次のページでご案内しています。

関連する記事と御相談のご案内

事業の買収の後に、売主側の説明と異なる事実が判明した場合は、交渉中のメールや面談で示された数値と説明、提示された条件、契約書に記載された譲渡対象、受領した決算書等の資料を整理し、欺罔行為の有無と説明義務の有無を分けて検討します。売主の説明や表明保証と異なる事実が判明した場合の当事務所の対応は表明保証違反の御相談のページで、契約の解消を検討する場合の考え方は株式譲渡契約を解消する場合の要件と効果で解説しています(後者は株式譲渡契約についての解説ですが、本件のように株式譲渡から事業譲渡に切り替わった取引の解消を検討する際にも参考になります)。

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この記事の位置付け

医学部予備校に関する事業を譲り受けた薬局M&A支援会社が、売主側の収益見込みの説明は詐欺に当たるとして代金等の賠償を求めた場面の判例を、欺罔行為、信義則上の説明義務及び公序良俗違反の成否の観点から解説します。

売主側の説明と異なる事実が判明した場合の当事務所の対応は、表明保証違反の御相談のページで御案内しています。

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事業の買収の後に、売主側の収益の説明や表明保証と異なる事実が判明した場合の当事務所の取扱内容及び対応の進め方は、次のご案内をご覧ください。

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M&Aトラブルのご相談窓口 成約後の表明保証違反・株式譲渡代金の未払い

執筆者

弁護士法人M&A総合法律事務所 代表弁護士 土屋勝裕(東京弁護士会所属 登録番号26775)

長島・大野・常松法律事務所に在籍した後、慶應義塾大学ビジネス・スクール及びペンシルベニア大学ウォートン校に留学し、ファイナンス理論並びにM&A及び不動産を専攻しました。不動産投資信託(J-REIT)の上場案件に関与し、2024年(令和6年)10月には最高裁判所において株式買取請求権に関する逆転判決を得ました。現在は弁護士法人M&A総合法律事務所の代表弁護士を務めています。

主として取り扱う分野 M&A、株式買取請求権、非上場株式の価格の決定、企業価値評価、事業承継及び企業法務

所在地 〒105-6017 東京都港区虎ノ門4丁目3番1号 森トラスト城山トラストタワー17階/電話番号 03-6435-8418/受付時間 8:00-21:00(土日祝含む)

本記事の記載は一般的な法律情報であり、個別の事案に関する法律上の助言ではありません。記載した経歴は事実の記述であり、個別の事件の結果を保証するものではありません。

著書

非上場会社における少数株主対策の手法と実務
『非上場会社における少数株主対策の手法と実務』(日本法令)
中堅・中小企業のためのM&Aトラブル事例と実務対策
『中堅・中小企業のためのM&Aトラブル事例と実務対策』(清文社)
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