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転売先とされた投資会社の買収意向表明書と詐欺・使用者責任の成否―東京地方裁判所令和5年12月6日判決

公開 2023年12月6日更新 2026年10月30日

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事業の売主側から、ある投資会社が転売先として買い受ける意向を持っていると聞かされ、その投資会社名義の意向表明書まで見せられたうえで事業を買い受けたのに、転売は実現しなかった。この場合、買主は、意向表明書を示した売主側の関係者や、意向表明書の名義人とされた投資会社に、詐欺による損害賠償を求めることができるのでしょうか。東京地方裁判所令和5年12月6日判決は、62億円の「購入意向金額」が記載された意向表明書を示されて、バイオマス発電事業の土地建物と設備認定IDを総額5億2,000万円で取得した買主側の請求を、すべて棄却しました。

本判決は、意向表明書を全体として読めば事業の調査を行う意向を表明したものにとどまり、投資会社の従業員の説明も、燃料調達等の問題を解決できれば購入を検討できるという趣旨にとどまるとして、買主側を誤信させる欺罔行為を否定しました。さらに、念のための判断として、買主側の損害は転売の可能性を誤信したことによるものではなく、事業の実現可能性の評価を見誤ったことによるものであるとも述べています。M&Aの交渉で意向表明書がどのような意味を持つのか、転売先の存在を前提とした事業の購入にどのような危険があるのかを考えるうえで参考になる判決です。

Contents
  1. 裁判例の基本情報
  2. 当事者の表記
  3. 事案の概要
    1. 売主側が発電事業の購入を持ち掛け、買主側は転売先の目途を求めた
    2. 投資会社の従業員が、意向表明書のひな形を提供し、名義の使用を了承した
    3. 62億円の購入意向金額が書かれた意向表明書が示され、面談が行われた
    4. 土地建物と設備認定IDを総額5億2,000万円で取得したが、設備認定IDは既に失効していた
    5. 1,000万円の贈与、事業の停滞、供述書の作成
  4. 事案の経緯
  5. 意向表明書と業務提携契約の記載
    1. 本件意向表明書―表題と購入意向金額の記載
    2. 本件意向表明書―検討の内容と前提条件の記載
    3. 業務提携契約―転売先の決定と利益の分配
  6. 当事者の請求と主要な主張
    1. 3つの事件の請求
    2. 欺罔行為の有無をめぐる主張
    3. 投資会社の使用者責任をめぐる主張
    4. 損害をめぐる主張
  7. 結論を左右した争点
  8. 裁判所が認定した重要な事実と判断の枠組み
    1. 意向表明書は誰が作成したのか
    2. 供述書と議事録を採用しなかった理由
    3. 本件面談で何が説明されたのか
    4. 判断の枠組み―書面と説明を全体としてみて、誤信させるものであったか
  9. 各主張を採用し又は排斥した理由
    1. SGR氏の欺罔行為―事実と異なる説明は不適切だが、誤信させるものとはいえない
    2. OKD氏の欺罔行為―意向表明書は、全体としてみれば調査の意向の表明にとどまる
    3. 投資会社の使用者責任―前提を欠き、念のための検討でも外形上の職務行為に当たらない
    4. 損害―念のための検討でも、購入意向の誤信による損害とはいえない
    5. 第2事件・第3事件―OKD氏自身が依頼した説明である以上、誤信も認められない
  10. 主文及び結論
  11. 判断の射程
    1. 参考となる点
    2. 一般化できない点
  12. よくあるご質問
    1. 買収の意向表明書を見せられて事業を買ったのに、名義人の会社が買ってくれませんでした。詐欺として責任を問えますか。
    2. 意向表明書に金額が書いてあれば、その金額で買う約束になりますか。
    3. 投資会社の従業員が、その会社のオフィスで、会社として関心があると説明した場合、会社に責任を問えますか。
    4. 転売を前提に買った事業が頓挫した場合、転売先の話をした人に損害を請求できますか。
    5. 相手方に署名させた虚偽であったことを認める旨の書面は、証拠として使えますか。
  13. 関連する記事と御相談のご案内

裁判例の基本情報

裁判所 東京地方裁判所民事第49部
裁判日 令和5年12月6日
事件番号 令和3年(ワ)第13462号、令和3年(ワ)第13600号、令和3年(ワ)第25836号
裁判の形式 判決(第1事件から第3事件までを1つの判決で判断したもの)
審級 第一審
結論 第1事件の買主側2社の請求をいずれも棄却。第2事件及び第3事件の売主側の実質的経営者の請求もいずれも棄却
適用された法令 平成29年法律第44号による改正前の民法(不法行為、使用者責任、遅延損害金の利率等)
上訴の状況 上訴の有無及び確定は確認できていません

この表は、判決本文の冒頭及び末尾の記載に基づいて当事務所が作成したものです。判決本文の冒頭には3つの事件番号が並べて記載されていますが、各事件番号と第1事件から第3事件までの対応関係は、判決本文からは明示的に読み取れないため、本記事では区別して記載していません。

当事者の表記

判決に出てくる会社名・氏名は、本記事独自のイニシャルに置き換えています。判決が用いた符号も、そのままでは使わず、次の表記に置き換えています。判決本文を引用する部分では、当事者の呼称を次の表記に置き換え、置き換えた箇所を〔 〕で示しています。

本記事の表記 立場
買主である不動産会社TKR 第1事件の原告。不動産の売買、仲介、賃貸、管理及び鑑定等を目的とする株式会社で、発電事業の土地建物と設備認定IDを取得しました
不動産コンサルティング会社KWS 第1事件の原告。不動産コンサルティング事業等を目的とする株式会社で、不動産会社TKRと共同事業協定を結びました
買主側の経営者HSD氏 不動産コンサルティング会社KWSの代表取締役で、不動産会社TKRの株主であり同社の最高顧問。意向表明書を示され、面談に出席した人物です
投資会社FVC 第1事件及び第3事件の被告。有価証券の売買等を目的とする株式会社で、意向表明書の名義人とされた会社です
投資会社FVCの従業員SGR氏 第1事件及び第2事件の被告。当時、投資会社FVCの検査部(コンプライアンス・内部監査等を所管する部署)に所属していました
売主側の実質的経営者OKD氏 第1事件の被告であり、第2事件及び第3事件の原告。発電事業会社BWRの実質的な経営者でした
発電事業会社BWR 発電事業を計画し、不動産会社TKRに土地建物と設備認定IDを譲渡した会社(訴訟の当事者ではありません)
BWRの代表者TMK氏 発電事業会社BWRの代表取締役
コンサルタントMRY氏 再生可能エネルギー案件を含むコンサルティング業を営む人物。BWRの代表者TMK氏から依頼を受け、投資会社FVCとの仲介をしました
紹介者ZKS氏 売主側にHSD氏を紹介した会社代表者。判決本文では右翼を称する人物とされています
コンサルティング会社QHD 紹介者ZKS氏が代表取締役を務める会社。BWRからコンサルティング業務の委託を受けました
発電事業開発会社VEN 設備認定IDを当初取得し、BWRに譲渡した会社
登記名義人であった会社DRM 発電所予定地の土地について、登記簿上の所有者とされていた会社
事業の新たな実施主体NXS 平成30年に発電事業の実施主体となった会社

このほか、本記事では判決本文の用語に合わせて、発電所を建設して売電する事業を「本件事業」、投資会社FVC名義の意向表明書を「本件意向表明書」、平成29年11月2日の面談を「本件面談」、不動産の売買契約と設備認定IDの譲渡契約を併せて「本件各契約」と呼ぶことがあります。

事案の概要

売主側が発電事業の購入を持ち掛け、買主側は転売先の目途を求めた

発電事業会社BWRは、地方のある町の土地8筆に、植物油を燃料とするディーゼル方式のバイオマス発電所を建設し、そこで発電した電気を売電する事業(本件事業)を計画していました。この事業に係る固定価格買取制度の設備認定ID(以下「設備認定ID」といいます)は、発電事業開発会社VENが平成29年2月24日に取得し、同年3月22日にBWRへ譲渡されていました。

BWRの代表者TMK氏と、BWRの実質的な経営者であった売主側のOKD氏は、本件事業の売却先を探すなかで、紹介者ZKS氏の紹介により、買主側の経営者HSD氏と知り合いました。HSD氏は、TMK氏とOKD氏に対し、本件事業の購入者(転売先)の目途が立たなければ、本件事業を購入することはできないと説明していました。買主側は、転売先が見込めることを購入の前提としていたことになります。

投資会社の従業員が、意向表明書のひな形を提供し、名義の使用を了承した

TMK氏は、平成29年9月頃、コンサルタントMRY氏に、BWRが設備認定IDを保有しており、投資会社FVCを転売先の候補として検討していることなどを伝え、投資会社FVCとの仲介を依頼しました。MRY氏は、同じ頃、投資会社FVCの従業員SGR氏にTMK氏を紹介し、本件事業の購入の検討を依頼しました。

平成29年10月頃、TMK氏はMRY氏を介して、SGR氏に投資会社FVCの商談申込書の提出を依頼しましたが、SGR氏は、本件事業を案件化することの承認が社内でされていない以上、投資会社FVC名義の商談申込書は出せないと回答しました。SGR氏は検査部の所属で、検査部の所掌は法令等の遵守状況の調査や監督、社内規定の監修や改廃、契約の審査等のコンプライアンス業務であり、SGR氏には新規事業の取引交渉や契約締結を担当する権限はありませんでした。

そこでTMK氏は、平成29年10月初旬、MRY氏を介して、発電事業に関する商談申込書のひな形(サンプル資料)の提供を依頼しました。その際、TMK氏は、あくまでBWRの内部で使用するためであり、協力してくれればお小遣いをあげるなどと説明していました。SGR氏はこれに応じ、同年10月23日までに、戦略事業部の共有フォルダにある、既に退職した従業員が作成した意向表明書の電子データを使って、意向表明書のひな形を作成しました。このひな形は、対象となる発電事業の調査を行う意向を表明する内容で、事業を購入する意向を明示した部分も、購入意向金額を書く欄もありませんでした。SGR氏は、ひな形をいったん私用のメールアドレスに送ったうえでMRY氏に送り、MRY氏がこれをTMK氏に送りました。

TMK氏はさらに、ひな形を使って作成する意向表明書にSGR氏の名義を使いたいと依頼し、SGR氏は、BWRの内部で使うとの説明を受けていたことや、意向表明書には法的拘束力がないと考えていたこともあって、これを了承しました。

62億円の購入意向金額が書かれた意向表明書が示され、面談が行われた

TMK氏は、平成29年10月26日頃、OKD氏に、投資会社FVCの検査部のSGR氏の名義で作成された同日付けの「バイオマス発電事業に係る意向表明書」(本件意向表明書)を交付しました。本件意向表明書はひな形に基づいて作成されていましたが、ひな形にはない「購入意向金額:6,200,000,000円」という記載が加えられていました。また、投資会社FVC名義の印影は、真正な印章ではなく、偽造された印章により顕出されたものでした。

OKD氏は、遅くとも平成29年11月2日までに、HSD氏に本件意向表明書を示し、投資会社FVCが本件事業の購入を検討していると説明しました。OKD氏は、具体的な会社名を挙げて、投資会社FVC以外にも購入を検討している会社があるとも説明していました。また、BWRは、平成29年11月1日付けのプロジェクト資料をHSD氏に示しました。そこには、本件事業の必要経費として5億5,000万円が必要であること、エンドユーザー(転売先)の購入額が62億円であること、利益配分の対象となる利益として16億4,000万円が見込まれることなどが記載されていました。

OKD氏は、SGR氏に対し、本件事業に関心のある人物がいるので、その人物に投資会社FVCは本件事業に関心があるという趣旨の説明をしてほしいと依頼し、協力してくれればお小遣いをあげるなどと説明しました。SGR氏はこれに応じ、平成29年11月2日、投資会社FVCのオフィス内の会議室で、TMK氏、OKD氏、MRY氏及びHSD氏と面談しました(本件面談)。SGR氏は、「検査部 ヴァイスプレジデント」との肩書が記載された名刺をHSD氏に渡しています。

本件面談でSGR氏は、投資会社FVCにおけるバイオマス発電事業への取組を説明したうえで、投資会社FVCは本件事業に関心があるが、燃料調達と購入に係るコストに問題があり、これらを解決できるならば投資会社FVCとして購入を検討することができると説明しました。代金の支払方法についても、売主と相談しながら決めることになるが、事業の成立に必要な条件が満たされていなければ代金を支払うことはできない、という一般的な説明をしました。なお、本件面談の時点で、投資会社FVCは本件事業の購入に関する検討を行っていませんでした(当事者間に争いがありません)。

土地建物と設備認定IDを総額5億2,000万円で取得したが、設備認定IDは既に失効していた

平成29年11月30日、不動産会社TKRは、発電事業会社BWRとの間で、土地8筆とその上の建物3棟を代金2億円で買い受ける不動産売買契約と、設備認定IDを6億円で譲り受けたうえでBWRに開発業務を委託する譲渡契約を締結し、同日、BWRに5億2,000万円を支払いました。内訳は、不動産の売買代金2億円、設備認定IDの譲渡代金2億5,000万円、電力負担金4,000万円、業務報奨金3,000万円です。

同じ日、不動産会社TKRと不動産コンサルティング会社KWSは、発電所の開発・建設、発電所や不動産・設備認定IDの第三者への売却などを、各50%の事業割合で共同して行う共同事業協定を締結しました。また、BWR、発電事業開発会社VEN、TKR及びKWSの間で業務提携契約が締結され、本件事業の転売先はBWRの指定する会社に決めること、TKRは転売先との交渉をBWRに委託すること、本件事業の利益をBWRが40%、TKRが60%の割合で分配することなどが定められました。さらに、BWRは同日、紹介者ZKS氏が代表取締役を務めるコンサルティング会社QHDとの間で、HSD氏から5億5,000万円の投資資金を手配することなどを委託する契約を結び、5,000万円を支払っています。

ところが、平成29年4月1日に施行された再生可能エネルギー電気の調達に関する特別措置法の改正(平成28年法律第59号)により、本件の設備認定IDは、認定日の翌日から9か月以内に電力会社との接続契約を締結する必要がありました。その期限内に接続契約が締結できなかったため、設備認定IDは平成29年11月25日に失効していました。本件各契約が締結された時点で、HSD氏もOKD氏も、設備認定IDが既に失効していたことを知りませんでした。

1,000万円の贈与、事業の停滞、供述書の作成

平成29年12月14日、OKD氏は、SGR氏に対し、投資会社FVCは本件事業に関心があるという趣旨の説明をしたことなどへの謝礼として、現金1,000万円を贈与しました。OKD氏は、SGR氏に隠れて、現金を手渡す様子を動画で撮影していました。SGR氏は、そのうち500万円をMRY氏に渡しています。

土地は、登記簿上、登記名義人であった会社DRMが所有者とされていましたが、BWRを経由せず、会社DRMから不動産会社TKRへ所有権移転登記(一部は仮登記を経由)がされました。BWRは平成30年1月に事業の説明会を開き、同年4月に建物の解体工事を行うなどしましたが、周辺住民の反対等により事業は進みませんでした。平成30年10月頃には、本件事業の実施主体がBWRから、事業の新たな実施主体NXSに変更されました。NXSは、不動産会社TKRの筆頭株主であった会社の商号変更等により設立された会社で、HSD氏が取締役に就任し、のちにTMK氏が代表取締役に就任しています。

平成30年10月頃、投資会社FVCの戦略事業部は、コンサルティング会社を通じて本件事業等の案件情報を受け取り、同月22日にTMK氏及びOKD氏と面談しましたが、燃料調達や輸送コストの問題等から案件化しないことを決めました。この面談で、TMK氏とOKD氏が本件意向表明書に言及することはありませんでした。

平成30年11月6日、SGR氏は、TMK氏からの要望で打合せに出席しようとしたところ、紹介者ZKS氏の会社のオフィスに連れて行かれ、ZKS氏から本件意向表明書や贈与の場面の動画を示されて、OKD氏と共謀して詐欺を働いたのではないかと追及されました。判決は、SGR氏がこのときまで、自分の名義で本件意向表明書が作成された事実を知らなかったと認定しています。同月7日と8日、TMK氏らは、ZKS氏が作成した供述書を示し、本当のものではないがOKD氏を懲らしめるためだけに使うものであるなどと述べて署名押印を求めるとともに、ZKS氏に逆らわない方がよいという趣旨のことを述べました。SGR氏は、危害を加えられることなどをおそれて、本件意向表明書が虚偽であることなどを認める内容の供述書(本件供述書)に署名押印しました。

その後、不動産会社TKRは令和元年6月27日付けの通知書で投資会社FVCに損害賠償を求めましたが、投資会社FVCは同年7月4日付けの回答書で、購入の意向を表明したことはないとして応じませんでした。令和2年2月29日、TKRとKWSは共同事業協定を解消し、TKRがBWRに支払った5億2,000万円のうち3億2,000万円(設備認定IDの譲渡代金、電力負担金及び業務報奨金の合計額)をKWSが負担することなどを合意しました(以下「本件清算合意」といいます)。この合意の書面には、TKRが一部の許認可を新たに取得して、より収益性の高い発電所の開発を進める意向であることなども記載されていました。

事案の経緯

時期 出来事(判決本文の前提事実及び認定事実による)
平成29年2月24日 発電事業開発会社VENが本件事業の設備認定IDを取得
平成29年3月22日 VENが設備認定IDを発電事業会社BWRに譲渡
平成29年9月頃 TMK氏がコンサルタントMRY氏に投資会社FVCとの仲介を依頼。MRY氏がSGR氏に購入の検討を依頼
平成29年10月頃 SGR氏が、案件化の承認がないとして商談申込書の提出を断る
平成29年10月23日まで SGR氏が意向表明書のひな形を作成し、MRY氏を介してTMK氏に送付。その後、名義の使用を了承
平成29年10月26日頃 TMK氏がOKD氏に、62億円の購入意向金額が記載された本件意向表明書(同日付け)を交付
平成29年10月中旬頃から11月2日まで OKD氏がHSD氏に本件事業の購入を持ち掛け、本件意向表明書を提示
平成29年11月1日付け BWRのプロジェクト資料(転売先の購入額62億円等の記載)
平成29年11月2日 投資会社FVCのオフィスの会議室で本件面談
平成29年11月25日 接続契約の期限徒過により、設備認定IDが失効
平成29年11月30日 不動産会社TKRとBWRが本件各契約を締結し、5億2,000万円を支払う。共同事業協定、業務提携契約、BWRとコンサルティング会社QHDの委託契約(5,000万円)も締結
平成29年12月14日 OKD氏がSGR氏に謝礼として現金1,000万円を贈与(動画を撮影)
平成30年1月から5月 事業の説明会、建物の解体工事。地域住民が反対の署名簿を提出
平成30年10月頃 事業の実施主体がNXSに変更。投資会社FVCの戦略事業部が案件化しないことを決定(10月22日の面談後)
平成30年11月6日から8日 SGR氏が紹介者ZKS氏から追及を受け、本件供述書に署名押印
令和元年6月27日、7月4日 不動産会社TKRの通知書と投資会社FVCの回答書
令和元年11月30日 NXSが住民説明会を実施するが、理解は得られず
令和2年2月29日 本件清算合意。KWSが3億2,000万円を負担(同年3月にTKRからの借入金で支払)
令和3年5月25日 OKD氏が第2事件を提起
令和3年5月26日 TKRとKWSが第1事件を提起
令和3年10月1日 OKD氏が第3事件を提起
令和5年5月17日 OKD氏が口頭弁論期日で、詐欺を理由に贈与契約を取り消す意思表示
令和5年12月6日 東京地方裁判所が全事件の請求を棄却する判決

意向表明書と業務提携契約の記載

本件意向表明書の全文は判決の別紙とされており、判決本文からは確認できません。以下は、判決本文が引用している本件意向表明書の記載部分を、判決本文の文言のまま示したものです。数字の表記も判決本文のとおりとしています。

本件意向表明書―表題と購入意向金額の記載

「バイオマス発電事業に係る意向表明書」

「購入意向金額:6,200,000,000円」

判決によれば、購入意向金額の記載は、投資会社FVCの従業員SGR氏が作成したひな形にはなかった部分です。判決は、この金額の記載に特段の説明は付されておらず、形式的には誰の購入意向金額を記載したものかも明らかではないと指摘しています。

本件意向表明書―検討の内容と前提条件の記載

「適正な対価での当社が提携した開発業者による譲受けの検討」

「本件発電所の運営につき、弊社ファンドの満足する条件で長期安定的なバイオマス燃料の調達が可能となることを前提といたします。」

判決は、本件意向表明書の本文(柱書)の内容からも、本件意向表明書はあくまで本件事業に関する調査を行う意向を表明するものにすぎないと述べています。後で見るとおり、この2つの記載が、欺罔行為を否定する判断の中心になりました。

業務提携契約―転売先の決定と利益の分配

次は、判決本文が業務提携契約の内容として整理した記載に基づくものです。契約書の条文をそのまま再現したものではありません。当事者の呼称は本記事の表記に置き換えています。

第6条:本件事業のエンドユーザー(転売先)は、発電事業会社BWRの指定する会社に決定することとし、不動産会社TKRがエンドユーザーとの売買等の交渉をBWRに委託する。

第9条:本件事業の利益を、BWRが40%、TKRが60%の割合で分配する。

このほか、発電事業開発会社VENがBWRの保証人とされ、不動産コンサルティング会社KWSがTKRの保証人とされている。

転売先の決定と交渉を売主側のBWRに委ねるこの定めは、判決が、投資会社FVCを「転売先の候補の一つ」にすぎないと評価する理由の一つになっています。

当事者の請求と主要な主張

3つの事件の請求

事件 請求の当事者 請求の内容
第1事件 不動産会社TKRから、投資会社FVC、SGR氏及びOKD氏に対して 共同不法行為及び使用者責任に基づき、連帯して1億8,722万円(不動産の売買代金2億円と鑑定評価額2,980万円との差額1億7,020万円に、弁護士費用1,702万円を加えた額)と、令和3年6月17日(SGR氏については同年7月9日)からの年5分の遅延損害金
第1事件 不動産コンサルティング会社KWSから、同じ3者に対して 同じく連帯して3億5,200万円(本件清算合意で負担した3億2,000万円に、弁護士費用3,200万円を加えた額)と、同様の遅延損害金
第2事件 OKD氏から、SGR氏に対して 不法行為に基づく損害賠償、又は贈与の詐欺取消し若しくは錯誤無効に基づく不当利得返還として、1,000万円と令和3年7月28日からの年5分の遅延損害金
第3事件 OKD氏から、投資会社FVCに対して 使用者責任に基づき、1,100万円(1,000万円と弁護士費用100万円の合計額)と令和3年10月23日からの年5分の遅延損害金

第1事件の被告であるOKD氏が、第2事件と第3事件では原告となり、自分も投資会社FVCに購入意向があると信じてSGR氏に謝礼を支払ったのだと主張している点が、本件の特徴です。

欺罔行為の有無をめぐる主張

当事者 主張の要旨
買主側の2社(TKR・KWS) SGR氏とOKD氏は共謀して、投資会社FVCに購入意向がないのに、本件意向表明書を示し、本件面談で投資会社FVCには本件事業を62億円で購入する意向があるなどと説明して、HSD氏を誤信させた。SGR氏は本件面談で、利回りから逆算して総額62億円は大丈夫だと思う、開発許可が下りなくても事前協議終了後に契約締結でき手付金も20%程度支払うことは可能であるなどと説明しており、そのことはHSD氏作成の打合せ議事録(本件議事録)から明らかである。SGR氏は本件供述書で虚偽の意向表明書の作成を自白している
SGR氏 ひな形を提供し名義の使用は了承したが、BWRの内部で使うとの説明であり、平成30年11月まで本件意向表明書が作成されたことを知らなかった。本件面談では、関心はあるが燃料調達とコストの問題が解決できれば検討の俎上に上る見込みがあると説明しただけである。本件議事録は信用できない。本件供述書は強要されたもので、真意に基づかない
投資会社FVC SGR氏と同旨。62億円もの事業の意向を示す書類なら代表者印が押されるはずなのに、本件意向表明書には投資会社FVC名義の角判が押されるなどしており極めて不自然である(その印影は偽造されたもの)。事前調査の検証前に購入意向を対外的に表明することは商慣習上もあり得ない。本件議事録は提出の経緯が不自然で、電子データの総編集時間が1分しかない
OKD氏 本件意向表明書は真正なものと信じており、自分は欺罔行為をしていない。SGR氏は、燃料を長期固定金額で購入でき8%以上の利回りが見込まれるならば、投資会社FVCには62億円で購入する意向があると述べていた

投資会社の使用者責任をめぐる主張

買主側の2社は、検査部の分掌事務には「契約の審査に関する業務」が含まれること、SGR氏が過去の意向表明書にアクセスする権限を持ち、容易に本件意向表明書を作成できたこと、本件面談が投資会社FVCのオフィスで行われたことなどから、SGR氏の行為は外形上の職務行為に当たると主張しました。

投資会社FVCは、検査部は契約書等を審査するバックオフィスであり、取引先との交渉や契約締結は業務範囲外であること、SGR氏は中級レベルの従業員にすぎず、会議室は従業員が個人の判断で使えたことなどを主張しました。さらに予備的に、買主側の2社には、SGR氏の行為が職務の範囲内に属しないことについて悪意又は重大な過失があるとの抗弁を出しました。その理由として、バイオマス発電は住民の理解を得ることが難しく、燃料の安定調達や輸送手段の確保といった大きな課題があるのに、買主側は本件意向表明書が投資会社FVC内で正式な手続を経て作成されたかを調査せず、本件事業の実在性や実現性についての一般的なデュー・ディリジェンスも行っていないことを挙げています。

損害をめぐる主張

買主側の2社は、不動産会社TKRは投資会社FVCが62億円で購入すると誤信して不動産を評価額を超える代金で購入し、不動産コンサルティング会社KWSは同じく誤信して共同事業協定を結び、本件清算合意により3億2,000万円を負担したと主張しました。これに対し、SGR氏と投資会社FVCは、買主側は様々なビジネスリスクを前提に本件各契約を結んだが、事業が実現せず転売先も見付からなかったにすぎず、事業のリスクを転嫁するものであると反論しました。OKD氏は、本件事業により年間8億円を超える粗利益が見込まれるのであり、損害は発生していないなどと主張しました。

お手元の資料と経緯をお聞きし、進め方の順序をお示しします。

結論を左右した争点

判決は、争点を次の5つに整理しました。

  1. SGR氏及びOKD氏の、HSD氏に対する欺罔行為の有無(第1事件)
  2. SGR氏の欺罔行為についての投資会社FVCの使用者責任の有無(第1事件)
  3. 欺罔行為による買主側の2社の損害(第1事件)
  4. SGR氏のOKD氏に対する欺罔行為の有無等(第2事件)
  5. その欺罔行為についての投資会社FVCの使用者責任の有無(第3事件)

結論を分けたのは、第1の争点、すなわち、本件意向表明書の記載と本件面談でのSGR氏の説明が、HSD氏に投資会社FVCに本件事業を購入する意向があると誤信させるものであったかどうかです。判決はこれを否定し、その判断を前提に、使用者責任(第2の争点)と第2事件・第3事件(第4・第5の争点)も退けました。損害(第3の争点)は、判断するまでもなく請求は理由がないとしつつ、念のために検討を加え、この点からも請求は理由がないとしています。

裁判所が認定した重要な事実と判断の枠組み

意向表明書は誰が作成したのか

判決は、SGR氏の陳述と供述が、MRY氏の陳述・証言とおおむね整合しており、SGR氏がMRY氏を介してTMK氏にひな形を提供した事実がTMK氏とMRY氏との間のやり取りの記録で裏付けられていることを指摘しました。また、平成30年11月にSGR氏がOKD氏に本件意向表明書を初めて見たとのメールを送り、OKD氏が、TMK氏が本件意向表明書を作成したと考えているとのメールを返信したことも、SGR氏が本件意向表明書の内容を知らなかったことを裏付けるとしました。

そのうえで、判決は、SGR氏が本件意向表明書を作成し又はその内容を了承していた事実は認められないとしました。作成者については、本件意向表明書はTMK氏がひな形を入手してからOKD氏に交付するまでの間に作成されたと考えるのが自然かつ合理的であるとし、TMK氏が当初から本件事業に主体的に関与し、本件供述書の作成にも関与していることから、TMK氏が作成した可能性を否定することはできず、少なくともOKD氏が作成した事実を認めることはできないと述べました。判決は、作成者を特定する認定まではしていません。

供述書と議事録を採用しなかった理由

買主側の2社がSGR氏の自白の証拠とした本件供述書について、判決は、SGR氏が右翼を称する紹介者ZKS氏から本件意向表明書と動画を示され、OKD氏を懲らしめるためだけに使うものであると説明されて、ZKS氏が作成した供述書に署名押印したという経緯を踏まえ、次のとおり述べて採用しませんでした。

「本件供述書が〔SGR氏〕の真意に基づいて作成されたものでないことは明らかである。」

また、本件面談の議事録(本件議事録)については、次の事情が認定されました。

  • 令和元年7月4日頃に投資会社FVCから議事録等の開示を求められたのに、不動産会社TKRは応じなかったこと
  • 議事録が証拠として提出されたのは、訴訟の係属後の令和3年12月8日になってからであったこと
  • 電子ファイルのプロパティ情報(作成日時を2017年11月3日とするもの)の画面写しは提出されたが、電子ファイル自体の任意開示の要請には応じなかったこと
  • 裁判所の促しを受けて開示された電子ファイルは、提出された議事録と改行箇所が異なり、総編集時間は1分であったこと
  • 電子ファイルの作成日時は事後的に変更することが可能であること

判決は、開示まで2年5か月もの時間を要したのは不自然であるとし、「本件議事録については、事後的に作成されたものであるとの疑念を払しょくすることはできない。」と述べました。内容面でも、本件議事録には本件意向表明書に記載された調査の内容や前提条件の記載が全くないのに、購入意向と支払条件が記載されている点で不自然であるとしています。

本件面談で何が説明されたのか

判決は、本件面談の内容について、SGR氏の供述とMRY氏の証言が、燃料調達等の問題を解決できるのであれば投資会社FVCは本件事業に関心がある旨を述べたという点で一致していることを重視しました。特に、MRY氏の電子メモについて、仲介人にとって事業の売却の成否は報酬にかかわる重要な関心事であるから、62億円もの取引が成立する見込みが明らかになったならばメモに記載するのが自然であるとし、次のように述べています。

「上記メモにそのような記載がないことは、本件面談の際に本件事業の売却が見込まれる状況になかったことを推認させる事情である。」

さらに、SGR氏には取引交渉や契約締結の権限がなく、商談申込書の提出も断っていたことから、判決は「〔SGR氏〕において、〔投資会社FVC〕による購入意向を明言したり、62億円もの購入意向金額を提示したりするとは考え難い。」としました。HSD氏の陳述については、MRY氏とTMK氏が本件面談に出席していなかったとする点が客観的証拠と整合しないこと、投資会社FVCが本件事業の実現可能性をどう考えていたかという重要な点が明らかになっていないことを挙げて採用していません。OKD氏の陳述についても、OKD氏自身が、SGR氏は長期の固定価格で燃料を購入できない限り購入は難しいが、燃料を確保できれば購入を検討するテーブルに乗ると説明していた趣旨の供述を繰り返していることから、購入意向や金額を明示したとは考え難いとしました。

判断の枠組み―書面と説明を全体としてみて、誤信させるものであったか

判決は、欺罔行為の有無を、本件意向表明書の記載と本件面談でのSGR氏の説明のそれぞれについて、HSD氏に投資会社FVCに本件事業を購入する意向があると誤信させるものであったかという観点から検討しています。その際、書面の一部の記載を形式的に取り出すのではなく、書面の記載を全体として読むという方法をとりました。また、説明が事実と異なり不適切であることと、相手を誤信させる欺罔行為に当たることを区別して判断している点も特徴です。

各主張を採用し又は排斥した理由

SGR氏の欺罔行為―事実と異なる説明は不適切だが、誤信させるものとはいえない

判決は、SGR氏がひな形を提供し名義の使用を了承したことは認めつつ、本件意向表明書を作成したり、購入意向金額の記載部分のある意向表明書の作成を了承したりした事実を認める証拠はないとしました。本件面談でも、SGR氏が、投資会社FVCは本件事業に関心があるという趣旨を超えて、購入の意向があると説明した事実を認める証拠はないとしています。

そのうえで判決は、SGR氏の説明自体については、厳しい評価を示しました。

「〔投資会社FVC〕は、本件面談の時点で、本件事業の購入に関する検討を行っておらず(当事者間に争いなし)、〔SGR氏〕が、〔HSD氏〕に対し、〔投資会社FVC〕は本件事業に関心があるなどという事実と異なる説明をしたことは極めて不適切であったというべきである。」

しかし、SGR氏の説明は、燃料調達等の問題が解消できれば購入を検討できるというものであったことから、判決は次のように結論付けました。

「このような〔SGR氏〕の説明が、〔HSD氏〕をして、〔投資会社FVC〕に本件事業を購入する意向があると誤信させるものであったとまでいうことはできない。」

OKD氏の欺罔行為―意向表明書は、全体としてみれば調査の意向の表明にとどまる

判決は、本件意向表明書が偽造された印章を用いて作成されていたこと、OKD氏がTMK氏から交付された本件意向表明書をHSD氏に示したことを認めつつ、OKD氏が本件意向表明書を作成した事実を認める証拠はなく、OKD氏が本件面談の当時、SGR氏が本件意向表明書を作成していないことなどを認識していたかどうかも明らかではないとしました。また、OKD氏がSGR氏に依頼したのは、投資会社FVCが関心を持っているという趣旨の説明であり、SGR氏の説明もその趣旨にとどまる以上、OKD氏がSGR氏に62億円での購入意向を説明させたということもできないとしています。

中心となったのは、本件意向表明書そのものの評価です。判決は、まず購入意向金額の記載について、次のとおり、形式的には購入意向の表明と読む余地があることを認めました。

「本件金額記載部分を形式的にみれば、〔投資会社FVC〕が本件事業を62億円で購入する意向を有する旨を記載したものと解することも可能である。」

しかし、判決は、「適正な対価での当社が提携した開発業者による譲受けの検討」、「弊社ファンドの満足する条件で長期安定的なバイオマス燃料の調達が可能となることを前提といたします。」といった記載からすれば、次のとおりであるとしました。

「〔投資会社FVC〕として、本件事業の譲受価格を具体的に検討する段階にはなく、本件事業を購入するか否か自体も不確定であることは明らかである。」

判決は、購入意向金額の記載に特段の説明が付されておらず、誰の購入意向金額かも形式的には明らかでないこと、開発業者による譲受けの検討という記載と対比すれば、投資会社FVCが説明もなく自らの購入意向金額を記載するのは不自然、不合理であることも指摘しています。そして、次のように結論付けました。

「本件意向表明書の記載(別紙1)は、全体としてみれば、飽くまでも本件事業に関する調査を行う意向を表明したものであり、本件意向表明書が、〔HSD氏〕をして、〔投資会社FVC〕に本件事業を購入する意向があると誤信させるものであったとまでいうことはできない。」

もっとも、判決は、OKD氏の行動を是認したわけではありません。OKD氏が本件意向表明書を示し、SGR氏に説明を依頼した行動は、HSD氏に転売できる可能性があると認識させて購入を促すためのものであったことは明らかであるとし、投資会社FVCが購入を検討していなかった以上、その行動は「本件事業の売却をめぐる交渉を有利に進めるため、本件事業を転売し得る可能性を仮装するものとして、極めて不適切であったというべきである。」と述べています。それでも、本件意向表明書の記載とSGR氏の説明が、いずれも購入意向があると誤信させるものとまではいえない以上、欺罔行為には当たらないと判断しました。

投資会社の使用者責任―前提を欠き、念のための検討でも外形上の職務行為に当たらない

判決は、SGR氏が欺罔行為を行ったといえない以上、投資会社FVCの使用者責任はその前提を欠くとしました。そのうえで、念のための検討として、次の事情を挙げています。

  • 新規事業の取引交渉や契約締結は、検査部の従業員であるSGR氏の業務の範囲外であること
  • 戦略事業部の共有フォルダへのアクセス権限は、監視者(代表取締役社長及び検査部長)、IT部門、戦略事業部の従業員のほか、検査部の従業員に限定されており、SGR氏は検査部の業務のためにアクセスできたにすぎないこと
  • 本件意向表明書は、SGR氏以外の者により偽造されたものであること

判決は、これらから、問題となるSGR氏の行為(ひな形の提供と、投資会社FVCが本件事業に関心がある旨の説明)について、SGR氏が投資会社FVCの名で権限外にこれを行うことが客観的に容易である状態に置かれていたとはみられないとし、その行為は「被害者の保護を目的とする民法715条の法意に鑑みても、外形上の職務行為に該当するということはできず」、投資会社FVCは使用者責任を負わないとしました。投資会社FVCが主張した、買主側の悪意又は重大な過失の抗弁については、判断されていません。

損害―念のための検討でも、購入意向の誤信による損害とはいえない

判決は、欺罔行為が認められない以上、損害について判断するまでもなく請求は理由がないとしつつ、OKD氏とSGR氏の行動が極めて不適切なものであったことなどに鑑みて、念のため、その行動によって買主側の2社が主張する損害が発生したのかを検討しました。判決が挙げた理由は、次の3つに整理できます。

第1に、投資会社FVCは転売先の候補の一つにすぎなかったことです。本件意向表明書と本件面談での説明は、関心があり調査を行う意向を表明するにとどまり、購入するかどうか自体が不確定でした。OKD氏は購入を検討している会社が数社あると説明しており、業務提携契約では転売先をBWRが指定し、転売交渉をBWRに委託するとされていたことから、判決は「〔投資会社FVC〕は、本件事業の転売先の候補の一つにすぎなかったものと解される。」としました。実際に、本件各契約の締結後、買主側やBWRが、本件意向表明書に記載された調査の結果等について投資会社FVCと具体的なやり取りをしたことをうかがわせる証拠はなく、平成30年10月に案件情報を持ち込んだ際にも本件意向表明書への言及はありませんでした。

第2に、本件各契約は事業への投資としての側面を持っていたことです。買主側は転売の利益を分け合う合意をしていたこと、土地はBWRを経由せず登記名義人であった会社DRMから不動産会社TKRに移転登記されていること、BWRがコンサルティング会社QHDに買主側からの投資資金の手配を委託していたことから、判決は、買主側の役割は土地の購入資金その他の事業資金の提供にあるとし、「本件各契約の締結は、本件事業への投資としての側面を有していたということができる。」と述べました。そして、本件事業は地域住民の反対等から実現が困難となっており、転売を検討し得る状況にないことから、次のとおり判断しました。

「〔買主側の2社〕の主張する損害は、本件事業を〔投資会社FVC〕に転売し得ると誤信したことによるものではなく、本件事業の実現可能性等の評価を見誤ったことによるものというべきである。」

判決は、そもそも設備認定IDが本件各契約の締結時点で既に失効していたことから、買主側が本件事業の実現可能性等を適切に評価したかも疑わしいと付け加えています。

第3に、契約締結後の買主側の行動です。判決は、仮に購入意向を誤信して本件各契約を結んだのであれば、購入意向がないと判明した時点で、契約の当事者であるBWRに契約の無効を主張するなどして責任を追及するのが自然かつ合理的であるのに、買主側はそうせず、実施主体をNXSに変更するなどして本件事業を続け、本件清算合意でも不動産会社TKRが引き続き事業に取り組むことを確認していると指摘しました。そのうえで、次のように述べています。

「〔買主側の2社〕は、〔投資会社FVC〕に本件事業を購入する意向があるか否かにかかわらず、本件各契約を基礎として本件事業に取り組んでいるのであるから、〔投資会社FVC〕の購入意向を誤信したことによって損害を被ったなどと評価することはできない。」

なお、判決は、BWR(TMK氏及びOKD氏)が、実現可能性等に問題のある本件事業に買主側を投資させたことの適否等は別途問題となり得るとしつつ、「本件訴訟における〔買主側の2社〕の請求は、飽くまでも〔投資会社FVC〕が本件事業を購入する意向があると説明したこと等(本件欺罔行為1)を不法行為とするものであり、この点は、本件の結論を左右するものではない。」としています。

第2事件・第3事件―OKD氏自身が依頼した説明である以上、誤信も認められない

OKD氏は、SGR氏が本件意向表明書を偽造したなどと主張しましたが、判決は、SGR氏が本件意向表明書を作成した事実も、購入意向金額の記載を了承していた事実も認められないとしました。また、OKD氏自身が、投資会社FVCが本件事業に関心があるという趣旨の説明をHSD氏にするようSGR氏に依頼していたのであり、SGR氏がOKD氏に対してその趣旨を超えて購入の意向があると説明した事実も認められないとしています。

そのため、SGR氏の欺罔行為は認められず不法行為責任は成立しないし、OKD氏が購入意向を誤信して贈与をしたともいえないとして、第2事件の請求(不法行為に基づく損害賠償、詐欺取消し又は錯誤無効に基づく不当利得返還)は理由がないとされました。第3事件の投資会社FVCに対する使用者責任の請求も、SGR氏の不法行為責任が認められない以上、理由がないとされています。

主文及び結論

判決の主文は、次のとおりです(当事者の呼称は本記事の表記に置き換えています)。

「〔買主側の2社〕の請求をいずれも棄却する。」

「〔OKD氏〕の請求をいずれも棄却する。」

「訴訟費用は、第1~第3事件を通じ、〔買主側の2社〕に生じた費用並びに〔投資会社FVC〕、〔SGR氏〕及び〔OKD氏〕に生じた費用の各50分の49を〔買主側の2社〕の負担とし、〔投資会社FVC〕、〔SGR氏〕及び〔OKD氏〕に生じたその余の費用を〔OKD氏〕の負担とする。」

不動産会社TKRの1億8,722万円、不動産コンサルティング会社KWSの3億5,200万円の請求は、いずれも認められませんでした。OKD氏のSGR氏に対する1,000万円、投資会社FVCに対する1,100万円の請求も、いずれも棄却されています。

判断の射程

以下は、判決の内容を踏まえた当事務所の評価です。判決が述べた事項と区別してお読みください。

参考となる点

  • 意向表明書は、金額の記載だけでなく全体の記載で評価されること。本判決は、購入意向金額の記載を形式的にみれば購入意向の表明と解する余地があることを認めながら、検討の対象、前提条件、調査の意向という本文の記載を重視し、全体としては調査の意向の表明にとどまると判断しました。M&Aの実務でも、意向表明書は、デュー・ディリジェンスの結果や前提条件の充足を条件とする法的拘束力のない書面として作られることが多く、そこに金額が書かれていても、それだけで購入が約束されたと受け取ることは危険です。
  • 不適切な説明と欺罔行為は区別されること。判決は、検討もしていない事業に関心があると説明したことや、転売の可能性を仮装したことを「極めて不適切」と評価しつつ、それが購入意向があると誤信させるものとまではいえないとして欺罔行為を否定しました。詐欺による損害賠償を求める場合、相手方の言動が不誠実であったことを示すだけでは足りず、何を誤信させられたのか、その誤信と言動とがどう結び付くのかを具体的に示す必要があることがうかがわれます。
  • 転売先の存在を前提とした購入では、転売先への直接の確認が重要であること。本件では、買主側は転売先の目途を購入の条件としていたのに、契約締結後も、意向表明書の名義人である投資会社と調査の結果等について具体的なやり取りをした形跡がないことが、損害の判断で指摘されました。転売先や出口を前提に事業や会社を買う場合には、売主側から示された書面だけに頼らず、相手方の権限ある担当者や正式な社内手続を確認すること、転売が実現しない場合の扱い(解除、代金の返還、条件の定め方)を契約で手当てすることが重要になります。
  • 対象事業の基礎的な権利の確認が欠かせないこと。本件では、契約締結の5日前に設備認定IDが失効していましたが、当事者はそれを知りませんでした。判決は、この点を、買主側が事業の実現可能性を適切に評価したかも疑わしいとする理由として挙げています。許認可や認定に依存する事業の取得では、その有効性と期限の確認が、デュー・ディリジェンスの基本的な項目となります。
  • 証拠の作成経緯と保全の重要性。本判決は、自白を内容とする供述書を作成経緯から採用せず、面談の議事録も、開示の遅れや電子ファイルの情報から事後的作成の疑念を払しょくできないとして採用しませんでした。交渉の場での説明内容は、その場又は直後に、相手方の確認を得られる形で記録しておくことが、後の紛争で大きな意味を持ちます。
  • 従業員の行為について会社の使用者責任が否定された例であること。判決は念のための検討として、職務の範囲、共有フォルダへのアクセス権限の限定、第三者による偽造という事情から、外形上の職務行為に当たらないとしました。会社の肩書が記載された名刺や会社の会議室が使われたというだけでは、その会社の取引として責任を問えるとは限らないことを示しています。

一般化できない点

  • 本判決は、本件意向表明書の具体的な文言、本件面談での説明内容、関係者の証言や証拠の信用性の評価に基づく個別の判断です。意向表明書の文言が異なる場合や、購入意向や条件を明確に約束する説明があったと認められる場合には、結論が異なり得ます。
  • 本件意向表明書の全文は判決の別紙とされ、判決本文からは確認できません。本記事で紹介した記載は、判決本文が引用した部分に限られます。
  • 本件の請求は、投資会社FVCに購入意向があると説明したことを不法行為とするものでした。判決は、売主側(BWR、TMK氏及びOKD氏)が実現可能性に問題のある事業に投資させたことの適否は別途問題となり得るとしており、売主側の責任一般を否定したものではありません。本件意向表明書の作成者についても、判決は特定していません。
  • 使用者責任と損害についての判断は、いずれも「念のため」の検討です。投資会社FVCが主張した買主側の悪意又は重大な過失の抗弁については判断されていません。
  • 本件には、平成29年法律第44号による改正前の民法が適用されています。遅延損害金の利率(年5分)や、第2事件で主張された錯誤無効は改正前の規定によるものです。現在の民法では、法定利率は変動制(令和2年4月1日の施行時は年3%)となり、錯誤の効果は無効ではなく取消しとされています。
  • 上訴の有無及び確定は確認できていません。

株式譲渡契約の解除や、詐欺・錯誤による取消しを検討する場合の進め方は、次のページでご案内しています。

よくあるご質問

買収の意向表明書を見せられて事業を買ったのに、名義人の会社が買ってくれませんでした。詐欺として責任を問えますか。

意向表明書の記載を全体としてみて、購入の意向があると誤信させるものであったかが問われます。本判決では、購入意向金額が記載されていても、検討の対象や燃料調達という前提条件の記載から、全体としては調査の意向を表明したものにとどまるとされ、欺罔行為が否定されました。

意向表明書に金額が書いてあれば、その金額で買う約束になりますか。

一般に、意向表明書は、調査の結果や前提条件の充足を条件とする、法的拘束力のない書面として作られることが多いものです。本判決も、金額の記載を形式的にみれば購入意向の表明と解する余地を認めつつ、前提条件等の記載から、購入するかどうか自体が不確定であることは明らかであるとしました。

投資会社の従業員が、その会社のオフィスで、会社として関心があると説明した場合、会社に責任を問えますか。

民法715条の使用者責任が問題となりますが、本判決は、その従業員に取引交渉の権限がなく、社内資料へのアクセスも本来の業務のためのものにすぎず、書面が第三者に偽造されたものであったことから、外形上の職務行為に当たらないとしました。名刺の肩書や会議室の使用だけでは足りない場合があります。

転売を前提に買った事業が頓挫した場合、転売先の話をした人に損害を請求できますか。

損害との結び付きが問われます。本判決は、名義人の会社が転売先の候補の一つにすぎなかったこと、買主側の購入が事業への投資の側面を持っていたこと、契約後も事業を続けていたことから、損害は転売の可能性を誤信したことではなく、事業の実現可能性の評価を見誤ったことによるものであるとしました。

相手方に署名させた虚偽であったことを認める旨の書面は、証拠として使えますか。

作成の経緯によります。本判決では、追及の場で第三者が作成した書面に、懲らしめるためだけに使うなどと説明され、危害をおそれて署名押印したという経緯から、真意に基づくものでないことは明らかであるとして採用されませんでした。

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執筆者

弁護士法人M&A総合法律事務所 代表弁護士 土屋勝裕(東京弁護士会所属 登録番号26775)

長島・大野・常松法律事務所に在籍した後、慶應義塾大学ビジネス・スクール及びペンシルベニア大学ウォートン校に留学し、ファイナンス理論並びにM&A及び不動産を専攻しました。不動産投資信託(J-REIT)の上場案件に関与し、2024年(令和6年)10月には最高裁判所において株式買取請求権に関する逆転判決を得ました。現在は弁護士法人M&A総合法律事務所の代表弁護士を務めています。

主として取り扱う分野 M&A、株式買取請求権、非上場株式の価格の決定、企業価値評価、事業承継及び企業法務

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著書

非上場会社における少数株主対策の手法と実務
『非上場会社における少数株主対策の手法と実務』(日本法令)
中堅・中小企業のためのM&Aトラブル事例と実務対策
『中堅・中小企業のためのM&Aトラブル事例と実務対策』(清文社)
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