経営不振の会社の株式を買った出資者による代金返還請求と取締役の責任―東京地方裁判所令和6年12月4日判決

創業者が経営する非上場会社の株式の一部を代金を支払って買い受けたところ、その後に会社が事業を停止し、株式が無価値になってしまった。このような場合に、買主である出資者は、売主である創業者に対し、だまされたとして代金の返還を求めたり、取締役としての任務懈怠を理由に損害賠償を求めたりすることができるのでしょうか。東京地方裁判所令和6年12月4日判決は、発行済株式の5パーセントに当たる株式を300万円で買い受けた出資者の請求を、いずれも棄却しました。
本判決は、契約前に出資者自身が「売上ゼロ、債務超過」でも構わないとの趣旨のメールを送っていたことを重視して、株式の価値についての誤信を否定しました。また、株主総会を開かない、決算書を送らない、住所の変更の登記をしないといった取締役の行為を出資者が主張したのに対し、株式が無価値になった原因は会社の業績不振であって、主張された行為と損害との間に因果関係がないと判断しています。経営不振の会社に出資し、又は株式を買い受けることを検討している方にとっても、株式を譲り渡した経営者の方にとっても、契約前のやり取りの記録が結論を左右することを示す判決です。
裁判例の基本情報
| 裁判所 | 東京地方裁判所民事第26部 |
|---|---|
| 裁判日 | 令和6年12月4日 |
| 事件番号 | 令和5年(ワ)第26420号 |
| 裁判の形式 | 判決 |
| 審級 | 第一審(反訴についての判決) |
| 結論 | 反訴原告(株式を買い受けた出資者)の請求をいずれも棄却。訴訟費用は反訴原告の負担 |
| 上訴の状況 | 上訴の有無及び確定は確認できていません |
この表は、判決本文の冒頭及び末尾の記載に基づいて当事務所が作成したものです。本判決は、反訴(本訴の被告が、同じ手続の中で本訴の原告に対して起こす訴え)についての判決です。本訴がどのような請求であったかは、本判決の本文には記載がなく、本記事では扱いません。
当事者の表記
判決に出てくる会社名・氏名は、本記事独自のイニシャルに置き換えています。判決が用いた符号も、そのままでは使わず、次の表記に置き換えています。判決本文を引用する部分でも同じ表記に置き換え、置き換えた箇所を〔 〕で示しています。
| 本記事の表記 | 立場 |
|---|---|
| 株式を買い受けた出資者SGW氏 | 反訴原告。対象会社TRCの株式の5パーセントを300万円で買い受け、同社の株主となった者です |
| 売主である創業者HYM氏 | 反訴被告。対象会社TRCを設立し、唯一の取締役として代表取締役に就任した者で、出資者SGW氏に株式を譲り渡しました |
| 対象会社TRC | 創業者HYM氏が平成25年8月21日に設立した株式会社。判決本文には事業の内容の記載がなく、現在は事業が行われていない状況です |
判決本文は、対象会社TRCを「本件会社」、出資者SGW氏が買い受けた株式を「本件株式」、両者の株式譲渡契約を「本件契約」と呼んでいます。本記事で判決本文を引用する部分では、これらの呼称はそのまま用いています。
事案の概要
創業者が経営する会社の株式5パーセントを300万円で買い受けた
対象会社TRCは、創業者HYM氏が平成25年8月21日に設立した株式会社で、創業者HYM氏は、その唯一の取締役として代表取締役に就任していました。
出資者SGW氏は、平成30年1月9日頃、創業者HYM氏に対し、「出資の件」として、対象会社TRCの株式5パーセントを300万円で創業者HYM氏から購入する考えであることを伝えるメールを送りました。このメールには、次の文言が記載されていました(判決本文が「本件文言」と呼ぶものです)。
「必要なのは売上ゼロ、債務超過で全然結構ですので、直近の月次キャッシュフローと決算書類と登記簿謄本のコピー(PDFで全然おけです。)をお願いします。」
その後、平成30年1月31日、創業者HYM氏が出資者SGW氏に対し、対象会社TRCの株式15株(発行済株式の5パーセント)を代金300万円で譲渡する契約が締結され、出資者SGW氏は、その頃、代金300万円を支払いました。代金額と株式数からすると、1株当たり20万円で譲渡されたことになります(この1株当たりの金額は当事務所の計算です)。
業績は一時回復したが、その後に事業が行われなくなった
判決が証拠に基づいて認めたところによれば、対象会社TRCは、契約が締結された第5期(平成29年8月1日から平成30年7月31日まで)に約340万円の当期純損失を計上していましたが、第6期(平成30年8月1日から令和元年7月31日)には、売上高が前期から約1,300万円増加し、約335万円の当期純利益を計上していました。
しかし、対象会社TRCは、現在、事業が行われていない状況にあります(この点は当事者間に争いのない前提事実です)。創業者HYM氏は、懸命に業績回復に努めたものの、令和元年中に事業の継続を断念せざるを得なくなったと主張しています。
決算書の不送付と住所の変更の登記の懈怠
契約の締結後、創業者HYM氏が出資者SGW氏に対象会社TRCの決算書を送付しなかったこと、及び、対象会社TRCと創業者HYM氏の住所をいずれも移転しながら、その登記をしなかったことは、当事者間に争いがありませんでした。
出資者SGW氏は、これらの事情を踏まえ、創業者HYM氏に対し、300万円の支払と、役員の住所の移転の登記等を行うことを求めて、反訴を提起しました。
事案の経緯
| 時期 | 出来事(判決本文の前提事実及び判断による) |
|---|---|
| 平成25年8月21日 | 創業者HYM氏が対象会社TRCを設立し、唯一の取締役として代表取締役に就任 |
| 平成29年8月1日 | 対象会社TRCの第5期が始まる(同期は約340万円の当期純損失) |
| 平成30年1月9日頃 | 出資者SGW氏が、株式5パーセントを300万円で購入する考えと「売上ゼロ、債務超過で全然結構」との文言を記載したメールを送信 |
| 平成30年1月31日 | 株式15株を代金300万円で譲渡する契約を締結。出資者SGW氏は、その頃、代金を支払う |
| 平成30年8月1日 | 第6期が始まる(同期は売上高が約1,300万円増加し、約335万円の当期純利益) |
| 令和元年中 | 創業者HYM氏の主張によれば、対象会社TRCの事業の継続を断念(判決はこの時期を認定していません) |
| 時期は判決本文に記載なし | 決算書の不送付、対象会社TRC及び創業者HYM氏の住所の移転とその登記の懈怠(いずれも争いがない事実) |
| 令和6年12月4日 | 東京地方裁判所が出資者SGW氏の請求をいずれも棄却する判決 |
当事者の請求と主要な主張
出資者の請求
出資者SGW氏は、創業者HYM氏に対し、次の2つの請求をしました。
- 300万円及びこれに対する平成30年1月31日から支払済みまで年6パーセントの割合による金員の支払。根拠は、主位的に不法行為による損害賠償請求権、予備的に不当利得返還請求権、会社法429条1項による損害賠償請求権及び同条2項1号による損害賠償請求権です。
- 会社法915条1項に基づき、役員の住所の移転の登記等を直ちに行うことの請求(判決本文の請求の趣旨は「役員移転登記等を直ちに行い、違法状態を解消せよ」というものです)。
年6パーセントの割合は、平成29年法律第45号による改正前の商法514条に規定されていた商事法定利率によるものです。同条は、令和2年4月1日に施行された民法の改正に伴う法律の整備により削除されており、現在は商事法定利率という区別はありません。本件は、改正前の規定を前提に請求された事案です。
争点ごとの主張
| 争点 | 出資者SGW氏の主張 | 創業者HYM氏の反論 |
|---|---|---|
| 詐取(不法行為) | 数度にわたる資金融通の要望に応えて代金を支払ったのに、その後、株主総会を一切開催せず、決算書も送付せず、会社と自身の住所を移転しながら登記をせず、郵便物が届かない状況とした。また、遊興にふけるなどし、帳簿閲覧請求や移転登記請求を無視し続けた。これらは、代金が事業資金ではなく個人の遊興費や引っ越し費用目的であったことをうかがわせ、事業を継続するつもりがないのにあるかのように装って代金を詐取したものである | 否認する。契約に際して対象会社TRCが当時債務超過であることを説明し、出資者SGW氏も了承していた。契約当時から経営は厳しく、その後懸命に業績回復に努めたが、令和元年中に事業の継続を断念せざるを得なくなったもので、遊興目的や経営実態のない詐取などではない |
| 不当利得 | 株式が無価値であるのに300万円で売りつけたものであり、金銭の受領は不当利得である | 否認ないし争う。請求の特定及び要件事実の主張が不十分であり、訴えは却下されるべきである |
| 会社法429条1項 | 株主総会を開かず、決算書類を株主に送付せず、会計帳簿の閲覧請求にも応じず、会社住所及び役員住所の変更の登記もしなかったことは、粉飾決算等を上回るレベルの任務懈怠である。株式は無価値となり、300万円の損失を被った | 否認ないし争う。請求の特定及び要件事実の主張が不十分であり、訴えは却下されるべきである |
| 会社法429条2項1号 | 上記の任務懈怠は、会社法429条2項1号のイないしニに当たる行為であり、違法で放漫な経営により株式の価値がゼロになった | 否認ないし争う。請求の特定及び要件事実の主張が不十分であり、訴えは却下されるべきである |
創業者HYM氏が不当利得及び会社法429条に基づく請求について訴えの却下を求めた主張は、本案前の答弁と呼ばれるものです。判決は、後に述べるとおり、いずれの請求も本案について理由がないと判断できることから、本案前の答弁については検討していません。
結論を左右した争点
判決は、争点を、創業者HYM氏が金銭を詐取したか(争点1)、金銭の受領が不当利得に当たるか(争点2)、任務懈怠による損害賠償責任を負うか(争点3)、会社法429条2項1号のイないしニに各記載の行為による損害賠償責任を負うか(争点4)の4つに整理し、これとは別に、登記を求める請求を検討しました。
結論を分けたのは、次の3点です。
- 契約後の決算書の不送付や住所の変更の登記の懈怠から、契約時点で事業を継続する意思がなかったことを推認できるか(詐取の有無)。
- 出資者SGW氏が、契約前に対象会社TRCの経営状況が芳しくないことを知らされていたか(株式の価値についての誤信の有無)。
- 株式が無価値になったことと、主張された取締役の行為との間に因果関係があるか(会社法429条1項及び2項1号の責任)。
お手元の資料と経緯をお聞きし、進め方の順序をお示しします。
裁判所が認定した重要な事実と判断の枠組み
争いのない事実と、証拠により認められた業績の推移
判決は、出資者SGW氏が詐取の主張の前提とする事実のうち、創業者HYM氏が契約締結後に決算書を送付しなかったこと、及び、対象会社TRCと創業者HYM氏の住所を移転しながらその登記をしなかったことについては、当事者間に争いがないとして、これを認めました。
他方で、判決は、証拠により、対象会社TRCが契約の締結された第5期に約340万円の当期純損失を計上していたのに対し、第6期には売上高が前期から約1,300万円増加し、約335万円の当期純利益を計上するに至ったことを認めました。
契約前のメールの文言
判決は、契約締結前に出資者SGW氏が創業者HYM氏に送ったメールに、前記の「必要なのは売上ゼロ、債務超過で全然結構ですので」で始まる文言が記載されていたこと(前提事実)を、株式の価値についての誤信の有無を判断する事情として用いました。
会社法429条の責任についての判断の枠組み
会社法429条1項は、役員等がその職務を行うについて悪意又は重大な過失があったときは、これによって第三者に生じた損害を賠償する責任を負うと定めています。同条2項1号は、取締役が、株式等の募集の際の重要な事項についての虚偽の通知等(イ)、計算書類等の重要な事項についての虚偽の記載等(ロ)、虚偽の登記(ハ)、虚偽の公告(ニ)をしたときも、注意を怠らなかったことを証明しない限り、同様の責任を負うと定めています(以上は条文の内容についての当事務所の説明です)。
本判決は、いずれの責任についても、主張された行為が株式を無価値に至らしめたかどうか、すなわち行為と損害との因果関係を検討し、これを否定することで請求を退けました。主張された行為が任務懈怠に当たるかどうかについては、「仮に」認められたとしても因果関係がないという形で判断しており、任務懈怠の有無そのものは確定的には判断していません。
各主張を採用し又は排斥した理由
詐取の主張―事業を継続する意思がなかったとは推認できない
判決は、決算書を送付しなかったことや、住所を移転しながら登記をしなかったことは認められるものの、「これらの事実をもって、〔創業者HYM氏〕が本件会社の事業を継続するつもりが無かったことが推認されるとはいえず」と述べました。そして、本件全証拠を精査しても、ほかに事業を継続する意思がなかったことをうかがわせる事情はうかがわれないとしました。
そのうえで判決は、第5期に約340万円の当期純損失を計上していた対象会社TRCが、第6期には売上高を約1,300万円増やし、約335万円の当期純利益を計上するに至ったことを挙げ、次のように判断しています。
「一時的とはいえ、その業績が改善されていることに照らすと、〔創業者HYM氏〕において、少なくとも本件契約締結時点においては、本件会社の事業を継続する意思があったとみる方が自然である。」
こうして判決は、創業者HYM氏が出資者SGW氏の主張するような欺罔行為を行ったと認めることはできないとして、主位的請求である不法行為による損害賠償請求は、その余の点について判断するまでもなく、全部理由がないとしました。
出資者SGW氏は、創業者HYM氏が遊興にふけったことや、帳簿閲覧請求を無視したことなども主張していましたが、判決は、これらの事情が事業を継続する意思の欠如を推認させるとは認めていません。当事務所の理解では、契約後の事情は、契約時点の意思を推認させるものとしては扱われなかったことになります。
不当利得の主張―契約に基づく代金であり、法律上の原因がある
判決は、出資者SGW氏から創業者HYM氏への300万円の支払は、契約に基づく株式取得の対価であり、「法律上の原因があることは明らかである」としました。
さらに判決は、契約の効力を否定する事情の有無についても検討しました。契約締結前に出資者SGW氏が送ったメールに「売上ゼロ、債務超過で全然結構」との文言が記載されていたことに照らし、出資者SGW氏は、創業者HYM氏から、対象会社TRCの経営状況が芳しくないことは知らされていたと「優に推認することができる」としたうえで、次のように述べています。
「本件株式の価値の点について〔出資者SGW氏〕に誤信があったとは認めるに足りず、その他、本件契約について無効とすべき事由は特段見当たらない。」
こうして、予備的請求のうち不当利得返還請求は全部理由がないとされました。判決は、この結論から、本案前の答弁について検討するまでもなく本案の判断が可能であるとしています。
会社法429条1項の主張―株式が無価値になったのは業績不振のため
出資者SGW氏は、株主総会を開かない、決算書類を送付しない、会計帳簿の閲覧請求に応じない、会社住所及び役員住所の変更の登記をしないといった任務懈怠により、株式が無価値となって300万円の損害が生じたと主張しました。
判決は、次のとおり述べて、因果関係を否定しました。
「本件において本件株式が無価値となったのは、本件会社の業績が上がらなかったためであり、仮に〔出資者SGW氏〕が指摘する上記各任務懈怠行為が認められたとしても、これらはいずれも、本件会社の業績悪化や本件株式を無価値に至らしめることに結び付くものではないことから、〔出資者SGW氏〕主張の各任務懈怠行為と損害との間の因果関係を認めることができない。」
主張された行為は、いずれも株主への情報提供や登記といった会社の手続に関するもので、会社の業績を悪化させる性質のものではないという判断です。こうして、会社法429条1項による損害賠償請求は全部理由がないとされました。
会社法429条2項1号の主張―虚偽の登記と見る余地はあっても因果関係がない
判決は、会社法429条2項1号のハの虚偽の登記以外の行為(イ、ロ及びニ)については、創業者HYM氏が行ったと認めるに足りる証拠はないとしました。
虚偽の登記については、判決は、創業者HYM氏が対象会社TRC及び自身の住所の登記を移転しなかったこと(当事者間に争いがない事実)をもって、「虚偽の登記をしたと見る余地もないではない」と述べました。住所の変更後も変更前の住所の登記が残っていることを、虚偽の登記と評価する可能性に言及したものです。
しかし、判決は、ここでも、株式が無価値となったのは対象会社TRCの業績が上がらなかったためであり、仮にイないしニに該当する行為があったとしても、これらによって業績が悪化し株式が無価値に至ったとは認められないとして、因果関係を否定しました。会社法429条2項1号による損害賠償請求も全部理由がないとされています。
登記を求める請求―会社法915条1項は第三者に請求権を与えていない
出資者SGW氏は、会社法915条1項に基づいて、創業者HYM氏に対し、役員の住所の移転の登記等を行うことを求めていました。判決は、同条項は、登記事項に変更が生じたときに会社が2週間以内に変更の登記をしなければならない旨を規定しているにすぎないとして、次のように述べました。
「第三者に対して当該会社に変更の登記をするよう求める権利を付与したものではない。」
こうして、この請求は法的根拠を欠き、その余の点について判断するまでもなく全部理由がないとされました。
主文及び結論
判決の主文は、「反訴原告の請求をいずれも棄却する。」「訴訟費用は反訴原告の負担とする。」というものです(「反訴原告」は出資者SGW氏を指します)。
| 請求とその根拠 | 判決の判断 |
|---|---|
| 300万円(主位的 不法行為) | 欺罔行為を認めることができず、棄却 |
| 300万円(予備的 不当利得) | 契約に基づく代金で法律上の原因があり、株式の価値についての誤信も無効事由もないとして、棄却 |
| 300万円(予備的 会社法429条1項) | 主張された行為と株式の無価値化との因果関係がないとして、棄却 |
| 300万円(予備的 会社法429条2項1号) | 虚偽の登記以外の行為は証拠がなく、虚偽の登記についても因果関係がないとして、棄却 |
| 役員の住所の移転の登記等(会社法915条1項) | 第三者に登記を求める権利を与えた規定ではなく、法的根拠を欠くとして、棄却 |
判断の射程
以下は、判決の内容を踏まえた当事務所の評価です。判決が述べた事項と区別してお読みください。
参考となる点
- 契約前に買主自身が送ったメールが、誤信の主張を退ける決め手になったこと。本判決は、出資者が契約前に「売上ゼロ、債務超過で全然結構」と記載したメールを送っていたことから、経営状況が芳しくないことを知らされていたと推認し、株式の価値についての誤信を否定しました。株式を買い受ける側が経営不振を承知のうえで出資したことを示す記録は、後に代金の返還を求める場面で買主に不利に働きます。反対に、株式を譲り渡す側にとっては、経営状況を説明したことを記録に残しておくことの重要性を示しています。
- 契約後の行為から、契約時の欺罔の意思を推認することは容易でないこと。決算書の不送付や住所の変更の登記の懈怠は争いのない事実でしたが、判決は、これらから契約時点で事業を継続する意思がなかったことは推認できないとし、むしろ契約後に業績が一時改善したことを、事業継続の意思があったことを示す事情としました。詐欺を主張する側は、契約時点の売主の認識や説明の内容を直接示す証拠を用意する必要があります。
- 取締役の手続上の懈怠と、株式価値の下落とは、因果関係が切り離されやすいこと。株主総会の不開催、決算書類の不送付、会計帳簿の閲覧請求への不対応、住所の変更の登記の懈怠は、いずれも会社の業績を悪化させる性質のものではないとして、株式が無価値になったこととの因果関係が否定されました。会社法429条に基づいて株式の価値の下落分を請求する場合には、取締役のどの行為が、どのように業績の悪化や株式価値の毀損に結び付いたかを具体的に示すことが求められます。
- 会社法915条1項は、株主が取締役に登記を求める根拠にならないこと。判決は、同条項は会社の登記義務を定めたにすぎず、第三者に登記を求める権利を付与したものではないとしました。登記の懈怠への対応は、同条項に基づく請求以外の方法で検討する必要があります。
一般化できない点
- 本判決は、出資者が契約前に送ったメールの文言、契約後の業績の推移といった本件の具体的な事情に基づく判断です。売主が業績や財務内容について積極的に虚偽の説明をした場合や、契約時点で既に事業を停止する予定であったことを示す証拠がある場合には、結論が異なり得ます。
- 本件の株式譲渡契約に、表明保証条項や、決算書類の提供その他の情報提供義務を定める条項があったかどうかは、判決本文からは分かりません。判決は、契約上の義務違反に基づく請求については判断しておらず、株式譲渡契約にそのような条項がある場合の扱いについて、本判決から結論を導くことはできません。
- 判決は、株主総会の不開催や会計帳簿の閲覧請求への不対応などが任務懈怠に当たるかどうかを確定的には判断しておらず、「仮に」認められたとしても因果関係がないとしています。これらの行為が任務懈怠に当たらないと判断したものではありません。
- 株式の価値の下落による株主の損害について、会社法429条1項に基づき取締役に直接賠償を求めることができる範囲は、一般に議論があるところですが、本判決はこの点について判断を示していません。本判決は、因果関係がないことを理由に請求を退けたものです。
- 会社法429条2項1号イは株式等の募集の際の通知や説明資料の虚偽を対象とする規定ですが、本件は、取締役が保有する株式を自ら譲り渡した事案であり、判決は同号イの適用の可否を検討していません(虚偽の登記以外の行為は証拠がないとされました)。
- 本判決は反訴についての判決であり、本訴の内容や結論は本判決の本文からは分かりません。上訴の有無及び確定も確認できていません。
株式譲渡契約の解除や、詐欺・錯誤による取消しを検討する場合の進め方は、次のページでご案内しています。
よくあるご質問
買い受けた株式が無価値になった場合、売主に代金の返還を求めることはできますか。
株式の価値が下がったことだけでは、代金の返還は認められません。本判決では、代金の支払は株式譲渡契約に基づくもので法律上の原因があるとされ、買主が契約前に経営状況が芳しくないことを知らされていたことから、株式の価値についての誤信も否定されました。返還を求めるには、売主の欺罔行為や、契約を無効とすべき事由などを具体的に示す必要があります。
株式を売った経営者が、その後に株主総会を開かず決算書も送ってこない場合、だまされたといえますか。
契約後にそのような行為があっても、それだけで契約時にだますつもりであったとは推認されないとするのが本判決の判断です。本判決では、契約後に会社の業績が一時改善していたことから、契約時点では事業を継続する意思があったとみる方が自然であるとされました。
取締役の任務懈怠で株式が無価値になったとして、取締役個人に損害賠償を請求できますか。
会社法429条1項に基づく請求には、取締役の任務懈怠と損害との因果関係が必要です。本判決は、株式が無価値になったのは業績が上がらなかったためであり、株主総会の不開催や決算書類の不送付、登記の懈怠は業績の悪化に結び付くものではないとして、因果関係を否定しました。
会社が本店や役員の住所の変更の登記をしない場合、株主が取締役に登記をするよう求めることはできますか。
本判決は、会社法915条1項は会社が変更の登記をしなければならないことを定めたにすぎず、第三者に対して会社に変更の登記をするよう求める権利を与えたものではないとして、株主の請求を退けました。同条項を根拠として登記を求めることは困難です。
経営不振の会社の株式を買い受ける場合、どのような点に気を付ければよいですか。
本判決を踏まえると、契約前のやり取りで経営不振を承知していることを示した場合、後に誤信を主張することは難しくなります。買い受ける側は、決算書類等の資料を受け取って内容を確認し、契約後の情報提供や株主としての関与の方法を契約で定めておくことが考えられます。これらは本判決を踏まえた当事務所の着眼点であり、本判決が特定の契約条項について判断したものではありません。
買収した会社で、前の経営者による私的流用や利益相反取引が発覚した場合の責任追及は、次のページでご案内しています。
関連する記事と御相談のご案内
株式を買い受けた後に、売主の説明と実際の会社の状況が異なっていた場合や、株式の価値が失われた場合には、契約前のメールや提供を受けた資料、契約書の条項、契約後の業績の推移を整理し、詐欺や錯誤、契約上の責任、取締役の責任のいずれを検討すべきかを分けて考えます。株式譲渡契約の効力を争う場合の考え方は株式譲渡契約を解消する場合の要件と効果で、売主の説明や表明保証と異なる事実が判明した場合の当事務所の対応は表明保証違反の御相談のページで解説しています。
M&A紛争に関する御相談
弁護士法人M&A総合法律事務所
03-6435-8418
受付時間 8:00~21:00(土日祝含む)
資料がすべてそろっていない段階でも御相談いただけます。御相談は事前予約制です。秘密は厳守します。
この記事の位置付け
経営不振の会社の少数株式を創業者から買い受けた出資者が、会社の事業停止後に代金の返還や取締役としての責任を求めた場面の判例を、詐欺、不当利得及び会社法429条の因果関係の観点から解説します。
株式譲渡契約の効力を争い、代金の返還を求める場合の考え方は、株式譲渡契約を解消する場合の要件と効果で解説しています。
具体的な御相談をお考えの皆様へ
株式譲渡の後に売主の説明と異なる事実が判明した場合や、代金の返還・損害賠償を検討する場合の当事務所の取扱内容及び対応の進め方は、次のご案内をご覧ください。

