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資金調達の成功報酬を定めた協定と覚書による効力停止―東京地方裁判所令和元年5月14日判決

公開 2019年5月14日更新 2019年5月14日

▶ M&A仲介会社への損害賠償請求を検討する際の確認事項

医療法人の出資持分を買い取る買収で、買収資金の融資の手配に関与した会社が、買主の医療法人との間で、対象施設の年間総売上げの3%を報酬として支払う協定書を交わした。ところが、その後、両者は、過去に交わした書類等の効力を一旦停止し、新たな合意書等を協議して定めるとする覚書にも押印していた。この場合、会社は協定書に基づいて報酬を請求できるのでしょうか。

東京地方裁判所令和元年5月14日判決は、資金調達の成功報酬と施設の運営管理の業務委託料として年間総売上げの3%を支払うとする協定に基づき、会社が、買主の医療法人を吸収合併した医療法人に対し、約3年8か月分の報酬1億8,497万円を請求した事案で、協定が成立していたとしても覚書によって協定の効力は停止しているとして、請求を棄却しました。覚書の効力の停止に期限があったとの会社の主張も、そのような合意は認められないとして退けています。

本記事では、判決本文から分かる協定書と覚書の内容、買収資金の借入れの実際、判決が覚書の効力を認めた理由を整理し、この判決から読み取れることと読み取れないことを区別して解説します。

Contents
  1. 裁判例の基本情報
  2. 当事者の表記
  3. 事案の概要―買収資金の手配に関わった会社が、売上の3%の報酬を求めた
    1. 医療法人の出資持分の買収
    2. 金融機関HBKからの借入れ
    3. 協定書への押印と、その後の覚書
    4. 以前にも別の病院について協定があった
    5. 約4年後の請求と、吸収合併
  4. 事案の経緯の時系列
  5. 判断の前提となった協定書と覚書の条項
    1. 協定書1条―対象施設
    2. 協定書2条―本事業費の調達
    3. 協定書6条1項―運営及び管理業務の委託
    4. 協定書7条―報酬及び業務委託料
    5. 覚書
  6. 原告の請求と当事者の主な主張
    1. ARC社の請求
    2. 争点1(協定が成立したか)についての主張
    3. 争点2(協定書7条が公序良俗に反し無効か)についての主張
    4. 争点3(協定の効力が停止したか)についての主張
  7. 結論を左右した争点
  8. 裁判所が認定した重要な事実と判断の枠組み
    1. 判断の基礎とされた4つの事情
    2. 協定書の効力を一旦停止する合意の成立
  9. 各主張を採用し又は排斥した理由
    1. 効力停止の期限が到来したとのARC社の主張を排斥
    2. 結論―協定が成立していたとしても、効力は停止している
    3. 判決が判断を示していない点
  10. 主文及び結論
  11. 判断の射程―参考となる点と一般化できない点
    1. 参考となる点
    2. 一般化できない点
    3. 契約や交渉で確認しておきたいこと
  12. よくあるご質問
    1. 報酬を定めた協定書に押印した後でも、報酬の支払を拒めることがありますか。
    2. 効力を一旦停止し、新たな合意書等を協議して定めるという覚書は、協議がまとまらなければ失効しますか。
    3. この判決は、買収資金の手配に対する売上の3%の報酬を無効と判断したのですか。
    4. 買主の医療法人が対象法人に吸収合併された後でも、報酬を請求された例ですか。
  13. 関連する記事と相談のご案内

裁判例の基本情報

裁判所 東京地方裁判所民事第7部
裁判日 令和元年5月14日
事件番号 平成30年(ワ)第18458号
裁判の形式 判決
審級 第一審
結論 原告(融資の手配に関与した会社)の請求を棄却。訴訟費用は原告の負担
上訴の状況 上訴の有無及び確定は確認できていません

この表は、判決本文の冒頭及び末尾の記載に基づいて当事務所が作成したものです。判決は令和元年5月14日の言渡しですが、事件番号は訴えの提起された平成30年のものです。

当事者の表記

判決に出てくる会社名・氏名は、本記事独自のイニシャルに置き換えています。判決が用いている符号も、そのままは使わずに次の表記へ置き換えています。

本記事の表記 立場
融資の手配に関与した会社ARC(以下「ARC社」) 原告。株式会社です。買収資金の融資の手配に関与し、協定書に基づく報酬を請求しました。業種は判決本文に記載がありませんが、別の病院等の運営及び管理業務を医療法人社団MRSから受託していたことが認定されています
ARC社の代表取締役であったBTW氏(以下「BTW氏」) ARC社の当時の代表取締役で、協定書と覚書に押印した人物です。訴えの提起後に死亡しました
買主である医療法人社団MRS(以下「医療法人社団MRS」) 対象法人の出資持分の全部を取得した医療法人社団です。ARC社と協定書・覚書を交わしました。その後、対象法人に吸収合併されました
医療法人社団MRSの理事長であったSGT氏(以下「SGT氏」) 医療法人社団MRSの当時の理事長で、協定書と覚書に押印した人物です。判決の当事者の表示では、被告の代表者理事長とされています
対象法人である医療法人KSK(以下「医療法人KSK」) 被告。病院、介護老人保健施設及び介護付有料老人ホームを運営する医療法人で、出資持分の全部が医療法人社団MRSに譲渡されました。平成30年5月1日に医療法人社団MRSを吸収合併しました
医療法人KSKの前理事長KND氏(以下「KND氏」) 出資持分の譲渡当時の医療法人KSKの理事長で、出資持分の譲渡人の側に立った人物です
ARC社の関連会社GRN(以下「GRN社」) 有限会社です。協定書で、ARC社とともに施設の運営及び管理業務の受託者・報酬の受領者とされていました
金融機関HBK(以下「金融機関HBK」) 買収資金を融資した株式会社の金融機関です。ARC社の主張では、ARC社の主要取引先とされています
会社JPS 株式会社です。被告の主張で、医療法人KSKの買収の話を提案したとされている会社です
別件の医療法人LMH ARC社と医療法人社団MRSが以前に交わした別の協定の対象となった病院を運営する医療法人です

医療法人KSKが運営する3つの施設(病院、介護老人保健施設、介護付有料老人ホーム)は、施設名を記載せず、まとめて「本施設」と呼びます。判決本文を引用する部分では、当事者の呼称を上記の表記に置き換え、置き換えた箇所を〔 〕で示しています。主文の引用では、「原告」はARC社を指します。判決本文の数字は全角の算用数字で記載されているため、引用部分では判決本文の表記のままとしています。

事案の概要―買収資金の手配に関わった会社が、売上の3%の報酬を求めた

以下は、判決本文の前提事実(当事者間に争いがないか、証拠等により明らかに認められる事実)と、裁判所の認定事実に基づく整理です。当事者の主張にとどまる部分は、その旨を明記しています。

医療法人の出資持分の買収

平成25年11月28日、医療法人社団MRSの理事長SGT氏と、医療法人KSKの理事長KND氏は、医療法人社団MRSが医療法人KSKの出資持分及び社員としての権限を譲り受けることによる経営権の委譲について、基本合意をしました。その内容は、出資持分の譲渡価格を5億円とすること、平成25年12月中旬に最終契約書を締結し、平成26年2月中旬に出資持分を譲渡することを基本日程とすること、KND氏の役員退職慰労金の目安を3億円とすること、KND氏の所有不動産の売却の金額の目安を5,000万円とすること、3か月以内に最終契約書が締結されなかったときは失効することなどでした。

平成25年12月27日、両者は、この基本合意に基づき、医療法人社団MRSが医療法人KSKの出資持分の全部を取得し、医療法人KSKの社員を医療法人社団MRSの指定する者に変更することについて、出資持分譲渡契約を締結しました。出資持分の譲渡価格は5億円、譲渡日は平成26年1月20日、医療法人KSKがKND氏に支給する役員退職慰労金は3億円、医療法人KSKがKND氏に支払う所有不動産の売却の金額は5,000万円とされました。

金融機関HBKからの借入れ

平成26年2月10日、医療法人社団MRSは、金融機関HBKから、出資持分買取資金として5億円を借り受けました。同じ日、医療法人KSKも、金融機関HBKから、理事長退職金支払資金として3億円、土地購入資金として5,000万円、合計3億5,000万円を借り受けました。最終返済日はいずれも、判決本文の表記で「平成36年1月31日」(令和6年1月31日に当たります)とされています。2つの借入れの合計は8億5,000万円です。

借入れの経緯について、ARC社は、BTW氏が金融機関HBKの支店の担当者と折衝し、平成26年2月上旬頃には8億5,000万円の融資の内諾を得たと主張しました。これに対し、被告の医療法人KSKは、ARC社は金融機関への単なる口利きをしたにすぎないと主張しました。裁判所は、金融機関HBKから金員を借り入れたのはARC社ではなく、医療法人社団MRSと医療法人KSKであると認定しています。

協定書への押印と、その後の覚書

借入れと同じ平成26年2月10日、BTW氏とSGT氏は、ARC社と医療法人社団MRSが、医療法人KSKの出資持分全ての譲渡による本施設全ての経営権を継承するという内容の基本協定書(判決本文はこれを「本件協定書」、記載された合意を「本件協定」と呼んでいます)に押印しました。協定書には、ARC社が金融機関を選定して8億5,000万円を調達すること、ARC社又はGRN社が本施設の運営及び管理業務を受託すること、その対価として本施設の年間総売上げの3%を月払いで支払うことなどが記載されていました(後記の協定書の条項を参照)。

その後、BTW氏とSGT氏は、協定書への押印の後に、平成26年3月24日をもって過去に交わした書類等の効力を一旦停止し、新たな合意書等を協議して定めていくという内容の覚書(判決本文はこれを「本件覚書」と呼んでいます)に押印しました。覚書に押印した日付は、判決本文には記載されていません。

ARC社は、協定書に定められた運営及び管理業務をしていません。この点は当事者間に争いがありません。

以前にも別の病院について協定があった

裁判所は、ARC社と医療法人社団MRSの間には以前から取引関係があったことも認定しています。平成24年6月7日、BTW氏とSGT氏は、別件の医療法人LMHが運営する病院、介護老人保健施設及び関連資産に関する経営権承継及び関連資産の売買に関して協定(判決本文はこれを「別件協定」と呼んでいます)を締結し、医療法人社団MRSがARC社にその運営及び管理業務を委託し、ARC社がこれを受託すること、その報酬として、対象物件の年間総売上げの5%を月払いで分割して支払うことを定めていました。ARC社は、別件協定に基づき、この運営及び管理業務を受託しました(争いがない事実)。

約4年後の請求と、吸収合併

平成30年1月9日、ARC社は、医療法人社団MRSに対し、通知書が到達してから2週間以内に、協定に基づく報酬として合計2億1,014万6,400円を支払うよう求め、通知書は同月10日に到達しました。その後、平成30年5月1日、医療法人KSKが医療法人社団MRSを吸収合併しました。ARC社は、医療法人社団MRSを吸収合併した医療法人KSKを被告として、本件の訴えを提起しました。

なお、判決本文によれば、ARC社の代表取締役であったBTW氏は、ARC社が訴訟代理人弁護士に本件訴えに係る一切の件を委任して訴えを提起した後、平成30年12月14日に死亡しました。ARC社には、BTW氏以外の取締役は選任されていません。

事案の経緯の時系列

日付 出来事(判決本文の前提事実及び認定事実による。主張にとどまるものはその旨を記載)
平成24年6月7日 ARC社と医療法人社団MRSが別件協定を締結(別件の医療法人LMHの病院等の運営及び管理業務の委託、報酬は年間総売上げの5%)
平成25年11月頃 ARC社の主張では、SGT氏からBTW氏に、資金調達をして医療法人KSKを買収後に共同で運営しないかとの提案があった(被告は否認し、買収の話は会社JPSから提案があったと主張)
平成25年11月28日 医療法人社団MRSと医療法人KSKの間の経営権委譲に関する基本合意(出資持分の譲渡価格5億円等)
平成25年12月27日 出資持分譲渡契約の締結(譲渡価格5億円、譲渡日は平成26年1月20日、役員退職慰労金3億円、不動産売却5,000万円)
平成26年2月上旬頃 ARC社の主張では、BTW氏が金融機関HBKの担当者から8億5,000万円の融資の内諾を得た
平成26年2月10日 医療法人社団MRSが5億円、医療法人KSKが3億5,000万円を金融機関HBKから借入れ。同日、BTW氏とSGT氏が協定書に押印
(協定書への押印の後。日付の記載なし) BTW氏とSGT氏が覚書に押印
平成26年3月24日 覚書で、過去に交わした書類等の効力を一旦停止するとされた日
平成30年1月9日 ARC社が医療法人社団MRSに、報酬合計2億1,014万6,400円を2週間以内に支払うよう通知(同月10日到達)
平成30年1月25日 ARC社が遅延損害金の起算日とした日(支払期日の翌日)
平成30年5月1日 医療法人KSKが医療法人社団MRSを吸収合併
平成30年(日付の記載なし) ARC社が医療法人KSKに対して訴えを提起
平成30年12月14日 ARC社の代表取締役BTW氏が死亡
令和元年5月14日 東京地方裁判所が請求を棄却する判決

協定書への押印は、買収資金の借入れと同じ日に行われています。覚書の効力停止の日(平成26年3月24日)から、ARC社が支払を求めた日(平成30年1月9日)までは、約3年10か月が経過しています。

判断の前提となった協定書と覚書の条項

以下は、判決本文が前提事実として記載した内容に基づくものです。協定書の各条項は、判決本文が「次の内容等が記載された」ものとして整理した記載であり、契約書原本の全文をそのまま再現したものではありません。当事者の呼称は本記事の表記に置き換えています。

協定書1条―対象施設

協定書1条は、医療法人KSKの病院、介護老人保健施設及び介護付有料老人ホームの3施設を「本施設」として掲げていました(施設名と所在地は記載を省略します)。

協定書2条―本事業費の調達

本事業における必要資金総額金8億5000万円(以下「本事業費」という。)については、〔ARC社〕が金融機関を選定し調達する。

協定書6条1項―運営及び管理業務の委託

判決本文では、最初の〔GRN社〕の箇所は「有限会社」を付した表示です。

〔医療法人社団MRS〕は、〔ARC社〕又は〔GRN社〕(以下「〔GRN社〕」という。)に対し、本物件の運営及び管理業務(以下「委託業務」という。)を委託し、〔ARC社〕又は〔GRN社〕は、これを受託する。

協定書7条―報酬及び業務委託料

〔医療法人社団MRS〕は、〔ARC社〕又は〔GRN社〕に対し、前第2条(本事業費)における資金調達の成功報酬及び前第6条(委託業務)の業務委託料として、本施設の年間総売り上げの3パーセントの金員を月払いにて分割して支払う。

7条の報酬は、資金調達の成功報酬と、運営及び管理業務の業務委託料を一体として、本施設の年間総売上げに連動させる定めです。期間の上限や、資金調達の部分と業務委託の部分の内訳は、判決本文からは分かりません。

覚書

覚書の内容は、判決本文に次のとおり記載されています。

平成26年3月24日をもって、過去に甲(〔ARC社〕、〔BTW氏〕及び親族の関連会社)と乙(〔医療法人社団MRS〕、〔SGT氏〕及び関連医療法人)間で交わされた書類等の効力を一旦停止し、早急に新たな合意書等を、経営状況を勘案しつつ、随時協議し定めていくものとする。

覚書は、効力を停止する対象を「過去に」交わされた「書類等」と広く定めており、協定書だけを名指ししているわけではありません。また、新たな合意書等が定まらない場合にどうなるかについての記載はありません。

原告の請求と当事者の主な主張

ARC社の請求

ARC社は、協定に基づき、医療法人社団MRSを吸収合併した医療法人KSKに対し、次の支払を求めました。

項目 内容
報酬金(元金) 1億8,497万円(本施設の平成26年2月10日から平成29年10月31日までの年間総売上げの3%相当額)
遅延損害金 平成30年1月25日(支払期日の翌日)から支払済みまで、商事法定利率年6%

ARC社の計算は、次のとおりです。本施設の平成26年度分(平成25年11月1日から平成26年10月31日まで)の事業収益の合計額は16億5,613万4,374円で、その3%相当額は4,968万円(1万円未満切捨て)となり、そのうち平成26年2月10日から同年10月31日までの264日間の日割額は3,593万円(同)となる。平成27年度から平成29年度までも平成26年度に劣らない事業収益を上げているから、各年度の3%相当額は4,968万円を下らない。したがって、平成30年1月9日までに弁済期が到来している報酬は1億8,497万円(3,593万円+4,968万円×3)となる、というものです。当事務所で検算すると、各数値は主張の金額と一致します。

なお、ARC社が訴えの前の通知書で求めた金額は2億1,014万6,400円であり、訴訟で請求した1億8,497万円とは異なります。両者の違いの理由は、判決本文には記載されていません。また、遅延損害金の年6%の商事法定利率は、令和2年4月1日に施行された民法等の改正の前の制度によるものです。現在は商事法定利率の定めは削除され、法定利率は民法の定めによります。

争点1(協定が成立したか)についての主張

ARC社は、平成25年11月頃、SGT氏から、医療法人KSKを買収したいが資金調達ができない、ARC社において資金調達をし、買収後に共同して運営していかないかとの提案を受け、BTW氏が金融機関HBKの担当者と折衝して融資の内諾を得たと主張しました。そして、BTW氏は平成26年2月10日の少なくとも1週間前にはSGT氏に協定書を交付しており、SGT氏が同日に記名押印したから、協定書記載の内容の協定が成立したと主張しました。

医療法人KSKは、医療法人KSKの買収の話は会社JPSから提案があったもので、医療法人社団MRSが提案したものではないと主張しました。BTW氏が買収に関与したいと申し出て、資金調達をARC社の取引銀行である金融機関HBKに依頼するよう申し入れ、融資が実行された後に、運営に関与させることを要求して協定書を突然提示し、押印を求めたものであり、SGT氏は内容を検討する時間がないまま押印したが、後日見直すことを前提とする押印であることを留保していたから、協定は成立していないと主張しました。

争点2(協定書7条が公序良俗に反し無効か)についての主張

医療法人KSKは、ARC社は買収に関して金融機関への単なる口利きをしたにすぎず、買収後の運営・管理には全く関わっていないから業務委託料が発生することはあり得ないとして、年間総売上げの3%という金額は実際に行った作業に比して余りに高額であり、暴利行為として公序良俗に反し無効であると主張しました。

ARC社は、BTW氏が金融機関HBKに融資を申し込み、融資金8億5,000万円がKND氏の指定する口座に直接送金されたと主張しました。また、運営及び管理業務を行っていないのは、医療法人KSK側の受領拒絶が原因であり、ARC社に債務不履行はないとして、暴利行為には当たらないと主張しました。

争点3(協定の効力が停止したか)についての主張

医療法人KSKは、SGT氏が押印後に協定書の内容を確認したところ、7条など医療法人社団MRSが受け入れることのできない条項があったため、BTW氏に問題点を指摘し、協定を受け入れることはできないと伝えたと主張しました。協定書には不明確な部分が多々あり、合意としての体をなしていないことから、覚書を作成して協定書を含む書類の効力を停止したものであり、覚書の文言上、条件又は不確定期限に当たる文言は全くないから、協定は覚書によって効力を停止していると主張しました。

ARC社は、覚書は、SGT氏が、覚書を作成すれば報酬金の支払について新たな提案を行い、速やかに支払を開始できると提案したために作成されたものだと主張しました。そして、覚書は「新たな合意書」が作成されるまで協定の効力を停止するものであるところ、医療法人KSKは協定の効力自体を否定しており、新たな合意書を作成する意思がないから、「合意書が作成されない」という不確定期限が到来し、覚書の効力は既に失効している、覚書は新たな合意書が作成されないときにまで履行義務を免除する趣旨を含むものではない、と主張しました。

お手元の資料と経緯をお聞きし、進め方の順序をお示しします。

結論を左右した争点

判決は、争点を次の3つに整理しました。

  1. 協定が成立したか。
  2. 協定書7条の合意が、公序良俗に反し、無効か。
  3. 協定の効力が停止したか。

判決は、争点3だけを判断し、協定が成立していたとしても覚書により協定の効力は停止しているとして、「その余の争点について判断するまでもなく」請求には理由がないと結論付けました。結論を左右したのは、争点3、具体的には次の2点です。

  • 覚書によって、協定書の効力を一旦停止する合意が成立したといえるか。
  • 覚書による効力の停止に、新たな合意書が作成されないことが明らかになれば停止が終わるという期限の合意があったといえるか。

協定が成立したか(争点1)、売上の3%という報酬が暴利行為に当たるか(争点2)については、判決は判断を示していません。

裁判所が認定した重要な事実と判断の枠組み

判断の基礎とされた4つの事情

裁判所は、覚書の効力を判断するにあたり、次の事情を挙げました。

  1. ARC社は、医療法人社団MRSとの間で、別件の病院等について経営権承継及び関連資産の売買に関する協定を締結し、その運営及び管理業務を受託していたこと。
  2. 金融機関HBKから金員を借り入れたのは、ARC社ではなく、医療法人社団MRSと医療法人KSKであること。
  3. ARC社が、協定書6条1項の運営及び管理業務をしていないこと。
  4. BTW氏とSGT氏は、協定書に押印し、その後、覚書に押印していること。

そのうえで、裁判所は、次のとおり述べています。

「本件覚書記載の内容は、〔ARC社〕と〔医療法人社団MRS〕との間の当時の利益状況に合致するものということができる。」

協定書の効力を一旦停止する合意の成立

裁判所は、上記の事情から、覚書の記載どおりの合意が成立したと認定しました。

「〔ARC社〕と〔医療法人社団MRS〕との間では、本件覚書記載の内容のとおり、平成26年3月24日をもって、〔ARC社〕と〔医療法人社団MRS〕との間で交わされた本件協定書の効力を一旦停止する旨の合意がされたことが認められる。」

覚書は「過去に」交わされた「書類等」と広く定めていますが、判決は、その対象に本件の協定書が含まれることを前提に、協定書の効力を一旦停止する合意があったと判断しています。

各主張を採用し又は排斥した理由

効力停止の期限が到来したとのARC社の主張を排斥

判決は、ARC社の主張を、覚書の効力は新たな合意書が作成されて新たな合意が成立したとき又は新たな合意の成立が不能となったときを終期とする期限の合意があり、新たな合意書が作成される可能性のないことが明らかになったことで期限が到来し、効力の停止は失効している、という主張と解しました。

これに対し、裁判所は、覚書には「早急に新たな合意書等を、経営状況を勘案しつつ、随時協議し定めていくものとする」と記載されているのみであり、「書類等の効力を一旦停止」という文言はあるものの、次のとおり判断しました。

「本件覚書による本件協定書の効力の停止の期限、すなわち本件覚書の効力の期限につき、〔ARC社〕と〔医療法人社団MRS〕との間で、何らかの合意がされたと認めることはできず、他に、〔ARC社〕の主張に係る事実を認めるに足りる証拠はない。」

「一旦停止」という言葉は一時的な停止を連想させますが、判決は、停止がいつ終わるかについての合意は認められないとしました。ARC社が主張した、覚書が報酬の支払についての新たな提案のために作成されたという経緯についても、判決はこれを認める判断を示していません。

結論―協定が成立していたとしても、効力は停止している

以上から、裁判所は、次のとおり判断しました。

「よって、〔ARC社〕及び〔医療法人社団MRS〕との間で、本件協定が成立していたとしても、本件覚書により、本件協定の効力は停止していると認めるのが相当である。」

そして、小括として、「以上によれば、その余の争点について判断するまでもなく、原告の請求は、理由がない。」(「原告」はARC社)と述べました。

判決が判断を示していない点

判決本文には、次の点についての説示はありません。

  • 協定書記載の内容の協定が成立したか(SGT氏の押印に留保があったか)
  • 年間総売上げの3%という報酬の定めが、暴利行為として公序良俗に反するか
  • ARC社の融資の手配への関与が、協定書2条の「金融機関を選定し調達する」に当たるか
  • ARC社が運営及び管理業務をしていないことが、医療法人社団MRS側の受領拒絶によるものか
  • 覚書の効力停止の対象に、別件協定その他の書類が含まれるか
  • 吸収合併による協定上の地位の承継の扱い

主文及び結論

判決の主文は、次のとおりです(ここでの「原告」はARC社を指します)。

  1. 「原告の請求を棄却する。」
  2. 「訴訟費用は原告の負担とする。」

ARC社の報酬金1億8,497万円及び遅延損害金の請求は、全部認められませんでした。

なお、ARC社の代表取締役であったBTW氏は訴訟の係属中に死亡し、ARC社にはほかに取締役が選任されていませんでしたが、判決は、ARC社が訴訟代理人弁護士に本件訴えに係る一切の件を委任していたことを記載したうえで、本案について判断しています。当事務所の補足として、民事訴訟法は、訴訟代理人がある間は、法定代理人(法人の代表者を含みます)の死亡によっても訴訟手続は中断しないと定めています(同法124条1項3号・2項、37条)。

判断の射程―参考となる点と一般化できない点

以下は、判決の内容を踏まえた当事務所の評価です。裁判所が示した判断そのものとは区別してお読みください。

参考となる点

第1に、報酬を定めた協定書に押印した後でも、当事者双方が「書類等の効力を一旦停止」する覚書に押印すれば、協定書の効力は停止していると判断され、報酬の請求が認められなかった例であることです。報酬を請求する側からみれば、協定書の成立や報酬の額の相当性を争うまでもなく、後の覚書によって請求が退けられたことになります。

第2に、効力を「一旦停止」し、新たな合意書等を「随時協議し定めていく」とだけ定めた覚書について、停止の終期の合意は認められないとされたことです。覚書の文言に、どのような場合に停止が終わり、元の協定書の効力が復活するのかが書かれていなかったため、新たな合意書が作成される見込みがなくなったという事情があっても、元の協定書に基づく請求はできないと判断されました。合意の効力を停止する書面を作成する際には、停止の終期や、協議が整わない場合の扱いを書いておかないと、停止が事実上無期限となるおそれがあることを示す例といえます。

第3に、覚書の合意の成立を認めるにあたり、裁判所が、当時の取引の実態(借入れの主体が報酬を請求する側ではなかったこと、運営及び管理業務が行われていないこと、別の協定で既に業務を受託していたこと)を挙げ、覚書の内容が「当時の利益状況に合致する」と評価したことです。M&Aの資金調達に関与した者への報酬の合意が争われる場面では、書面の文言だけでなく、実際に誰が借り入れたのか、約束された業務が行われたのかといった事実が、合意の解釈に影響し得ることがうかがわれます。

一般化できない点

本判決は、協定が成立したか、売上連動の3%という報酬が暴利行為に当たるかについて判断していません。「協定が成立していたとしても」という仮定のもとで、覚書による効力の停止を理由に請求を棄却したものです。したがって、本判決から、M&Aの資金調達の成功報酬や、運営業務の委託料を売上の一定割合とする定めが有効か無効かについて、何らかの結論を導くことはできません。

また、本件の覚書は、停止の終期について何も定めておらず、ARC社が主張した覚書作成の経緯(報酬の支払について新たな提案をするために作成された)を判決が認定していないという事情のもとでの判断です。覚書に停止の終期や協議が整わない場合の扱いが定められていた事案や、覚書作成の経緯について別の証拠がある事案では、結論が異なり得ます。協議の義務に違反したことを理由とする請求のように、本件と別の法的構成による請求の成否についても、判決は判断していません。

さらに、本件は、訴えの前の請求額と訴訟の請求額が異なり、代表取締役が訴訟の係属中に死亡するなど、特殊な経過をたどった事件でもあります。上訴の有無及び確定は確認できていないため、その点にも留意が必要です。

契約や交渉で確認しておきたいこと

M&Aの資金調達や運営に関与する側では、報酬を定めた書面に加えて、後に効力を見直す書面を交わす場合には、停止の対象となる書面を特定し、停止の期間又は終期、協議が整わない場合に元の合意の効力が復活するのか消滅するのか、それまでに行った業務の対価をどうするのかを明記しておくことが考えられます。報酬を請求される側では、押印した書面の内容に問題があると考えた場合に、その効力を停止し又は見直す合意を書面で残しておくことの意味が、本判決からうかがわれます。これらは本判決を踏まえた当事務所の着眼点であり、本判決が特定の条項例の有効性を判断したものではありません。

よくあるご質問

報酬を定めた協定書に押印した後でも、報酬の支払を拒めることがありますか。

本判決では、協定書への押印の後に、当事者双方が過去に交わした書類等の効力を一旦停止する覚書に押印していたことから、協定が成立していたとしても効力は停止しているとして、報酬の請求が棄却されました。協定書に押印したことだけで、常に報酬を請求できるわけではありません。

効力を一旦停止し、新たな合意書等を協議して定めるという覚書は、協議がまとまらなければ失効しますか。

本判決では、報酬を請求する会社が、新たな合意書が作成されないことが明らかになれば停止は終わると主張しましたが、裁判所は、停止の期限について何らかの合意がされたと認めることはできないとして、この主張を退けました。覚書の文言に停止の終期が定められていなければ、協議がまとまらないことだけで元の合意の効力が復活するとは限りません。

この判決は、買収資金の手配に対する売上の3%の報酬を無効と判断したのですか。

判断していません。被告は暴利行為として公序良俗に反し無効と主張しましたが、判決は、覚書による効力の停止を理由に請求を棄却し、「その余の争点について判断するまでもなく」としています。報酬の定めの有効性は、本判決からは分かりません。

買主の医療法人が対象法人に吸収合併された後でも、報酬を請求された例ですか。

はい。本件では、協定書と覚書を交わしたのは買主の医療法人社団MRSでしたが、その後、出資持分を取得された対象法人の医療法人KSKが医療法人社団MRSを吸収合併したため、報酬を請求する会社は医療法人KSKを被告として訴えを提起しました。判決は、覚書による効力の停止を理由に請求を棄却しており、合併による承継の点について独立の判断は示していません。

関連する記事と相談のご案内

M&Aの仲介会社や、資金調達・運営に関与した者との間で、報酬の発生の有無や金額、報酬を定めた書面の効力をめぐって意見が食い違った場合は、報酬を定めた書面の文言だけでなく、その後に交わした覚書等の書面、実際の業務の内容、資金の借入れの主体、交渉のやり取りを整理して検討します。仲介会社等の対応が問題となる場面については、M&A仲介会社への損害賠償請求を検討する際の確認事項及びM&A仲介会社の説明と契約書の内容が違うと感じたときの確認手順で解説しています。買主側のM&Aトラブル全般は買主側のM&Aトラブルの総合案内で、ほかの裁判例はM&Aトラブルの裁判例の解説記事一覧でご案内しています。

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この記事の位置付け

医療法人の買収で融資の手配に関与した会社と、売上連動の報酬を求められた買主側の医療法人の双方に向けて、協定書に押印した後に効力を一旦停止する覚書を交わした場面の判例を、覚書の効力と停止の期限の観点から解説します。

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執筆者

弁護士法人M&A総合法律事務所 代表弁護士 土屋勝裕(東京弁護士会所属 登録番号26775)

長島・大野・常松法律事務所に在籍した後、慶應義塾大学ビジネス・スクール及びペンシルベニア大学ウォートン校に留学し、ファイナンス理論並びにM&A及び不動産を専攻しました。不動産投資信託(J-REIT)の上場案件に関与し、2024年(令和6年)10月には最高裁判所において株式買取請求権に関する逆転判決を得ました。現在は弁護士法人M&A総合法律事務所の代表弁護士を務めています。

主として取り扱う分野 M&A、株式買取請求権、非上場株式の価格の決定、企業価値評価、事業承継及び企業法務

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本記事の記載は一般的な法律情報であり、個別の事案に関する法律上の助言ではありません。記載した経歴は事実の記述であり、個別の事件の結果を保証するものではありません。

著書

非上場会社における少数株主対策の手法と実務
『非上場会社における少数株主対策の手法と実務』(日本法令)
中堅・中小企業のためのM&Aトラブル事例と実務対策
『中堅・中小企業のためのM&Aトラブル事例と実務対策』(清文社)
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