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事業の全てを継承するとした契約と事業用不動産の所有権移転の成否―東京地方裁判所令和5年10月20日判決

公開 2023年10月20日更新 2026年10月30日

▶ M&A仲介会社の善管注意義務が問題となる場面

事業承継の契約書に「事業の全てを継承する」と書かれていれば、その事業に使われていた土地や建物の所有権も、契約によって当然に譲受人へ移るのでしょうか。東京地方裁判所令和5年10月20日判決は、旅館と住宅型有料老人ホームを運営する一般社団法人が、ユニット建築会社との間で「事業継承基本契約」を締結した事案で、契約書が譲渡すべき財産の内容を契約締結後の協議で決めると定めていたことなどから、事業用不動産を譲渡する合意があったとは認められないと判断しました。そのうえで、譲受人とされた会社から不動産を5,000万円で買い受けたと主張する別の会社の請求(所有権移転登記手続の代位請求、建物の明渡し、賃料相当損害金の支払)を、いずれも棄却しています。

本判決は、契約書の文言だけでなく、事業承継の取りまとめを担っていた仲介関与者が契約締結の直前に交渉から外された経緯、事前に用意されていた契約書案と実際の契約書との違い、契約締結後に譲受人が事業の主体となっていなかったことなどを総合して、当事者が実際に想定していたのは事業の譲渡ではなく、新しい理事長の下で法人自身が事業を続けることであったと推認しました。事業の譲渡や承継の契約を結ぶ当事者にも、その契約を前提に事業用資産を買い受けようとする方にも、契約書の作り方と確認の方法の両面で参考になる判決です。

Contents
  1. 裁判例の基本情報
  2. 当事者の表記
  3. 事案の概要―事業承継の基本契約の後、譲受人とされた会社が不動産を第三者に売った
    1. 介護保障の会員事業を営む法人が、資金繰りの悪化から事業の承継を考えた
    2. 監事の仲介関与者IWT氏に、事業承継の取りまとめが委ねられた
    3. 基本合意と多額の資金の準備、そして仲介関与者の離脱
    4. 事業継承基本契約の締結と、その直後の資金の動き
    5. 理事の交代と、TGW側の役員の交代
    6. TGWからUKBへの売買と、本件訴訟
    7. 補助参加人TGWの立場の変化
  4. 事案の経緯の時系列
  5. 判断の前提となった契約条項
    1. 1条1項及び3項―事業の全ての継承と、細目の別途協議
    2. 2条―継承財産の内容は契約締結後に協議して決定
    3. 3条―対価は0円及び負の資産
    4. 4条―継承財産の引渡時期
    5. 6条から8条―新しい理事長及び理事
    6. 契約書の付記―仲介及びM&A会社における不健全な問題
    7. 事前の契約書案との違い
  6. 原告の請求と当事者の主な主張
    1. UKBの請求
    2. 判決が整理した4つの争点と当事者の主張
  7. 結論を左右した争点
  8. 裁判所が認定した重要な事実と判断の枠組み
    1. 2条は、譲渡の「対象となり得る」範囲を定めたにとどまる
    2. 契約後の協議も行われていない
    3. 経緯の評価―当初は事業の譲渡が想定されていたが、締結時には変わっていた
    4. 契約書の内容と契約後の実態
    5. 当事者が想定していたのは、新しい理事長の下での事業継続
  9. 各主張を採用し又は排斥した理由
    1. 「事業の全てを継承する」と書かれている以上、財産は特定されているとの主張
    2. 契約締結の経緯から事業用資産の譲渡が想定されていたとの主張
    3. KFSがTGWの債権者のために不動産を担保に供したとの主張
    4. 個別財産の譲渡契約を締結する義務があり、申出によって譲渡契約が成立したとの主張
    5. 判断されなかった争点
  10. 主文及び結論
  11. 判断の射程―参考となる点と一般化できない点
    1. 参考となる点
    2. 一般化できない点
    3. 契約や交渉で確認しておきたいこと
  12. よくあるご質問
    1. 事業譲渡の契約書に「事業の全てを継承する」と書けば、事業用の不動産も自動的に移転しますか。
    2. 交渉途中の契約書案に不動産の譲渡が書かれていた場合、それは合意の証拠になりますか。
    3. M&Aの仲介をしていた人が交渉の途中で外れた場合、契約の解釈に影響しますか。
    4. 事業承継の契約の相手方から、その事業の不動産を買っても大丈夫ですか。
    5. 事業承継の契約の後で経営陣が交代していれば、事業は譲渡されたといえますか。
  13. 関連する記事と相談のご案内

裁判例の基本情報

裁判所 東京地方裁判所民事第25部
裁判日 令和5年10月20日
事件番号 令和3年(ワ)第15164号
裁判の形式 判決
審級 第一審
結論 原告(不動産の買主と主張する会社)の請求をいずれも棄却。訴訟費用は、補助参加によって生じた費用を補助参加人の負担とし、その余を原告の負担とする
上訴の状況 上訴の有無及び確定は確認できていません

この表は、判決本文の冒頭、主文及び末尾の記載に基づいて当事務所が作成したものです。判決本文には、本判決に対する控訴や確定についての記載はありません(判決本文に出てくる「確定した」との記載は、後で述べる別の株主総会決議不存在確認訴訟の判決についてのものです)。

当事者の表記

判決に出てくる会社名・氏名は、本記事独自のイニシャルに置き換えています。判決が用いている符号も、そのままは使わずに次の表記へ置き換えています。判決本文を引用する部分では、当事者の呼称を次の表記に置き換え、置き換えた箇所を〔 〕で示しています。

本記事の表記 立場
ユニット建築会社UKB 原告。ユニット化建築の企画、製造及び輸出入、販売等を目的とする株式会社。TGWから本件不動産を買い受けたと主張しました
介護福祉の一般社団法人KFS 被告。高齢者の介護福祉増進に関する介護相談事業等を行う一般社団法人。本件不動産の登記名義人で、建物を占有して旅館と有料老人ホームを運営しています
ユニット建築会社TGW 補助参加人。UKBと同じくユニット化建築の企画、製造等を目的とする株式会社。KFSとの間で事業継承基本契約を締結した相手方で、UKBに本件不動産を売ったとされる会社です
前経営者KOD氏 KFSの創始者の子で、創始者の死亡後にKFSの運営を承継していた人物。事業継承基本契約の締結当時のKFSの経営陣の中心です
創始者OSK氏 KFSの創始者。平成26年6月に死亡しました
仲介関与者IWT氏 KFSの監事であり、取りまとめ受託会社JMCの代表取締役。KFSの事業の承継に関する事務を依頼され、引受先を探していた人物です
取りまとめ受託会社JMC KFSから「経営権譲渡」の取りまとめ業務を委託された株式会社
LSM氏 事業継承基本契約の締結当時のTGWの代表取締役。契約締結後、KFSの理事に就任しました
MYK氏 LSM氏の妻。KFSの代表理事に選定され、本件訴訟の時点でもKFSの代表者です
BNR氏 平成31年2月3日にTGWの取締役及び代表取締役に就任した人物。TGWの代表者としてUKBとの売買契約書に調印しました
NKT氏 UKBの従業員であり、TGWの株主(TGWの主張ではTGWの執行役員)。売買契約の調印に立ち会いました
旅館GRN KFSが本件建物1で営む旅館
有料老人ホームHMR KFSが本件建物2で運営する住宅型有料老人ホーム
介護保障制度の商品QHS KFSが会員との間で販売していた介護保障制度の商品
貸付会社AAF TGWの事業協力者が経営する有限会社。TGWに1億5,000万円を貸し付けました
支払先会社ABP TGWが借入金の中から合計1億1,000万円を支払った株式会社
TGWの債権者ACR TGWに対する債権を有し、KFSの別の不動産を担保に取った者

このほか、判決本文に出てくる地名、施設名、TGWの登記上の代表取締役とされた2名の氏名なども、本記事では具体的に記載していません。本記事では、本件建物1、本件建物2及び本件建物2の敷地を、判決にならって「本件不動産」と呼びます。

事案の概要―事業承継の基本契約の後、譲受人とされた会社が不動産を第三者に売った

介護保障の会員事業を営む法人が、資金繰りの悪化から事業の承継を考えた

KFSは、平成20年12月10日に設立された一般社団法人です。創始者OSK氏が平成26年6月に死亡した後は、その子である前経営者KOD氏がKFSの運営を承継し、約3万人の会員から毎月掛金を受け取り、最大で毎月7,000万円の収入を得ていました。KFSは、会員との間で介護保障制度の商品QHS等を販売して介護事業の支援を行うとともに、国内4か所に保養施設を所有して、高齢者の入居サービス等の業務を行っていました。そのうちの2か所が、本件建物1で営む旅館GRNと、本件建物2で運営する有料老人ホームHMRです。KFSは平成21年9月14日に本件不動産の所有権を取得し、平成25年9月30日にその旨の所有権移転登記をしており、登記名義は口頭弁論終結時までKFSのままでした。

平成29年6月、KFSは、金融庁から商品QHSが保険業法の保険事業に該当すると考えられるとの指摘を受け、保険業法に違反することを避けるため、商品QHSの新規会員の募集を中止しました。これに伴い、KFSの資金繰りは悪化しました。

監事の仲介関与者IWT氏に、事業承継の取りまとめが委ねられた

KFSが多額の負債を抱える中、代表理事や旧理事からの借入金、理事等の退職金などの支払を確実なものとすることを関係者が望んでいたことを踏まえ、前経営者KOD氏は、KFSの事業を第三者に承継させることを考えるようになりました。KOD氏は、KFSの監事であった仲介関与者IWT氏に事業の承継に関する事務を依頼し、経営者が交代して自らが代表理事を辞任した際にIWT氏に2,000万円を支払う旨を記載した平成30年5月19日付けの文書を交付しました。

KFSは、IWT氏が代表取締役を務める取りまとめ受託会社JMCに対し、平成30年5月22日及び同年6月21日、「経営権譲渡」の取りまとめ業務を委託し、経営権の譲渡が決定した際には理事全員が辞任することを約束しました。同年8月3日には、理事全員の退任と新理事への変更、選任等の一切の権限をJMCに委任しています。

IWT氏は、引受先を探すとともに、本件不動産を含むKFSの事業用資産を事業とともに5,000万円で譲渡することなどを内容とする契約書案を準備していました。その中で、TGWが候補の一つとして浮上し、当時のTGWの代表取締役LSM氏の妻であるMYK氏が自身の経歴を活かして介護等の仕事に従事することを希望したことから、TGWへの事業承継の話が進展しました。

基本合意と多額の資金の準備、そして仲介関与者の離脱

TGWとJMCは、平成30年9月5日、同月10日をめどに事業譲渡に関する契約の締結に向けて努力することや秘密保持等を内容とする基本合意を締結しました。TGWは同日、貸付会社AAFから1億5,000万円を借り入れ、JMCに4,000万円、支払先会社ABPに1,000万円を支払い、翌6日にはABPに更に1億円を支払いました。

LSM氏とMYK氏は、平成30年9月6日、IWT氏が事業譲渡に関する事務を委任していた弁護士の事務所で、初めてIWT氏及びKOD氏と面談しました。ところが、IWT氏は、同月8日又は9日頃、KOD氏に知らせないまま事業譲渡に関する交渉を進めていたこと等を理由として、交渉に関与することを禁止されました。以後は、KOD氏とLSM氏が直接交渉することになりました。

KOD氏は、同月9日、事業譲渡に関する契約書案に手書きでコメントを記載して、LSM氏に送付しました。この契約書案は、事業の譲渡日を平成30年9月10日とし、KFSが別紙1に掲げる資産を譲渡すること、別紙2に掲げるKFSの債務を処理すること、対価を0円とすることなどを定め、別紙1には譲渡対象の資産として旅館GRNの土地・建物及び有料老人ホームHMRの建物(本件不動産)等が、別紙2にはKOD氏に対する借入金債務や当時の理事に対する退職金債務等が記載されていたものです。KOD氏は、頭書に記載されたKFSの名称を削除したうえで、債務の処理に関する条項はIWT氏が決めたことである旨、対価を0円とする条項について、抹消分の6,000万円(疑問符付き)をIWT氏の口座に入れるようになっているようで意味が分からない旨を書き込んでいました(判決本文の認定の要約です)。

事業継承基本契約の締結と、その直後の資金の動き

KFSとTGWは、平成30年9月10日、「事業継承基本契約」を締結しました(判決はこれを「本件事業譲渡契約」と呼んでいます)。この契約書には、上記の契約書案とは異なり、譲渡される事業用資産や処理が問題となる債務等は具体的に記載されておらず、契約書案の別紙1も添付されていませんでした。他方で、新しい理事長及び理事の条件や、MYK氏を新たな理事長と定めることが規定され、契約に至る経緯について、仲介及びM&A会社において不健全な問題が生じていた旨が付記されていました。

同じ9月10日、LSM氏及び同席の弁護士は、IWT氏に対し、TGWが5日にJMCへ支払った4,000万円の返還を求めました。IWT氏はこれに応じ、11日に4,000万円をTGWに返還しました。TGWは、12日、返還された金員を元手として、KFSに4,000万円を貸し付けました。KFSは、平成30年10月17日から令和元年5月31日までの5回にわたり、合計4,200万円をTGWに支払って、この借入金を返済しました。

理事の交代と、TGW側の役員の交代

平成30年9月14日のKFSの臨時社員総会で、IWT氏を監事から解任することが可決され、KOD氏をはじめとする当時の理事が全員辞任し、後任の理事及び監事としてLSM氏とMYK氏を含む5名が選任されました。同年10月1日の理事会では、MYK氏が代表理事に選定されました。

その後、平成31年2月3日、LSM氏とMYK氏はTGWの取締役を解任され、LSM氏はTGWの代表取締役を退任し、BNR氏がTGWの取締役及び代表取締役に就任しました。

TGWからUKBへの売買と、本件訴訟

令和元年12月6日、UKBとTGWは、UKBがTGWから本件不動産及び本件建物1の敷地の借地権を代金合計5,000万円で購入する売買契約を締結しました。調印には、UKBの従業員でありTGWの株主でもあるNKT氏が立ち会い、UKBの代表者とBNR氏が契約書に調印しています。この時点でも、本件不動産の登記名義はKFSのままでした。

UKBは、TGWが事業継承基本契約によってKFSから本件不動産を譲り受け、その本件不動産を自らが買い受けたと主張して、KFSに対し、登記手続、建物の明渡し及び賃料相当損害金の支払を求めて提訴しました。

補助参加人TGWの立場の変化

TGWの立場は、訴訟の途中で入れ替わっています。TGWは、令和3年9月24日、当初はKFSを補助するために補助参加を申し出ました。しかし、当時TGWの代表取締役として登記されていた2名を選任する株主総会決議等が不存在であることを確認する判決が確定したこと等を受けて、令和4年5月27日にこの補助参加の申出を取り下げ、同年8月25日、改めてUKBを補助するために補助参加を申し出ました。その結果、本判決の時点では、TGWはUKBの側に立って、事業継承基本契約によって本件不動産の所有権がTGWに移転したと主張しています。

事案の経緯の時系列

日付 出来事(判決本文の前提事実及び認定事実による)
平成20年12月10日 KFSが設立される
平成21年9月14日 KFSが本件不動産の所有権を取得(所有権移転登記は平成25年9月30日)
平成26年6月 創始者OSK氏が死亡し、KOD氏がKFSの運営を承継
平成29年6月 金融庁の指摘を受け、商品QHSの新規会員募集を中止。資金繰りが悪化
平成30年5月19日付け KOD氏が、代表理事の辞任時にIWT氏へ2,000万円を支払う旨の文書を交付
平成30年5月22日、6月21日 KFSがJMCに「経営権譲渡」の取りまとめ業務を委託。経営権の譲渡決定時の理事全員の辞任を約束
平成30年8月3日 KFSがJMCに、理事全員の退任と新理事の選任等の一切の権限を委任
平成30年9月5日 TGWとJMCが基本合意。TGWがAAFから1億5,000万円を借り入れ、JMCに4,000万円、ABPに1,000万円を支払う
平成30年9月6日 TGWがABPに更に1億円を支払う。LSM氏・MYK氏がIWT氏・KOD氏と初めて面談
平成30年9月8日又は9日頃 IWT氏が交渉への関与を禁止され、以後はKOD氏とLSM氏が直接交渉
平成30年9月9日 KOD氏が、本件不動産を別紙に掲げた契約書案に手書きでコメントしてLSM氏に送付
平成30年9月10日 KFSとTGWが事業継承基本契約を締結。LSM氏らがIWT氏に4,000万円の返還を要求
平成30年9月11日 IWT氏がTGWに4,000万円を返還
平成30年9月12日 TGWがKFSに4,000万円を貸付け
平成30年9月14日 KFSの臨時社員総会。IWT氏を監事から解任、理事全員が辞任し、LSM氏・MYK氏を含む5名を選任
平成30年10月1日 KFSの理事会でMYK氏を代表理事に選定
平成30年10月17日から令和元年5月31日まで KFSがTGWに合計4,200万円を支払い、借入金を返済
平成31年2月3日 LSM氏・MYK氏がTGWの取締役を解任され、BNR氏がTGWの代表取締役に就任
平成31年4月5日 LSM氏が、KFSの研修の場で、会員に対し、KFSの事業内容を継承させてもらった旨などを発言
令和元年12月6日 UKBとTGWが、本件不動産及び借地権の売買契約(代金合計5,000万円)を締結
令和2年2月26日、3月10日 BNR氏がTGWの代表取締役を解任され、新たに2名が代表取締役に就任したとされるが、後に、これらの役員の解任及び選任に関する株主総会決議の不存在を確認する判決が確定
令和3年9月24日 TGWがKFSを補助するために補助参加を申し出る
令和4年5月27日、8月25日 TGWが上記の申出を取り下げ、改めてUKBを補助するために補助参加を申し出る
令和5年10月20日 東京地方裁判所がUKBの請求をいずれも棄却する判決

判断の前提となった契約条項

以下は、判決本文が前提事実及び認定事実の中で、事業継承基本契約の内容として整理した記載に基づくものです。判決本文は「次の内容を含む」契約として要約して掲げており、契約書原本の条文をそのまま再現したものではありません。当事者の呼称は本記事の表記に置き換えています。

1条1項及び3項―事業の全ての継承と、細目の別途協議

KFSは、TGWに対し、平成30年9月10日をもって、KFSの事業の全て(本事業)を継承する(1条1項)。本事業の細目については、KFS及びTGWが別途協議の上決定する(同条3項)。

2条―継承財産の内容は契約締結後に協議して決定

1条1項により譲渡すべき財産(継承財産)は、平成30年9月10日現在のKFSの本事業に属する資産及び負債とし、その内容は、契約締結後、KFS及びTGWが協議の上、これを決定する。

3条―対価は0円及び負の資産

本事業譲渡の対価は、0円及び負の資産(確定債務額)とする(3条1項)。当該対価の支払方法及び支払時期については、契約書別紙1の契約ドラフト書類に鑑み、KFS及びTGWが協議の上、これを決定する(同条2項)。

判決の認定事実では、この対価は「0円並びに負の資産(確定債務額)」と定められたと記載されています。

4条―継承財産の引渡時期

継承財産の引渡時期は平成30年9月10日とする(4条本文)。

6条から8条―新しい理事長及び理事

判決の認定によれば、契約書には、KOD氏が次の条件を満たす者をKFSの理事長及び理事に任命することができること(6条、7条)と、MYK氏を新たな理事長と定めること(8条)が規定されていました。条件の部分は、判決本文に次のとおり記載されています。

「創設者である故〔OSK〕会長の精神とその意義を引継ぎ、自己の満足にとらわれず、博愛と敬愛の精神に満ちあふれ、〔KFS〕会員の利益を一番に重んじ、その〔KFS〕会員の心と身体に、心根の通う精神である」

契約書の付記―仲介及びM&A会社における不健全な問題

契約書には、次の文言が付記されていました(判決本文の記載のまま引用しています。引用中の「M&A」は、判決本文では全角文字で表記されています)。

「本日、事業継承契約に至るまでの経緯として、仲介及びM&A会社において不健全な問題が生じており、この問題により引き起こる不利益を、回避するため双方、本日の契約に至ったものである。」

事前の契約書案との違い

判決は、この契約書と、9月9日にKOD氏がコメントを書き込んだ契約書案とを対比しています。両者の主な違いは次のとおりです(判決本文の認定事実による当事務所の整理です)。

項目 契約書案(9月9日にKOD氏がコメントしたもの) 事業継承基本契約の契約書(9月10日)
譲渡する資産 別紙1に、本件不動産等を譲渡対象の資産として記載 具体的な事業用資産の記載なし。別紙1の添付なし。内容は契約締結後の協議で決定
債務の処理 別紙2に、KOD氏に対する借入金債務、理事の退職金債務等を記載し、その処理を規定 TGWが引き受ける債務についての具体的な定めなし
対価 0円 0円並びに負の資産(確定債務額)。支払方法・時期は協議で決定
役員 (判決本文に記載なし) 新しい理事長・理事の条件と、MYK氏を新たな理事長とする定め

なお、IWT氏がこれより前に準備していた契約書案は、本件不動産を含む事業用資産を事業とともに5,000万円で譲渡することなどを内容とするものでした。

原告の請求と当事者の主な主張

UKBの請求

UKBは、KFSに対し、次の4つを求めました。

  1. 本件不動産(判決別紙の物件目録記載1から9までの不動産)について、TGWに対し、平成30年9月10日事業譲渡を原因とする所有権移転登記手続をすること。UKBがTGWに対して有する売買契約に基づく所有権移転登記手続請求権を保全するため、TGWがKFSに対して有するとする事業継承基本契約に基づく所有権移転登記手続請求権を代位行使するという構成です。
  2. 所有権に基づき、本件建物1及び本件建物2を明け渡すこと。
  3. 不法行為(建物の所有権の侵害)に基づく損害賠償として、売買契約の締結日である令和元年12月6日から本件建物1の明渡済みまで、1か月50万円の割合による賃料相当損害金を支払うこと。
  4. 同じく、令和元年12月6日から本件建物2の明渡済みまで、1か月50万円の割合による賃料相当損害金を支払うこと。

いずれの請求も、事業継承基本契約によって本件不動産の所有権がKFSからTGWに移転し、さらに売買契約によってTGWからUKBに移転したことを前提としています。

判決が整理した4つの争点と当事者の主張

争点 UKB・TGWの主張 KFSの主張
争点(1) 事業継承基本契約で、本件不動産の所有権を移転させる合意があったか UKB:事業の全てを継承し、契約締結時の事業に属する資産等を譲渡すべき財産とする旨が定められている以上、事業用資産である本件不動産を譲渡する合意があったことは明らか。IWT氏が本件不動産の譲渡を含む契約書案を準備して交渉した経緯からも、事業や事業用資産の譲渡が想定されていた。
TGW:事業の全てを継承する旨が明記されている以上、目的財産は確定しており、契約の成立により当然に本件不動産の所有権が移転する。そうでないとしても、KFSは個別財産の譲渡契約を締結する義務を負い、契約締結時にTGWが譲受けを申し出たことで本件不動産の譲渡契約が成立した
事業の範囲、具体的な財産、対価の支払方法・時期は協議に委ねられ、何も決定されていない。契約書の表題のとおり基本契約にすぎない。契約の目的は、LSM氏及びMYK氏がKFSの役員に就任する代わりに、資金がショートした場合にTGWから緊急融資を受けられるようにすることにあり、事業や事業用資産の譲渡は想定されていなかった
争点(2) 平成30年10月1日までに契約を合意解除したか UKB:当時の経営陣は、経営権の譲渡と同時に役員が退任することを当初から予定していたのであり、MYK氏の理事長選任をもって合意解除とはいえない。合意解除を明確に記載した文書も存在しない 会員が1万人を超え契約の種類も多岐にわたり、多数の債務もあったため、締結直後の関係者の協議で、TGWが債務を全額引き受けることはできないと判断され、MYK氏・LSM氏に運営を任せ、TGWには事業を継承させないことが確認された。MYK氏を理事長に選任した平成30年10月1日までに黙示的に合意解除した
争点(3) 売買契約は通謀虚偽表示によるものか UKB:否認する。
TGW:売買契約は真正なもの。令和元年11月、NKT氏とBNR氏がUKBに契約書の原本を示して説明し、UKBは代金の半額2,500万円を契約時金として支払った。LSM氏・MYK氏はTGWの役員を解任され敵対関係にあったため、UKBはKFSに照会できなかったにすぎない
売買契約は、事業継承基本契約の締結に関与せず内容も承知していないBNR氏が、親密な関係にあったUKBの代表者との間で、契約の存在を奇貨として形式的に交わしたもの。登記名義がKFSのままであるのに、UKBはKFSに照会することもなく契約しており、通謀による仮装であることは明らか
争点(4) 建物の占有による損害額 UKB:同じ地域で床面積当たりの賃料が最も安い借家(480.82平方メートルで月額15万円)から1平方メートル当たり月額311円を算出し、本件建物1(1,981.75平方メートル)は月額61万6,324円、本件建物2(1,997.66平方メートル)は月額62万1,272円となるから、損害額はそれぞれ月50万円を下らない 争う

上の表のうち、TGWが主張する令和元年11月の説明や2,500万円の支払は、判決が事実として認定したものではなく、TGWの主張として整理されているものです。判決は争点(2)から(4)について判断していません。

お手元の資料と経緯をお聞きし、進め方の順序をお示しします。

結論を左右した争点

判決は4つの争点を掲げましたが、判断したのは争点(1)、すなわち、KFSとTGWが事業継承基本契約において本件不動産の所有権をKFSからTGWに移転させることを合意したかどうかだけです。この点が否定されると、TGWはKFSに対して登記手続を求める権利を持たず、UKBも建物の所有権を取得できないことになるため、判決は「その余の争点について判断するまでもなく」請求を棄却しました。

争点(1)の中では、次の3点が検討されています。

  1. 事業の全てを継承すると定めながら、継承財産の内容を契約締結後の協議で決めると定めた2条を、どのように解釈するか。
  2. 契約締結に至る経緯からみて、KFSとTGWは事業や事業用資産の譲渡を想定していたといえるか。
  3. 契約締結後にKFSがTGWの債権者のために不動産を担保に供したことや、契約がKFSに個別財産の譲渡契約を締結する義務を課していたとの主張が、所有権移転の根拠になるか。

裁判所が認定した重要な事実と判断の枠組み

2条は、譲渡の「対象となり得る」範囲を定めたにとどまる

判決は、2条が、譲渡する財産を本事業(KFSの事業の全て)に属する資産及び負債としつつ、その内容は契約締結後の協議によって決定すると定めていることに着目しました。そして、2条の意味を次のように解釈しています。

「同条は、〔KFS〕の事業用資産の全てが本件事業譲渡契約に基づく譲渡の対象となり得るものの、同契約の締結によって当然に〔KFS〕から〔TGW〕へ譲渡されるものではなく、実際に〔KFS〕から〔TGW〕に対して譲渡される〔KFS〕の事業用資産及び負債は、両者の協議により決定されることを定めたものと解される。」

この解釈から、判決は、契約締結時には「〔KFS〕から〔TGW〕への譲渡対象となる具体的な事業用資産の内容は決定されていなかったものと推認される」とし、本件不動産を譲渡する合意があったとは認められないとしました。

契約後の協議も行われていない

判決は、2条が予定していた協議についても、次のとおり述べています。

「本件全証拠を精査しても、〔KFS〕及び〔TGW〕が、本件事業譲渡契約締結後に、〔KFS〕から〔TGW〕に譲渡すべき財産の内容について協議したことをうかがわせる事情は見当たらない。」

つまり、契約書の文言からは本件不動産の譲渡は決まっておらず、その後に決める手続も踏まれていない、という二段構えの判断です。

経緯の評価―当初は事業の譲渡が想定されていたが、締結時には変わっていた

判決は、契約締結に至る経緯を、時点を分けて評価しています。

  • 平成30年6月の時点のKFS。JMCに「経営権譲渡」の取りまとめを委託し、経営権の譲渡が決まった場合には理事全員が辞任すると約束していたことから、KFSは、少なくともこの時点では、事業を第三者に譲渡することを想定していたと推認されるとしました。
  • 平成30年9月5日の時点のTGW。JMCと事業譲渡に関する契約の締結に向けた基本合意をし、1億5,000万円を借り入れて多額の資金を準備したことから、少なくともこの時点では、事業を譲り受けることを想定していたと考える余地があるとしました。
  • 契約締結の時点。しかし、事業の譲渡を念頭に引受先と交渉していたIWT氏が締結前に交渉から外されたこと、KOD氏が9月9日に契約書案の債務処理や譲渡代金の実態がIWT氏の独断によるものである旨をLSM氏に告げていたこと、締結当日にLSM氏がIWT氏に4,000万円の返還を求めたこと、契約書に締結に至る経緯を不健全とする旨が付記されたことを踏まえ、事業の譲渡を志向していたIWT氏ないしJMCの行動は、KFS及びTGWの意に沿うものではなくなっていたと推認しました。そのため、両者が締結時にも事業の譲渡を志向していたとは認め難いとしています。

契約書の内容と契約後の実態

判決は、さらに次の事情を挙げています。

  • 対価を確定債務額としながら、契約書案とは異なり、TGWが引き受ける債務について具体的な定めがなく、実際に契約締結後にTGWがKFSの債務を引き受けたともうかがわれないこと。
  • 契約書案に添付されていた譲渡資産の別紙(本件不動産を記載したもの)は契約書に添付されておらず、譲渡される具体的な事業用資産が記載されていないこと。
  • 証人の証言に照らすと、契約締結後にTGWがKFSの事業の主体となっていたとはうかがわれないこと。

以上を総合して、判決は「本件事業譲渡契約に基づき、〔TGW〕が〔KFS〕の事業を譲り受けたものとは認め難い」と判断しました。

当事者が想定していたのは、新しい理事長の下での事業継続

判決は、上記の事実に加え、契約で新たな理事の条件として創始者の精神を引き継ぎ会員の利益を最優先する者と定め、KOD氏がMYK氏を新たな理事長に指名する旨を定めていたこと、KFSが契約締結の2日後にTGWから借りた4,000万円を1年以内に全額返済したことを挙げ、次のとおり推認しました。

「〔KFS〕及び〔TGW〕は、同契約において、新たに理事長となる〔MYK氏〕の下で〔KFS〕が事業を継続することを想定していたものと推認するのが相当である。」

契約書の表題や1条1項の文言は「事業の全て」の「継承」でしたが、判決は、契約の実質を、事業の譲渡ではなく、法人の経営陣の交代と資金の融通に近いものとして捉えたものと理解できます(この一文は当事務所の理解です)。

各主張を採用し又は排斥した理由

「事業の全てを継承する」と書かれている以上、財産は特定されているとの主張

UKB及びTGWは、1条1項で事業の全てを継承すると明記されている以上、譲渡の目的となる財産は確定しており、本件不動産も当然に移転すると主張しました。判決は、2条が継承財産の内容を契約締結後の協議によって決定すると定めていることから、事業用資産の全ては譲渡の対象となり得るにとどまり、契約の締結によって当然に譲渡されるものではないと解し、この主張を採用しませんでした。

契約締結の経緯から事業用資産の譲渡が想定されていたとの主張

UKBは、IWT氏が本件不動産の譲渡を含む契約書案を準備し、それを踏まえてLSM氏と交渉して基本合意書に調印したという経緯を挙げました。判決は、当初の段階では事業の譲渡が想定されていたことを認めつつも、締結直前にIWT氏が交渉から外され、その関与のあり方が否定的に評価されていたこと、実際の契約書からは本件不動産を記載した別紙が外されていたことなどから、締結時には事業の譲渡が志向されていたとは認め難いとして、この主張を退けました。

LSM氏が平成31年4月5日の研修の場で会員に対し、KFSの事業内容を継承させてもらった旨及びKOD氏がKFSを売るという決断をした旨を発言したことについても、判決は、前後の文脈も踏まえると、TGWが事業を譲り受けたことを明確に述べたものとは認め難いとして、上記の認定を左右しないとしました。

KFSがTGWの債権者のために不動産を担保に供したとの主張

UKBは、LSM氏とMYK氏がKFSの理事となった後に、KFSがTGWの債権者のために事業用資産を担保に供し、又は譲渡したことからも、本件不動産の所有権がTGWに移転したことは明らかであると主張しました。判決は、KFSがTGWの債権者ACRに対するTGWの債務を担保するため、本件不動産とは別の2か所の保養施設の不動産を担保に供したことは認めました。しかし、そのような行為は、契約締結後もKFSにそれらの不動産の所有権が帰属することと「何ら矛盾するものではなく」、本件不動産を含む事業用資産がTGWに譲渡されたことを推認させる事情ではないとして、この主張を採用しませんでした。

個別財産の譲渡契約を締結する義務があり、申出によって譲渡契約が成立したとの主張

TGWは、事業の全てを継承する旨の定めにより、KFSは事業用資産に含まれる個別財産の譲渡契約を締結する義務を負っており、契約締結時にTGWが個別財産の譲受けを申し出たことで本件不動産の譲渡契約が成立したと主張しました。判決は、契約では協議によって譲渡すべき財産が決定されると定められているから、「そのような協議を経ることなく、〔KFS〕が個別財産の譲渡契約を締結することを義務付けられているものと解することはできず」と述べ、協議が行われたとも認められないこと、契約締結時にTGWが個別財産の譲受けを申し出たと認めるに足りる証拠もないことから、この主張も採用しませんでした。

判断されなかった争点

KFSが主張した黙示の合意解除(争点(2))、売買契約の通謀虚偽表示(争点(3))及び賃料相当損害金の額(争点(4))について、判決は判断を示していません。争点(1)でTGWへの所有権移転の合意が認められなかった以上、TGWはKFSに対して本件不動産の所有権移転登記手続請求権を有するとは認められず、UKBも本件各建物の所有権を有するとは認められないためです。UKBとTGWの売買契約が真正なものであったかどうかは、本判決では決着していません。

主文及び結論

判決の主文は、「原告の請求をいずれも棄却する。」「訴訟費用は、補助参加によって生じた費用は補助参加人の負担とし、その余は原告の負担とする。」というものです(ここでの「原告」はUKB、「補助参加人」はTGWを指します)。

UKBの請求のうち、TGWへの所有権移転登記手続の代位請求、本件建物1及び本件建物2の明渡請求、各建物について1か月50万円の割合による賃料相当損害金の請求は、いずれも認められませんでした。

判断の射程―参考となる点と一般化できない点

以下は、判決の内容を踏まえた当事務所の評価です。裁判所が示した判断そのものとは区別してお読みください。

参考となる点

第1に、「事業の全てを継承する」という包括的な文言があっても、譲渡する財産の内容を契約締結後の協議で決めると定めている場合には、その契約だけで個々の事業用財産の所有権が移転するとは解されない可能性があることです。本判決は、2条を、事業用資産が譲渡の対象となり得る範囲を示したものにとどまると解しました。事業譲渡や事業承継の契約では、移転する資産を目録等で特定し、不動産であれば所有権移転の時期や登記手続の方法まで定めておくことが、後の紛争を防ぐうえで重要になります。

第2に、契約の解釈にあたり、事前の契約書案と実際の契約書との違いが重視されたことです。本件では、本件不動産を譲渡対象として記載した別紙が契約書案にはあったのに、実際の契約書には添付されなかったことが、譲渡の合意を否定する方向に働きました。交渉の途中で契約書の内容を大きく変更した場合、変更前の案は、当事者がその内容をあえて採用しなかったことを示す資料として扱われ得ます。

第3に、仲介関与者が交渉の途中で外れ、当事者が直接交渉して契約を締結したという経緯が、当事者の意思の認定に影響したことです。本判決は、事業の譲渡を志向していた仲介関与者の行動が、締結時には当事者の意に沿わなくなっていたと推認し、そのことを、締結時に事業の譲渡が志向されていなかったと認める理由の一つにしています。仲介会社やアドバイザーが準備した案を基に交渉していた取引で、その関与者が離脱した場合には、最終的な契約書が何を合意したものなのかを、改めて明確にしておく必要があります。

第4に、契約締結後の実態が、契約の内容を推認する事情として用いられたことです。本判決は、TGWが債務を引き受けていないこと、事業の主体となっていないこと、KFSが借入金を1年以内に全額返済したこと、新たな理事長が契約で定められていたことなどから、当事者の想定は法人自身による事業の継続であったと推認しました。契約書の表題や包括的な文言だけでなく、締結後に当事者がどのように振る舞ったかが、契約の意味を左右し得ることを示しています。

第5に、事業承継の契約を前提として、譲受人とされる者から事業用資産を買い受ける場合のリスクです。本件では、UKBが買い受けた時点でも本件不動産の登記名義はKFSのままでした。判決は通謀虚偽表示の主張について判断していませんが、事業承継の契約が所有権を移転させるものではないとされたことで、UKBの請求はすべて前提を失っています。事業承継の契約書を根拠に資産を買い受けようとする場合には、登記名義人の意思、譲渡対象の特定の有無、契約後の協議や引渡しの実態を確認することが欠かせません。

一般化できない点

本判決は、2条の文言(継承財産の内容を契約締結後の協議で決定する)と、仲介関与者の離脱、契約書案との違い、契約締結後の実態という本件の具体的な事情を総合した判断です。事業の全てを譲渡すると定めた契約であっても、譲渡財産が目録等で特定されている場合や、契約締結後に協議が行われて財産が確定した場合には、結論が異なり得ます。

また、本判決は、事業譲渡契約一般について、包括的な文言だけでは所有権が移転しないという一般論を示したものではありません。判決が示したのは、本件の2条の解釈と、本件の経緯の下での当事者の意思の推認です。譲渡人が一般社団法人であることに関する法令上の問題についても、判決は検討していません。

さらに、KFSが主張した黙示の合意解除、売買契約の通謀虚偽表示、賃料相当損害金の額について、判決は判断していないため、これらの点について本判決から結論を導くことはできません。上訴の有無及び確定は確認できていないため、その点にも留意が必要です。

契約や交渉で確認しておきたいこと

事業の譲渡人の側では、事業の全てを対象とするのか、特定の資産だけを対象とするのか、契約の目的が経営陣の交代や資金の融通にとどまるのかを、契約書の表題や包括的な文言に頼らずに書き分けておくことが考えられます。譲受人の側では、移転を受ける資産、引き受ける債務、対価、引渡しと登記の時期を契約書で特定し、協議に委ねる事項がある場合には、協議の期限と協議が整わない場合の扱いを定めておくことが考えられます。仲介会社やアドバイザーが関与していた取引で当事者間の直接交渉に移った場合には、それまでの案のどの部分を維持し、どの部分を採用しないのかを記録に残しておくことが重要です。これらは本判決を踏まえた当事務所の着眼点であり、本判決が特定の条項例の有効性を判断したものではありません。

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よくあるご質問

事業譲渡の契約書に「事業の全てを継承する」と書けば、事業用の不動産も自動的に移転しますか。

本判決では、そのようには判断されませんでした。契約書が、譲渡すべき財産の内容は契約締結後に当事者が協議して決定すると定めていたため、裁判所は、事業用資産の全ては譲渡の対象となり得るにとどまり、契約の締結によって当然に譲渡されるものではないと解しました。不動産を移転させるのであれば、契約書で対象を特定しておくことが重要です。

交渉途中の契約書案に不動産の譲渡が書かれていた場合、それは合意の証拠になりますか。

本判決では、かえって逆の方向に働きました。契約書案には本件不動産を譲渡対象とする別紙がありましたが、実際の契約書には添付されなかったことが、譲渡の合意を否定する事情の一つとされています。契約書案は、最終の契約書との違いと合わせて評価されることになります。

M&Aの仲介をしていた人が交渉の途中で外れた場合、契約の解釈に影響しますか。

影響することがあります。本判決は、事業の譲渡を志向していた仲介関与者が締結直前に交渉から外され、締結当日に仲介関与者への支払金の返還が求められ、契約書にも経緯を不健全とする付記がされたことから、締結時には当事者が事業の譲渡を志向していなかったと推認しました。関与者が離脱した後の合意内容は、改めて明確にしておく必要があります。

事業承継の契約の相手方から、その事業の不動産を買っても大丈夫ですか。

慎重な確認が必要です。本件では、登記名義が元の法人のままの不動産を、事業承継の契約の相手方から買い受けたと主張した会社の請求が、事業承継の契約で所有権が移転していなかったとして、すべて棄却されました。登記名義人の意思、譲渡対象の特定、契約後の引渡しや登記の状況を確認したうえで判断することが大切です。

事業承継の契約の後で経営陣が交代していれば、事業は譲渡されたといえますか。

経営陣の交代だけで事業の譲渡があったとはいえません。本判決は、新しい理事長が契約で定められていたことを、むしろ法人自身が事業を続けることを想定していた事情の一つとして挙げています。事業の主体が誰になったのか、債務を誰が引き受けたのかといった実態が重視されます。

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執筆者

弁護士法人M&A総合法律事務所 代表弁護士 土屋勝裕(東京弁護士会所属 登録番号26775)

長島・大野・常松法律事務所に在籍した後、慶應義塾大学ビジネス・スクール及びペンシルベニア大学ウォートン校に留学し、ファイナンス理論並びにM&A及び不動産を専攻しました。不動産投資信託(J-REIT)の上場案件に関与し、2024年(令和6年)10月には最高裁判所において株式買取請求権に関する逆転判決を得ました。現在は弁護士法人M&A総合法律事務所の代表弁護士を務めています。

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