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売上・受注の説明と租税の表明保証違反で企業価値の差額を補償させた事例―東京地方裁判所令和7年2月13日判決

公開 2025年2月13日更新 2026年10月30日

▶ 表明保証違反の御相談

株式譲渡で会社を買い受けた買主が、買収後に、売主から開示された試算表の売上や「受注が確定している」との説明が事実と異なっていたことを知った場合、表明保証違反として補償を求めることができるのでしょうか。また、その補償額は、実際に失われた売上の額にとどまるのでしょうか、それとも譲渡価額に反映された企業価値の差額にまで及ぶのでしょうか。

東京地方裁判所令和7年2月13日判決は、傘の製造販売会社の株式全部を22億2,500万円で買い受けた買主が、売主に対し、受託製造商品の売上、新商品の受注数及び固定資産税の未納について表明保証違反があったとして補償を求めた事案です。裁判所は、3つの表明保証違反をいずれも認め、売主の免責の主張を退けたうえで、実際の売上を前提として算出した企業価値と譲渡価額との差額3億233万9,157円に、追納した固定資産税152万8,700円を加えた合計3億386万7,857円の支払を命じました。

本記事では、判決本文に基づき、事実関係、当事者の主張、裁判所の判断及びその射程を、当事務所の評価と区別して解説します。

Contents
  1. 裁判例の基本情報
  2. 当事者の表記
  3. 事案の概要―試算表の売上と新商品の受注を前提に22億2,500万円で買収
    1. 投資会社が設立した買主が、傘の製造販売会社の株式全部を買い受けた
    2. 決算書の改ざんが発覚し、変更覚書で試算表と売上実績を表明保証の対象に加えた
    3. 実行後、売上と受注が説明を大きく下回り、固定資産税の追徴も生じた
  4. 事案の経緯の時系列
  5. 判断の基礎となった契約条項
    1. 別紙5.1第20号―租税等の表明保証
    2. 別紙5.1第25号―情報開示の表明保証
    3. 変更覚書第6条第2項―月次試算表及び売上実績の確認
    4. 第9.1条―売主による補償
    5. 第9.3条―補償請求の期限
  6. 買主の請求と当事者の主要な主張
    1. 買主の請求
    2. 買主が主張した3つの表明保証違反
    3. 売主の主要な反論
  7. 結論を左右した争点
  8. 裁判所が認定した重要な事実と判断の枠組み
    1. 売主は監査の回答で売上の確定を明示していた
    2. 試算表の開示と覚書の文言の追記の経過
    3. 実際の売上と仕入の状況
    4. 判断の枠組み―表明保証の内容は、開示資料と説明を併せて確定される
  9. 各主張を採用し又は排斥した理由
    1. 受託製造商品の売上(表明保証違反1)―「暫定的な資料」との反論を排斥
    2. 新商品BRLの受注(表明保証違反2)―予測と確定の区別、感染症の影響の主張を排斥
    3. 固定資産税(表明保証違反3)―申告漏れによる追納で違反を認定
    4. 免責の主張―判断の前提となる事実がないとして排斥
    5. 損害―企業価値の差額を「起因又は関連して」生じた損害と認定
  10. 主文及び結論
  11. 判断の射程―参考となる点と、一般化できない点
    1. 参考となる点
    2. 一般化できない点
  12. よくあるご質問
    1. デュー・ディリジェンスでの口頭の回答も表明保証違反の根拠になりますか。
    2. 売主が、暫定的な数字だと説明したと言っている場合はどうなりますか。
    3. 新型コロナウイルス感染症のような事後の事情で売上が減った場合も補償の対象ですか。
    4. 補償額は、失われた売上の額に限られますか。
  13. 関連する記事と御相談の御案内

裁判例の基本情報

裁判所 東京地方裁判所民事第26部
裁判日 令和7年2月13日
事件番号 令和5年(ワ)第9305号
裁判の形式 判決
審級 第一審
請求の根拠 株式譲渡契約の表明保証違反に係る補償条項に基づく補償請求
結論 請求全部認容(3億386万7,857円及び令和4年4月6日から支払済みまで年3%の割合による遅延損害金の支払を命じ、訴訟費用は売主の負担、仮執行宣言付き)
上訴の状況 上訴の有無及び確定は確認できていません

この表は、判決本文の記載に基づいて当事務所が作成したものです。本記事は上記の第一審判決の解説であり、判決が確定したことを示すものではありません。

当事者の表記

判決に出てくる会社名・氏名は、本記事独自のイニシャルに置き換えています。判決が付した符号も、同じく置き換えています。

本記事の表記 立場
買主である買収目的会社HKN 原告。投資会社FDKが本件の株式譲渡契約の買主とするために設立した会社で、株式取得後に対象会社を吸収合併しました
売主である投資・不動産会社RVS 被告。投資事業及び不動産の売買事業を行い、対象会社の発行済み株式全部を保有していました
傘の製造販売会社TGS 株式譲渡の対象会社。傘の製造・販売等を行う会社です
投資会社FDK 投資事業等を行う会社で、買主HKNを設立し、売主RVSに意向表明書を交付しました
売主の代表者MTS氏 売主RVSの代表取締役で、株式譲渡時までは対象会社TGSの代表取締役でもありました
財務担当取締役KRT氏 対象会社TGSの財務担当取締役で、税理士でした
ファイナンシャル・アドバイザー会社QLT 売主RVSの主張において、本件の株式譲渡のファイナンシャル・アドバイザーとされた会社です
経理業務受託会社PSN及びその担当スタッフNKM氏 株式譲渡後の経理業務の引継ぎで買主側の窓口となった会社及びその税理担当スタッフです
傘の新商品BRL 対象会社TGSの商品である傘の新商品です
上場している傘メーカーLMB 買主HKNが企業価値の算定で比較対象とした上場会社です
店舗SHA・店舗SHB 固定資産の申告が漏れていた対象会社TGSの店舗です

判決本文を引用する箇所では、判決が用いる「原告」は買主HKNを、「被告」は売主RVSを、「対象会社」は傘の製造販売会社TGSを指します。引用中にそれ以外の会社名・氏名・符号が出てくる場合は、本記事の表記に置き換え、その旨を示します。

事案の概要―試算表の売上と新商品の受注を前提に22億2,500万円で買収

投資会社が設立した買主が、傘の製造販売会社の株式全部を買い受けた

投資会社FDKは、令和2年2月7日付けで、売主RVSに意向表明書を交付しました。そこには、対象会社TGSのデットフリー・キャッシュフリーベースの企業価値を50億円と評価したこと、その前提条件として、令和元年12月期の実績の償却前営業利益4億9,800万円が財務諸表で確認されること、令和2年12月期の予測の償却前営業利益7億7,700万円の達成の蓋然性について合理的かつ十分な確証を得られることなどが記載されていました。

買主HKNと売主RVSは、令和2年4月27日、対象会社TGSの発行済み株式全部の株式譲渡契約を締結しました。当初の譲渡価額は合計30億円で、実行日(クロージング日)は令和2年5月28日又は当事者が書面で別途合意する日とされていました。

決算書の改ざんが発覚し、変更覚書で試算表と売上実績を表明保証の対象に加えた

買主HKNは、契約に際して対象会社TGSの監査を行い、その過程で売主側に質問をしていました。令和2年5月25日付けで、対象会社TGSは取引銀行2行に対し、財務担当取締役KRT氏が作成して各行に提出した平成30年12月期及び令和元年12月期の決算書に改ざんがあったことなどを謝罪する書面を送付しました。

その後、売主RVSは令和2年6月12日頃、対象会社TGSの令和2年1月から同年5月までの試算表を買主HKNに開示しました。この試算表には、受託製造商品(他社から委託を受けて製造する商品。判決では「OEM商品」と表記されています)の売上として9,208万9,860円が記載されていました。

当事者は、令和2年6月22日、変更覚書を作成しました。覚書により、譲渡価額は22億2,500万円に、実行日は令和2年6月30日又は別途合意する日に変更され、覚書の締結日も表明保証の対象時点に追加されました。さらに、契約締結日以降に買主に提出された対象会社TGSの2020年12月期の月次試算表及び売上実績が、表明保証の対象となる情報に含まれることが確認されました。この確認の文言は、6月12日時点の覚書の案にはなく、6月15日時点の案で追記され、最終的な覚書でも維持されたものです。

実行後、売上と受注が説明を大きく下回り、固定資産税の追徴も生じた

買主HKNは、令和2年6月30日、売主RVSから対象会社TGSの株式2万200株を譲り受け、代金22億2,500万円を支払いました。その後、買主HKNは対象会社TGSを吸収合併しています。

実行後、試算表に記載された受託製造商品の売上のうち、実際に入金があり又は売掛金として計上できたものは4,188万8,460円にとどまりました。また、監査の過程で約60万本の受注が確定していると説明されていた傘の新商品BRLの売上は、6万9,018本にとどまりました。さらに、対象会社TGSでは、店舗SHA、本社及び店舗SHBの資産について固定資産の申告が漏れていたことが判明し、令和3年6月から8月にかけて合計152万8,700円が支払われました。

買主HKNは、令和4年4月5日、売主の代表者MTS氏に対し、損害金の支払を求める書面を送付しました。売主RVSが支払わなかったため、買主HKNが補償条項に基づいて提訴したのが本件です。

事案の経緯の時系列

時期 出来事
令和元年6月頃 店舗SHAが内装工事及び什器等の資産を取得(後に固定資産の申告漏れが判明)
令和2年1月11日 売主RVSが、新商品BRLについて約60万本(売上想定1.8億円分)は生産発注済みであり、受注が確定している状況である旨を回答
令和2年1月から3月頃 対象会社TGSが新商品BRL合計約30万本を海外工場から国内に仕入れ
令和2年2月7日 投資会社FDKが売主RVSに意向表明書を交付(企業価値50億円、償却前営業利益を前提条件として記載)
令和2年3月27日 買主HKNが、受託製造商品の売上を受注ベースで計上している理由を質問
令和2年3月30日 売主RVSが、受注時に一定程度の売上が確定していると考えることができるため受注基準を採用している旨を回答
令和2年4月27日 株式譲渡契約の締結(譲渡価額30億円)
令和2年5月25日付け 対象会社TGSが取引銀行2行に決算書の改ざんを謝罪する書面を送付
令和2年6月12日頃 売主RVSが令和2年1月から5月までの試算表を開示(受託製造商品の売上9,208万9,860円)
令和2年6月15日 覚書の案に、月次試算表及び売上実績を表明保証の対象に含める旨が追記
令和2年6月22日 変更覚書の作成(譲渡価額を22億2,500万円に変更)
令和2年6月30日 株式譲渡の実行、代金22億2,500万円の支払
令和2年9月頃 買主側の窓口であるNKM氏が、受託製造商品の売上高等に仮受消費税が課されていない点を財務担当取締役KRT氏に問い合わせ
令和3年6月から8月 未申告の資産に係る固定資産税合計152万8,700円を支払
令和4年2月8日 買主HKNによる受託製造事業の従業員へのヒアリング
令和4年4月5日 買主HKNが売主の代表者MTS氏に補償を求める書面を送付
令和7年2月13日 東京地方裁判所が請求全部を認容する判決

判断の基礎となった契約条項

以下は、判決本文に記載された契約内容の引用です。判決は契約書を「抜粋」として掲げており、契約書原本の全文ではありません。条文中の「対象会社」は傘の製造販売会社TGSを指します。

別紙5.1第20号―租税等の表明保証

「対象会社は、所管の税務当局に対して税務申告書その他の必要な申請書・届出書等を遅滞なく提出しており、法令等に従って納付すべき租税等を遅滞なく支払っている。」

表明保証の対象時点は、契約締結日及び実行日であり、変更覚書によって覚書の締結日も加えられました。この第20号は、補償請求の期限の条項において、いわゆる基本的表明保証に分類されています。

別紙5.1第25号―情報開示の表明保証

「売主が、本契約の交渉、締結又は履行の過程において、又はこれらに関連して買主及びそのアドバイザー等に対して提供した対象会社に関する資料その他の情報(口頭及び書面その他のいかなる型の記録媒体により開示されたかを問わないものとし、クロージング日においては本件契約締結日以後クロージング日までに提供された情報(本件株式譲渡実行の過程で提出する書面を含む。)を含む。)は、真実かつ正確であり、これらの情報のうち書面その他記録媒体により開示若しくは提供されたものには、不実又は不正確な記載は含まれておらず、誤解を生じさせないために必要な事項が欠けていない。」

第25号には、このほか、売主の知り得る限り買主の投資判断に重大な悪影響を与える情報で開示していないものはないこと、対象会社が開示した資料中の将来予測の部分について、その実現の保証を求めるものと解されてはならないことも定められていました。口頭で提供された情報も対象に含まれる点が、本件では重要な意味を持ちました。

変更覚書第6条第2項―月次試算表及び売上実績の確認

判決本文によれば、覚書第6条第2項は、契約締結日以降に買主に提出された対象会社の2020年12月期に係る月次試算表及び売上実績が、第25号第一文に定める「対象会社に関する資料その他の情報」に含まれることを相互に確認するものでした(判決本文でも一部が中略されています)。

第9.1条―売主による補償

第9.1条は、売主の表明保証の違反又は契約上の義務の違反に起因又は関連して買主が損害、損失、費用等(損害等)を被った場合に、売主が補償することを定めていました。補償の方法と、対象会社に生じた損害の扱いは次のとおりです。

「当該損害等について、買主に対して直ちに一括して補償する。なお、売主による表明保証違反又は義務違反に起因又は関連して対象会社が損害等を被った場合には、当該損害等の金額について、買主が損害等を被ったものとみなす。」

第9.3条―補償請求の期限

一般的表明保証の違反に起因又は関連する補償の請求は、クロージング日から22か月以内に、基本的表明保証(別紙5.1第1号から第11号及び第20号)の違反等に起因又は関連する補償の請求は、クロージング日から3年以内に、買主が損害等の概要、請求の根拠及び見込額を示した書面を売主に交付した場合に限り行うことができるとされていました。

買主の請求と当事者の主要な主張

買主の請求

買主HKNは、補償条項(第9.1条)に基づき、損害金3億386万7,857円と、補償請求の日の翌日である令和4年4月6日から支払済みまで民法所定の年3%の割合による遅延損害金を請求しました。

買主が主張した3つの表明保証違反

  • 受託製造商品の売上(表明保証違反1):試算表には令和2年1月から5月までの売上が合計9,208万9,860円とされ、売主RVSは受注が確定していると説明したが、実際に入金があり又は売掛金として計上できたのは4,188万8,460円にとどまり、5,020万1,400円の架空の売上が計上されていた。第25号及び覚書第6条第2項に違反する。
  • 新商品BRLの受注(表明保証違反2):売主RVSは1億8,000万円(60万本分)の受注が確定していると説明したが、実際に受注されていたのは6万9,018本分にとどまった。第25号に違反する。
  • 固定資産税(表明保証違反3):売主RVSは納付すべき租税は全て支払っていると説明したが、本社、店舗SHA及び店舗SHBについて固定資産の申告を怠っていたため、追徴課税として合計152万8,700円を支払うことになった。第20号に違反する。

損害については、対象会社TGSの企業価値を償却前営業利益を用いた計算式で算出して譲渡価額を合意したのであるから、表明保証された内容を前提として算出された企業価値と実際の企業価値との差額が損害になると主張しました。

売主の主要な反論

  • 試算表の受託製造商品の売上は、ファイナンシャル・アドバイザー会社QLTを通じた買主側の要請により、検討の便宜のため作成した暫定的な資料であり、売上予測ではないことを説明して提供したものにすぎず、表明保証していない。
  • 受託製造商品は他に転用できない注文生産品で、発注者都合のキャンセルを認めていなかったから、受注時に一定程度の売上が確定しているという説明は、当時の状況の下で真実かつ正確である。
  • 新商品BRLは60万本の生産発注を終えており、60万本は保守的な数字であった。販売数が減ったのは、新型コロナウイルス感染症の流行拡大により海外工場が稼働を停止し、販売先の店舗が営業を休止したためであり、契約後に発現したリスクについて責任を負わない。
  • 株式価値に影響を及ぼす事情を理解するに十分な情報を開示しているから免責される。固定資産税については、買主は店舗の存在を認識し、税務申告書類一式も受け取っていたから、未納付を確認しなかったことに重過失があり、免責される。
  • 買主が計算式を用いて企業価値を算定した証拠はなく、比較対象を上場している傘メーカーLMB1社に限ったことや非事業用資産を加算していないことも不合理である。計算式による算定結果が譲渡価額に論理必然に影響する旨の合意はなく、予測値も含まれているから、差額は損害にならない。

なお、表明保証違反3の事実関係については、売主RVSも概ね認めていました。

お手元の資料と経緯をお聞きし、進め方の順序をお示しします。

結論を左右した争点

判決は、争点を次の3つに整理しました。

  1. 表明保証違反の存在(争点1):試算表の売上と受注の説明が表明保証の対象になるか、それが事実に反していたか。
  2. 免責事由の存在(争点2):十分な情報開示や買主の重過失を理由に、売主が補償義務を免れるか。
  3. 損害の発生及びその額(争点3):企業価値の差額を、表明保証違反に起因又は関連して生じた損害といえるか。

当事務所の見るところ、本件の結論を最も大きく左右したのは争点3です。表明保証違反1と2の売上の差額そのものは数千万円から1億数千万円の規模ですが、企業価値の差額として算定されたことにより、補償額は3億円を超えました。

裁判所が認定した重要な事実と判断の枠組み

売主は監査の回答で売上の確定を明示していた

裁判所は、令和2年3月30日の売主RVSの回答に、受託製造商品について「一方的なキャンセルができないと認識しており、受注時に一定程度の売上が確定していると考えることができる」との記載があったことを認定しました。また、令和2年1月11日の回答では、新商品BRLについて約60万本の受注が確定している状況である旨が述べられていました。

試算表の開示と覚書の文言の追記の経過

裁判所は、決算書の改ざんが判明した後に試算表が開示され、その後の覚書の案で、月次試算表及び売上実績を表明保証の対象に含める旨が追記されたという経過を認定しました。また、対象会社TGSの総勘定元帳では、受託製造商品の売上高に消費税が計上されていなかったことも認定しています。

実際の売上と仕入の状況

対象会社TGSの受託製造商品のリストでは、令和2年1月から5月までの売上は8,901万8,000円とされ、実際に入金があり又は売掛金として計上できたのは4,188万8,460円にとどまりました。受託製造事業の従業員2名は、令和4年2月のヒアリングで、試算表の売上には商談が保留になったものや受注が確定していないものが含まれていた旨を回答しています。新商品BRLについては、令和2年1月から3月頃に合計約30万本が国内に仕入れられたのに対し、売上は6万9,018本にとどまりました。

判断の枠組み―表明保証の内容は、開示資料と説明を併せて確定される

裁判所は、試算表が覚書で表明保証の対象とされた月次試算表及び売上実績に含まれると解したうえで、売主の説明内容を併せ、売主RVSが令和2年1月から5月の受託製造商品の売上として9,208万9,860円が確定している旨を表明保証したと認めました。新商品BRLについても、受注が確定している状況にあるとの説明から、約60万本(1億8,000万円)の受注がある旨を表明保証したと認めています。

損害については、補償条項の「起因又は関連して」生じた損害の範囲の問題として、譲渡価額の決定の経過から、表明保証された内容と譲渡価額との関係を検討する枠組みを採りました。

各主張を採用し又は排斥した理由

受託製造商品の売上(表明保証違反1)―「暫定的な資料」との反論を排斥

売主RVSは、試算表は暫定的な概算値にすぎず、そのことを説明したと主張し、財務担当取締役KRT氏及び売主の代表者MTS氏も同旨の供述をしました。裁判所は、監査の回答では一定程度売上が確定していると考えることができる旨を明示していたことから、「仮の資料であるとか、あくまで暫定概算値にすぎないといった曖昧な内容の説明をしたという上記証言又は供述を直ちに信用することはできない」と判断しました。

さらに、決算書の改ざんが発覚した後に試算表が交付され、覚書で表明保証の対象に含められたという経過からすれば、買主は対象会社の最新の財務状況を正確に把握するために情報の開示を求めたと解され、「本件試算表の記載内容が暫定的な概算値であるとの説明を原告が受け入れたとは考え難い」としました。買主側の窓口であったNKM氏が、実行後に仮受消費税が課されていないことを疑問に思って問い合わせていたことも、暫定的なものであるとの情報が買主側に伝えられていなかったことを裏付ける事情とされました。

また、受注の裏付けとなる発注書等を交付したとの売主の主張には的確な証拠がなく、キャンセルができないはずの受注が解除されれば社内で相応に問題となるはずなのに、売主の代表者MTS氏は取引先から解除を告げられたかについて明確な記憶がないと供述するのみであったことから、実際に受注があったとは認め難いとされました。

新商品BRLの受注(表明保証違反2)―予測と確定の区別、感染症の影響の主張を排斥

裁判所は、60万本以上の販売が予測されていたという売主の主張について、それは「受注が確定しているという被告の説明が事実に反していたことを否定する理由には当たらない」としました。表明保証の対象は「受注が確定している」という現在の事実についての説明であり、販売の見込みが合理的であったかどうかとは別の問題として扱われています。

海外工場からの納品が滞ったとの主張についても、少なくとも約30万本が国内に持ち込まれているのに実際の販売数はこれを大きく下回っていたことから、納品の遅れが販売数の低下の原因とは認め難いとしました。感染症の拡大に伴う需要の低下が販売数に影響した可能性がないとまでは断言し難いとしつつも、受注が確定しているという説明自体が事実に反する以上、売主の主張は失当であり、受注後に感染症の影響で契約が解除されたことの立証もないとして、売上の減少による損害は表明保証違反に起因又は関連して生じた損害というほかなく、「事後的なリスクの発現ということはできない」と判断しました。

固定資産税(表明保証違反3)―申告漏れによる追納で違反を認定

裁判所は、売主RVSが対象時点において租税等を遅滞なく支払っている旨を表明保証したのに、対象会社TGSが店舗SHA、本社及び店舗SHBの資産について固定資産の申告を怠り、未納分を追納せざるを得なくなったことから、第20号の違反を認めました。

免責の主張―判断の前提となる事実がないとして排斥

裁判所は、十分な情報開示や買主の重過失によって補償義務を免れるかどうかという法律論については、「これらの事由により本件契約に基づく補償義務を免れ得るかは措いても」と述べて判断を示しませんでした。そのうえで、売主が受託製造商品の売上が暫定的であることや新商品BRLの受注数が予測にすぎないことを認識し得る情報・資料を開示したと認めるに足りる証拠はないとし、固定資産税についても「店舗の存在と税務申告書類一式のみから、固定資産の申告漏れが当然に認識し得るとは認め難い」として、売主の主張を前提において採用できないとしました。

損害―企業価値の差額を「起因又は関連して」生じた損害と認定

裁判所は、意向表明書に企業価値の算定で考慮する事項として償却前営業利益が挙げられ、売主が異論を唱えた形跡がないことから、「償却前営業利益が減少すれば、その分譲渡価額も減額となる関係にあることは、原告のみならず被告においても認識されていたというべきである」としました。そして、買主は新商品BRLの売上と試算表上の受託製造商品の売上を表明保証の対象とし、これらが真実であることを前提として譲渡価額を提案し、最終的に合意していることから、実際の売上高が開示されていれば、「原告は、当該実際の売上高を前提として譲渡価額を算定して提案し、同額にて最終的な譲渡価額が合意されたものと合理的に推測される」と述べました。

そのうえで、「表明保証された内容を前提として算出された企業価値と、実際の企業価値の差額は、表明保証違反に起因又は関連して生じた損害というべきである」と判断しました。実際の売上額を前提に計算式で算出した企業価値は19億2,266万843円であり、譲渡価額22億2,500万円との差額3億233万9,157円が、表明保証違反1及び2による損害とされました。なお、判決の別紙は省略されており、計算式の具体的な内容は判決本文からは分かりません。

計算式を用いていないとの売主の反論に対しては、「本件計算式自体は株式価値を算定する際に用いられる一般的な計算式の一つである」こと(争いがありませんでした)、対象会社の実績値や過去の実績の平均値を用いて算出されていること、譲渡価額が22億2,500万円となるよう恣意的に操作されたことをうかがわせる証拠もないことから、買主が実際に用いたものといえると判断しました。比較対象を上場している傘メーカーLMB1社に限った点についても、複数の会社を比較対象とすることが望ましいとしつつ、同種の傘の製造販売を中心的な事業とする上場企業がほかにうかがえない以上、その倍率を参照することにも「一定の合理性があるというべきである」としました。令和2年6月から12月までの将来予測の部分も、過去の実績等を用いて算出されているとして、損害とすることを妨げないとしています。

固定資産税については、対象会社TGSが152万8,700円を支払ったことにより「その分、対象会社の純資産が減少し、対象会社に損害が発生したといえる」として、第9.1条のなお書きにより、買主HKNが被った損害とみなされるとしました。

主文及び結論

裁判所は、表明保証違反1及び2につき3億233万9,157円、表明保証違反3につき152万8,700円、合計3億386万7,857円を、表明保証違反に起因又は関連して買主HKNに生じた損害と認め、請求を全部認容しました。主文の内容は次のとおりです。

  • 売主RVSは、買主HKNに対し、3億386万7,857円及びこれに対する令和4年4月6日から支払済みまで年3%の割合による金員を支払うこと。
  • 訴訟費用は売主RVSの負担とすること。
  • 第1項に限り仮に執行することができること。

上訴の有無及び確定は確認できていません。

判断の射程―参考となる点と、一般化できない点

以下は、判決の内容を踏まえた当事務所の評価です。

参考となる点

  • 監査(デュー・ディリジェンス)の過程での口頭や書面の回答も、情報開示の表明保証の対象となり得ます。本件では、試算表という数字だけでなく、「受注時に一定程度の売上が確定している」という売主の説明を併せて、表明保証の内容が確定されました。
  • 暫定的な資料である、見込みにすぎないといった売主の反論は、その旨を開示資料や回答で明確にしていなければ、採用されにくいことが分かります。決算書の改ざん発覚後に、買主が試算表を表明保証の対象に加えるよう覚書を修正した経過も、買主に有利に評価されました。
  • 受注が確定しているという現在の事実の説明と、どれだけ売れるかという将来の予測は区別されます。予測が合理的であったという反論は、確定の説明が事実に反していたことを否定しません。
  • 補償条項が「起因又は関連して」生じた損害を対象としている場合に、譲渡価額が償却前営業利益を基礎に決められた経過が立証されれば、企業価値の差額が損害と認められる可能性があります。本件では、意向表明書の記載と売主が異論を述べなかったことが重視されました。
  • 対象会社に生じた損害を買主の損害とみなす条項がある場合、対象会社が支払った追徴税額をそのまま補償額とすることができます。

一般化できない点

  • 企業価値の差額を損害とした判断は、意向表明書に償却前営業利益を前提とする評価が明記され、売主もこれに異論を唱えず、買主が表明保証の対象とした売上を前提に価額を提案したという本件の具体的な事実関係を前提とするものです。判決自身も「このような事実関係の下においては」と述べており、どのような株式譲渡でも差額方式が採用されるわけではありません。
  • 計算式の具体的内容や倍率は判決の別紙に記載されており、判決本文からは確認できません。倍率の妥当性についての判断も、比較対象となる上場会社がほかに見当たらないという本件の事情によるものです。
  • 免責について、裁判所は、十分な情報開示や買主の重過失によって補償義務を免れ得るかという法律論を判断していません。前提となる事実が認められないとしただけです。買主が違反を知っていた場合の扱いは、本判決からは導けません。
  • 補償請求の期限(第9.3条)は争点とされておらず、判決は期限の充足について判断を示していません。また、令和4年4月5日の書面で示された損害の額と、訴訟で請求された企業価値の差額方式による額とは算定方法が異なりますが、この点も争点とされていません。

M&Aの後に表明保証違反が判明し、売主に補償を請求する場合の進め方は、次のページでご案内しています。

よくあるご質問

デュー・ディリジェンスでの口頭の回答も表明保証違反の根拠になりますか。

本件の情報開示の表明保証は、口頭で提供された情報も対象に含めていました。裁判所は、監査での回答の内容と開示された試算表を併せて、売主が売上の確定を表明保証したと認めました。条項の文言によって対象範囲は異なるため、まず契約書の条項を確認します。

売主が、暫定的な数字だと説明したと言っている場合はどうなりますか。

本件では、監査の回答で売上の確定を明示していたことや、試算表を表明保証の対象に加えた経過から、暫定的との説明があったという売主側の証言・供述は信用されませんでした。説明の有無は、当時の書面や電子メールのやり取りで判断されることになります。

新型コロナウイルス感染症のような事後の事情で売上が減った場合も補償の対象ですか。

本件では、受注が確定しているという説明自体が事実に反していたため、事後の事情による減少であるとの主張は退けられました。説明が当時は真実であり、その後の事情で解除や減少が生じた場合には、判断が異なる可能性があります。

補償額は、失われた売上の額に限られますか。

本件では、償却前営業利益を基礎に譲渡価額が決められた経過から、表明保証された内容を前提とする企業価値と実際の企業価値との差額が損害と認められ、売上の差額を大きく上回る補償額となりました。ただし、これは本件の事実関係を前提とした判断です。

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株式譲渡後に、売上、受注、租税等が売主の説明と異なっていたことが判明した場合は、表明保証条項の文言、監査での質問と回答の記録、譲渡価額の決定の経過、補償請求の期限を整理して検討します。表明保証違反に関する当事務所の対応は、表明保証違反の御相談でご案内しています。

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この記事の位置付け

株式を買い受けた買主の立場から、売主が開示した試算表の売上、商品の受注の説明及び租税の納付が事実と異なっていた場面の判例を、表明保証違反の成否と、企業価値の差額を損害とする補償額の算定の観点から解説します。

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執筆者

弁護士法人M&A総合法律事務所 代表弁護士 土屋勝裕(東京弁護士会所属 登録番号26775)

長島・大野・常松法律事務所に在籍した後、慶應義塾大学ビジネス・スクール及びペンシルベニア大学ウォートン校に留学し、ファイナンス理論並びにM&A及び不動産を専攻しました。不動産投資信託(J-REIT)の上場案件に関与し、2024年(令和6年)10月には最高裁判所において株式買取請求権に関する逆転判決を得ました。現在は弁護士法人M&A総合法律事務所の代表弁護士を務めています。

主として取り扱う分野 M&A、株式買取請求権、非上場株式の価格の決定、企業価値評価、事業承継及び企業法務

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本記事の記載は一般的な法律情報であり、個別の事案に関する法律上の助言ではありません。記載した経歴は事実の記述であり、個別の事件の結果を保証するものではありません。

著書

非上場会社における少数株主対策の手法と実務
『非上場会社における少数株主対策の手法と実務』(日本法令)
中堅・中小企業のためのM&Aトラブル事例と実務対策
『中堅・中小企業のためのM&Aトラブル事例と実務対策』(清文社)
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